表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
7/42

トイレで寝てはいけません

 ひとつ前の体育の授業で体力を使い果たした露は、授業中にぐぅぐぅと寝ていた。


「ごががっ、ごががぁっ、ほがっ!」とか言ってビクンと飛び起きると「ママ、おしっこ!」と先生に向かって言った。


 ちょうど二年生の担当が休みで、代わりに授業を行っていた名取眠兎先生はハァとため息をつくと「どうぞ、行ってらっしゃい」と優しく告げた。露いわく『みんなのミント』先生は容姿もよくて性格も優しかったので、かなりの人気を誇っている。それに比べて、本来二年生の国語を担当している柴田(しばた)邪龍(じゃりゅう)黒炎(こくえん)之助(のすけ)先生は男でしかも人相が悪く口も悪かったので人気がなく、このまま戻ってきませんようにと誰もが願っていたが、翌日には元気に復帰してきてみんなをガッカリさせるのだった。


「おしっこ……もる」


「だははっ、緑子っ、お漏らししやがれ!」と言って、進行方向にいた佐々木五時朗が、露の足を引っかけようとしたが逆にその足を思いっきり踏み潰されて「いぎゃっはーっ!」と叫びつつ椅子から転げ落ちる。


「佐々木ざまぁ。露っちの邪魔すっから、バチが当たったんだ」と北斗由梨愛にバカにされた。


「くっそ……う、うわぁーっ! 足の指の骨が全部粉々に砕けたぁーっ! もう二度と立てなくなったぁーっ!」


「うわぁ……それまだ懲りないって。お前マジで終わってんな━━男として」由梨愛が唾でも飛ばしそうな表情で見下した。


「はいはい、そこまでにしてよー。あんまり問題を起こさないで。佐々木くんも、足の指の骨全部粉々に砕けてないなら、立ちなさい」


「……はーい」五時朗も大好きな眠兎先生に言われてしまい、素直に従う。もちろん足の指の骨は一本も折れても砕けてもいないので、痛くも痒くもない。いや、もちろん踏まれた時には痛かったのだが、その痛みはとっくに引いてしまっていたからもう全然平気だった。


「だっさ。ただのガキじゃん」


「クソがっ!」怒りの五時朗が自分の消しゴムを自分の机に叩きつけたら、勢いよく跳ね返ったそれが五時朗の右目を直撃し、「うぎゃあーっ!」と言ってまた椅子から転がり落ちた。


「……マジ終わってる。なんなんだコイツ」由梨愛は残念なクラスメイトに失望し、もう相手にするのはやめようと心に誓った。


「もおーっ、なにやってるのさっきからぁ」さすがの眠兎先生も怒りをあらわに、五時朗を注意するのであった。


 そんなこんながあったので、結局授業が終わっても露が戻っていないことに、眠兎先生をはじめクラスの全員が気づけなかったことは、仕方ないといえば仕方のないことだった。


 露はトイレで用を足し、そのまま眠りについていた━━。


 ★★★★★


「あれ……グリーンちゃんいなくない?」最初に気がついたのは、運動神経抜群で成績も悪くなく、スタイルもいいテニス部所属の人気者・蜂谷(はちや)八重桜(やえざくら)ちゃんだった。


「あ、ほんとだ━━いない!」紀依ちゃんもそのことに気がつく。すぐ前の席にいるくせに、給食の時間になるまで気づかなかったらしい。真面目なので、授業に集中していたようだ。


「どこ行ったんだろ?」


「トイレ行ったままじゃん?」八重桜ちゃんが指摘する。


「そうかも。わたし見てくるよ」


「あたしも行く」


「わたしも」


 と、八重桜ちゃんと由梨愛も紀依のあとを追いかけるように続く。

 露はあれでクラスの、いや、学校のマスコット的な人気者なので、みんなに心配されるのだ。


 3人が女子トイレに入ると、すでに人だかりができていた。隣のクラスの鴇田(ときた)神子(みこ)ちゃんが「ここ、誰か入ってて出てこないのよ。返事もないし」と一番奥の個室を指差して教えてくれた。


「あー……たぶん中に、うちの露ちゃんがいます」と紀依が説明すると、鴇田神子は「露様が?」と返した。


 一部存在する露の熱狂的信奉者のひとりが、この鴇田神子であった。露公認のファンクラブ<みどりのおつゆ>副会長でもある。


 ちなみに会長は三年生の神原(このはら)紅葉(もみじ)という先輩なのだが、どちらの名前にも"神"の文字があることから露を守るツインゴッドとして広く知られていた。


「露様ぁー、お昼ですよぉー?」


 しかし、返事がない。まさか死んでいるのでは、と神子は心配になる。


「しゃーないな。あたしに任せて」言ったのは八重桜ちゃんだった。

 トイレの上に手をかけると、一気に身体を持ち上げた。スカートの中からスラリと伸びた綺麗な足を見せつけて、パンティが見えるのもお構い無しに乗り越える。とんっ、と個室の中に降り立った音が聞こえた。


「露様はいましたか!」神子がすぐに訊く。


「うん、いたいた。パンツ下ろしたままで、すっごい寝てる。生きてるよ」


 そう言って露の肩を揺らし、彼女を起こす八重桜。そうして露が目覚め、ちゃんとパンツを上げてから、個室のカギと扉を開けて外へと出てきた。そのあとを、まだ寝ぼけまなこの露がふらりふらりとついてくる。


「露様、大丈夫ですか?」心配した神子が手を回すが、寝ていただけなのでもちろん大丈夫すぎる露は「?」と不思議そうな顔で見返した。


「ごはん?」


「もう給食の時間だよ。そろそろ配膳はじまるから、早く戻ろ」


 八重桜に言われて、露は「戻る」とはっきり言った。食欲が彼女を覚醒させ、活動する力を与えて意識を鮮明にさせるのだ。


「今日は━━」


「五目ごはんだよ」と紀依が献立を教えてあげる。


 露は「じゅるり」とヨダレで返した。


 ★★★★★


「ももが正式に加入した」


 名ばかりではあるが、一応かくれんぼ部の顧問という不名誉な役割を担っている二年生の社会科担当・四季野(しきの)(せい)先生に手続きしてもらい、桃姫の入部が正式に完了したことを告げる。


 四季野先生は男とも女とも取れる名前であるが、性別は男性だった。なので、女ばかりのかくれんぼ部には気軽に立ち寄れず、そもそも訪れる意味もないので普段は放置されていた。

 だってかくれんぼなので、四季野先生が指導する必要はなかったし、それ以前に先生が指導できることはなにもなかった。あったとしても、危険な場所には立ち入らないようにという、注意だけしかできることはない。


 それに、四季野先生の世代は、もうすでにかくれんぼなんて遊びをあまりやらなくなっていたので、経験もなかった。

 もちろんかくれんぼをして遊ぶ子供はいたが、先生に限っていえば、そういう友達が少なく、家か図書館で本を読んでいるような少年時代を過ごしていたのだ。


「はい、ありがとうございます」桃姫が嬉しそうに笑う。


 露と粉雪と桃姫は、例によって狭い部室の中、それぞれわずか十センチ以内の距離で話している。


「やったね部長、姫ちゃん。この調子で部員増やそーぜ」


 とは言うものの、あれだけ盛大に貼りまくったポスターの成果が桃姫ひとりだけなので、あとにつづく者が現れそうな気配は少しもなかったのだけど。


「学校ぜんぶ、かくれんぶにする」


「んな無茶な」


「そうなるといいですね!」


「え、本気で言ってる?」意外にもわりと天然そうな桃姫に、いつもだったら露とダブルでボケ担当の粉雪も、普通につっこんでしまった。


「今日の部活。またじゃんけんぽい?」


「うにゃ、今日はわたしが鬼やるにょ。まだ姫ちゃんってわけにもいかないし、部長がまたやってくれるなら別だけど」


「ノー、別じゃない。今日は隠れの日」隠れたい露は、はっきり言った。


「ほーい。じゃ、今日はわたしが鬼やるね。カウントどーする?」


「千」


「やはり……忘れておらんかったか」粉雪は露のいい加減な記憶力に期待していたのだが、その期待は裏切られた。


「はじめ」勝手に開始を告げると、露はとっとと出ていった。

 桃姫が「あわわ」と言って、それを追う。


「さて……数えるか……千」誰もいなくなった部室にて、粉雪のチャレンジがはじまった。


「きゅ~ひゃくきゅじゅきゅうぅ~、すぇ~ぇぇぇん」最後の声を絞り出した粉雪が、膝をつく。「やーばっ……千カウント、長すぎる。部長、これほんとにちゃんと数えたのかぁ?」そこは大いに疑問だったが、露を信じるしかない。

 粉雪は部室をふらふらと出ていく。捜索開始で勝負スタートだ。


「千カウントは長い━━だから近くにはおらぬ」かなり適当な予想と、いい加減なプロファイリングで、おおよその行動を辿ろうとする。


 粉雪は三階と二階をすっとばして、いきなり一階の職員室を攻めるという、大胆な作戦にでた。


「シツレシマス」


 中に入って、きょろきょろ見回す。今日はこの時間、先生の数が少ない。眠兎先生も村上先生もおらず、いたとしても愛想のない年配の数学教師・茂住(もず)先生くらいなものだったので、さすがの露もそんなところには隠れないはずと決めつける。


「いない……な」呟き、職員室を去る。去り際にちゃんと「シツレシマシタ」と言うことも忘れていない。粉雪たちは礼儀正しいのだ。


(北校舎━━いや、余裕のある時の部長は……)思い、体育館へと向かった。

 過去のデータからすると、心と時間に余裕のある時の露は、必ずではないが、なぜか体育館を選択しやすい傾向にあった。


 バレー部、バスケ部、卓球部など、あらゆる部活が活動する広い体育館の中は、意外と隠れられる場所も多い。たとえば卓球台の下なんかもいけるし、バスケ部の荷物に紛れたっていい。その気になれば、どこでも隠れ場所に変わってしまう。


「それがかくれんぼの真髄━━にょ?」自分の考えの結論を口に出したところで、違和感のあるものを発見した粉雪。

 それは、バレー部の使用するボールが山ほど詰め込まれた大きなカゴの中だった。


 なんかヘンな場所がある。


「………………」近づいていって確かめる。そんでもってなんとなく、核心部分を避けて周りから攻めようとか、そんなことを思った。


 カゴの中のバレーボールを触る。


「硬い━━ボールだ」


 バレーボールを触る。


「硬い━━ボールだ」


 バレーボール━━みたいな別物を触る。


 ムニュッとした感触。


「やらかい━━おっぱいだ!」


「いやぁ~ん……」


 バレーボールの山の中から、なんと桃姫が現れた。こんなところに隠れているとは、さすがの粉雪も予想外だった。


「ひ、姫ちゃんめっけ! マジか、これわりと全国レベルの隠れかた━━」


「えへへ、誉められた?」


「うんうん、これはなかなかどうして、初心者とは思えない隠れかただにょ━━まさかおっぱいを利用してバレーボールに擬態するなんて」


「そうなのかなぁ、なんだか嬉しい」誉められた桃姫はとても上機嫌だった。


 なので、誉めたついでに自然な流れで訊いてみる粉雪。「で、部長はどこ?」と。


「部長さんならトイ━━あわわわわっ!」すでに九割くらい口を滑らせた桃姫が慌てて誤魔化そうとしたけれど、もう誤魔化せるなにかは残っていない。


 大き過ぎるヒントを得た粉雪は、左を向いた。その先には━━体育館のトイレがある。


 結果を言ってしまえば、露は体育館のトイレの個室の中で寝ていた。もちろんカギがかかっていたので、粉雪は足場を作って上から覗かなくてはいけなかったのだが━━上から「めっけた!」と叫んだ時点で露が目覚め、勝負は決した。


「こな……ごはん?」と、めっちゃ寝ぼけた露が変なことを言ったのだけど、無視して部室に連行した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ