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RedWing ~光翼のクレイン〜  作者: やいろ由季
第二章 フェスティバル
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憧れの看板娘③

「これ、何かわかる?」

「これ?」


 莉々亜が指差したところに目を落とすと、コースターにはメッセージと共に手書きのイラストが添えてあった。陽介も「どれどれ?」と覗き込んでくる。


 そのイラストは、ヒラメのような位置に目が二つあるマンボウのような謎の生き物だった。二つの目はそれぞれ別々の方向を向き、口らしき部分はいびつに吊り上がり奇怪な笑みを湛えている。


 莉々亜に聞こえないよう、陽介が「千鶴、わかる?」と小声で尋ねてきた。

「いや、全然……」


 千鶴は冷や汗を流しつつ小さく首を振った。

 そっと視線を上げると、莉々亜が期待の眼差しで答えを待っている。


 冷や汗の量が増えるのを自覚しつつ、千鶴は再びコースターに目を落とし、思考回路をフル稼働させて謎の解明に徹した。


(これはヒラメのように目が二つあるマンボウ……にしか見えない。ずんぐりした胴体、小さい三角形のヒレ、つぶらな瞳の目玉が二つ。尾ひれは奇怪な形をしているが、これらの形状を総合するとはやはり魚類にしか見えない。だがしかし! 莉々亜はアクロバットショーのためにこのメッセージを書いてくれた。だとすると! これはもしかしてもしかすると……)


「千鶴、頑張って!」

 隣から陽介が小声でエールを送ってくれる。千鶴はそっと目を瞑った。


(そうだ千鶴。思考を先入観から解き放て! 時には理論が大切だ! そう、理論的に考えると、アクロバットショーのメッセージにマンボウやヒラメは描かないはずだから、答えは……アレしかない!)


 千鶴はかっと目を開き、意を決して顔を上げた。そして期待に目を輝かせる莉々亜を前に、笑顔に徹しつつ恐る恐る答えた。


「か、かわいい戦闘機だね……?」

「でしょー!」


 満面の笑みの莉々亜に、千鶴は思わず「嘘だろ!」と叫んでしまった。

 それに慌てて「いやぁ、莉々亜にこんなの描いてもらえるなんて嘘みたいだな!」と慌てて取り繕った。


「かわいくなるかなって思って、顔を描いてみたんだ」

 莉々亜は照れ笑いを浮かべてそう言った。


 どうやら事なきを得たようなので、千鶴も笑いながら心拍数の上がっている胸をなでおろした。隣では陽介が驚愕の表情を見せている。


「千鶴すごい! すごすぎる! 僕全然わからなかった!」

「座学の期末考査より難しくてスリリングだった……」

 小声の陽介に小声で返して、千鶴はようやくフレッシュレモンアイスコーヒーをすすった。

 清涼感のある爽やかな苦みが全身に沁みわたる。


「それでね、話は変わって一つ提案があるんだけど」

 莉々亜がぴんと人差し指を立てた。


「今度みんなでピクニックに行かない?」

「ピクニック?」

 千鶴と陽介が声をそろえると、莉々亜は声を弾ませた。


「だって春だもん! 緑も綺麗だし風もあったかくて気持ちがいいし! 櫻林館の桜並木は混雑するから、ちょっと歩くけど裏の丘なんかどうかしら? もちろん私がサンドイッチを作っていくわ」


「賛成! 莉々亜のサンドイッチが食べられるなら絶対に行く!」

 千鶴が勢いよく手を上げると、陽介も「僕も僕も!」と手を上げる。


「じゃあ決まりね! それでね……」

 莉々亜が口元に手を当ててひそひそと話し始めるので、千鶴と陽介は耳を傾けた。


 すると、客が店内に入ってきたようで、莉々亜がそちらに向かって「いらっしゃいませ!」と声をかけた。

「いいところに来てくれたわ! こっちに座って!」


 莉々亜が手招きするので誰が来たのかと思い振り返ると、講義の後に図書室に寄っていた雪輝だった。


 千鶴の隣に座った雪輝に即座に莉々亜が「いつもの?」と問う。雪輝は「ああ。エスプレッソを頼む」と答えた。


「いい本あったか?」

 千鶴が尋ねると雪輝は首を横に振った。

「いや。なかったから、図書室に買ってもらえるよう申請を出してきた」


「課題の調べもの?」

 陽介の質問に「趣味の科学だってさ」と千鶴が代わりに答えた。


「ものすごーく雪輝らしいね。僕なんかそんな本開いただけで寝ちゃうよ」

「俺も!」

「そうか? 面白いのに」

 雪輝は肩をすくめた。


「そういや雪輝」

 飲んでいたアイスコーヒーを置いて、千鶴は雪輝に向いた。


「この前のアクロバットの自主練の時にさ、背面飛行の後のスローロールで若干ずれることが多かっただろ」

「ああ、そうだな。まあ、僅かな差だけどな」


「ロール開始のタイミングをぴったり合わせても機体の体制を戻すタイミングがちょっとだけずれるのって、海上の気流のせいだと思うんだよ」

「確かに、減速しつつ俺が右回転で千鶴が左回転だから、気流の向きによっては空気抵抗でタイムに差が出そうだな。あそこは特に気流が乱れやすいから」


「次は気流に合わせてロールの速度変えてみるか」

「そうだな」


「二人ともすごい! そんなことできるのね」

 割って入ったのは莉々亜だった。雪輝の注文の品ができたようだ。


「はい、ご注文のエスプレッソ」

 莉々亜はソーサーではなくコースターにカップを置いた。

 その不自然な行動に雪輝は不思議そうな表情を見せたが、すぐに気付いたようだった。

 目をぱちくりとさせてコースターのメッセージを見ている。


「雪輝にも書いてあったか? 俺ももらったんだ!」

「あ、ああ。そうか」

 千鶴に一瞥だけ向けて、雪輝はまたコースターに目を落とす。

 なんとなく雪輝の頬が赤くなっているように見えた。


「莉々亜、ありがとう」

「ふふ、喜んでくれて嬉しい! 苦手な絵も頑張って描いた甲斐があったな。それ、かわいいでしょ?」

 雪輝は手書きのイラストを一瞥すると顔を上げた。


「ああ。でもどうしてマンボウなんだ?」


 千鶴が陽介と共に青ざめたのは言うまでもない。

 莉々亜は拭いていたスプーンをカランと落とした。


「マ……マンボウじゃないもん!」

 今にも泣きだしそうな莉々亜に、雪輝が真っ青になった。


「そ、そうか! ヒラメだったか、悪かった!」

「ヒラメでもないもん! 戦闘機だもん!」

「戦闘機っ――!」


 莉々亜の画力に翻弄される雪輝を横目に、千鶴はレモンコーヒーをすすった。


「雪輝でも解けない難問だったか……。それが解けてしまった俺は次の座学のテストで一番を取れそうな予感がするんだが、それはただの気のせいだろうか」

「そうだね。それは本当にただの気のせいだから、ちゃんと勉強しなね、千鶴」


 キャラメルプリンマキアートをすする陽介と共に、千鶴は普段あまり見られない慌てふためく雪輝を眺めておくことにした。

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