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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
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買い食いをしよう

 部活が終わったので3人で帰ることになったのだが、桃姫も途中までは同じ方角なのだった。


「帰り、一緒になったことないよね」と粉雪が言う。下校時もそうだけど、登校時にも桃姫の姿を見たという記憶がない。


「たぶん、部活の時間が違うからだと思います━━帰りも遅いし、朝は朝練があるから早く来なくちゃいけなかったから」


 なるほど、と粉雪と露は納得した。

 ゆる~いかくれんぼ部は、一回隠れてめっけたら、それでその日は終わりになる。鬼を交代して続行したりはしない。一日一回の勝負と決めていた。だから真面目に活動している運動部なんかよりは、はるかに早く帰宅する。露たちが真面目に活動していないというわけでもないが、一回勝負のかくれんぼで、長時間かかるという回は少なかった。


「はらへた」露が呟く。


「わたしもー。なんか買い食いしてく?」


「する。へんだーそん」


 露はアニメ関連商品の品揃えが異常に豊富なコンビニエンスストアを希望した。


「姫ちゃんはだいじょぶ?」


「あ、はい……わたしは大丈夫だけど、その、粉雪ちゃんとかはいいの?」晩ごはんとか、と桃姫は心配した。ちなみに桃姫はごはん三杯は食べられるので、多少の間食などは食べた分に入らないのだ。


「わたしはだいじょぶ。料理人のためきちさんへのオーダー制だから、少なく注文すれば問題ナッシング」


「料理人って……お家に、そんな人がいるの?」


「だっちゃ。ママがお料理しないから、作ってくれる人を雇っとる」


「す、すごーい……」桃姫は本当に驚いた。粉雪の噂は聞いていたが、その噂以上の生活をしているようだった。


「あちきは……ごはん残すと怒らりる」


「怒らりるんだったら、やめとけよ部長」粉雪が忠告する。それでも露はヘンダーソンのピリカラチキンが食べたかったので、どうにも我慢ができなかった。


「いや、行く」と決断する。


「ふっ、命知らずなやつめ……そんな部長、キライじゃないぜ」粉雪もピリカラチキンは好きなので、露が大丈夫なのであれば異論はない。唾をじゅるじゅるいわせた3人はヘンダーソンへ寄り道することに決めた。


「あっ━━」露がなにかを発見する。商店街の入り口付近にあるタバコ屋を見ている。「新しい削りんこ」露が発見したのは一等五十万円のスクラッチくじだった。露はそれを削りんこと呼称する。


「ああ、スクラッチね……ママの昔のダチンコに百パーくじ当てる人がいたらしいにょ」粉雪がいつもする話のひとつを、桃姫に向かって語る。


「なにその人、すごいね!」桃姫は興味を持った。露は何度も聞いたことのある話なので、無視していたが。


 無視したまま、勝手にタバコ屋さんに向かって行く。


「えっ、もしかして部長、買うつもりなんじゃ……」桃姫が、独り言みたいに呟いた。


「そだよ。いっつも買ってる。ママのダチンコほどじゃないけど、八割がたは当ててるからね。部長の収入源だにょ」


「え、でもわたしたちはまだ買えないはずじゃ……」


「え? なに言ってんの姫ちゃん。うちのママが法律変えたから、もう小学生だって買えるんだよ、宝くじ?」粉雪は事実のみを伝える。

 桃姫のように、意外と知らない人は多い。特に興味のない人などは、いまだに昔のルールで記憶している人がほとんどだ。でも、近年になって粉雪の母親がルールを改正させたので、子供でも堂々と買えるようになったのだ。


「買ってきた。ドラゴンホールスクラッチ」一枚二百円のそのくじを、一枚だけ買ってきた露が見せびらかす。

 コンクリートの地面の、平らなところにくじを置くと、自らは正座をして五円玉でもって削りはじめた。


 ドラゴンホールの主人公・孫マジヨシが鶴亀光線を放った先で「5等・千円」の文字が現れる。


「お、部長すげー。また当てたねぇ」


「ほおおお……八百円ぷらーす」露が震える手でくじを掲げる。「まねーにしてくる」言って、すぐさま現金に換えてきた。


「これでピリカラよんこくらい買える」


「おー、じゃあ部長のおごり━━」


「じゃない。こなのほうがお金ある」


「ないにょ。クレジットカードならあるけど」使用上限が子供には相応しくない額のプラチナカードを取り出して、粉雪が言う。


「ほわぁ、粉雪ちゃん、すごぉい……」桃姫が宝石でも見つけたような瞳で、口元に手を当て感動の声を洩らす。実際に宝石ほどの価値がありそうな、宝石以上の価値がある宝石みたいに輝いているそのカードは憧れの対象でしかなかった。


「その中にあるものがお金」


「うに。事実上そうなる」


「こなのおごり……」


「え、粉雪ちゃん、いいの?」桃姫も露の発言に乗っかろうとする。ちゃっかりしていた。


「……お前ら……ま、いっか━━姫ちゃんの入部お祝いもかねて、わたしがおごるにょ」


「げっつ」


「うわぁ、ありがとう粉雪ちゃん」


 粉雪のお金で買えることがわかった露は俄然勢いを増すと、ヘンダーソンの店内に突っ込むように入店した。


「ぴりからみっつ!」指を4本立てて注文する。


 レジのお姉さんははっきりしっかり4本指を目撃していらっしゃるので、3つなのか4つなのか判断できない。


「3つでよろしいですか?」と確認した。


「みっつ!」露の指は4本立っている。


 お姉さんはピリカラチキンを3つ用意した。「540円になります」と、露に言う。でも露はお金を支払うつもりがない。だって粉雪のおごりだから。でも、粉雪が来ない。


「あれ……あれ……こな……こなぁ~っ」泣きそうになりながらきょろきょろと店内を見回す。


「お客様、あの、お金を……」お姉さんが困った顔で待っている。でも、露のほうがもっと困った顔でテンパっている。


「こ、こなぁ~! こなぁ~!」


「呼んだかね、部長?」商品棚の陰から粉雪と桃姫が現れた。その手にはションボリマンチョコが握られている。


「こなぁ~……お支払い」ピリカラチキンを指差して、泣きそうな顔だった露が言った。


「はいはい、わかっとるよ━━部長先走りすぎ。せっかくヘンダーソン寄るのに、ションボリマン買わなもったいないっしょ」と、母親の影響でハマっているオマケシール目当てのチョコスナックを、粉雪はいつも購入する。「これも一緒にお願いしまーす」と言って、レジにそれを置いた。


「お願いしまーす」と言って、桃姫もグミキャンディーを一袋置く。ちゃっかり置く。


「これで」金額を言い渡されたあとで、粉雪が出したプラチナカードにレジのお姉さんが目を見開いて驚いた。


「ひょえっ! うそぉっ、プラチナ……?」カードと粉雪とを往復する視線が止まらない。こんな子供がどうしてこげなものを、と思っているのが見え見えだった。

 お姉さんはこの店舗で働き始めたばかりなので、粉雪の対応をするのもはじめてだったから、他の慣れている店員のように自然な対応をすることができなかった。


「本物ですよ? あと、間違いなくわたしのだから━━ね?」なにが「ね?」なのかはわからないが、納得させようとする粉雪。


 お姉さんは納得いかなかったが、カードを扱ってみたらほんとに本物だったので、問題なく手続きが完了した。


 たかだか千円以内の買い物にプラチナカードを使う謎の女子中学生たちに、お姉さんは驚きを隠せないのだった。


「あなたは一体……」なんて呟いている。


「わたしは……愛と正義とこの世を消し去る力を持つ、伝説のママ・寿々木初雪の娘。その名も━━」


「こな」


「粉雪ちゃん」


「そうです、寿々木粉雪でーす! でへへ!」


 挨拶はふざけていたが、内容はしっかり伝わったらしい。お姉さんは「寿々木……初雪……さんって、あの初雪さん? うそっ、すっご……」なんて言っている。

 ちなみに彼女の中にあった粉雪の母親の勇姿は、行方不明になった幼い子供を次から次へと発見していく報道番組の映像や、あるいは立てこもりの犯人をその身ひとつで説得し、または力ずくで組み伏せる、やはり報道番組での映像がすべてだった。だが、国内の活動と、そのニュース映像だけでも一個人が成せる範疇をはるかに超越する活躍をしている人物なので、国内報道だけでも、その凄さは誰もがじゅうぶん理解できるものなのだった。


「こ、この近くに住んでいらっしゃるんですか?」もはや職務を忘れ、ただのファンになっちゃっているお姉さんが粉雪に尋ねる。


「そですけどぉ? ママもこのお店、たまに来るよ?」と言ってやると、お姉さんはキャアッと叫んで、目を輝かせた。よほど粉雪の母親が好きらしい。それには粉雪も悪い気はしなかったので「次来るときに、ママのサイン色紙でも持ってこようか?」と試しに言ってみた。


 するとお姉さんは「はいっ! 是非っ! お願いいたしますっ!」と、ものすごく大きな声で答えたので、露などは「うるせ」と言って店を出ていってしまう。


 粉雪はお姉さんと約束をすると、桃姫と一緒にヘンダーソンをあとにした。

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