表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
5/42

初めてのかくれんぼ

「あー……すっぺかった」

 たった一枚の酢こんぶを悪戦苦闘の末に飲み込んだ露は、ごくりと唾も飲み込んでからにやりと笑った。


「すんごい食べづらそうだったけど、おいしかったんだね部長?」


「いえす━━じゃ、かくれんぼする」唐突に、部活の開始を告げる。「もも━━ひめ……もめ?」


「なんでそうなる。"もも"か"ひめ"にしてやれよ」と粉雪は危うく"もめ"と呼ばれそうになった桃姫を助けてあげる。一度呼び名が決まってしまうと、露にずぅーっとその名前で呼ばれることになってしまうので、最初が一番重要だった。


「じゃあ……ひめ」


「あぅ、そっちなんですね」桃姫は"もも"のほうがよかったのだが、露は違うほうの呼び名を選んでしまった。


「部長、どっちかってーと"もも"のほうがよくないかい? ただでさえ喋るの得意じゃないんだから、ひめなんて言いにくいでしょ。もものほうが呼びやすいし、かわいいと思うよ」と、どちらにしてもあまり変わりはなさそうな呼び名だが、粉雪はアドバイスを与えた。単に桃姫の反応を見て、瞬間的に判断したことではあったのだが。


 露にとっては妙な説得力があったようで「たしかに……じゃあ、もも」と、すぐに呼び名を変更したのだった。


「は、はい。それでお願いします」桃姫も安心したように、自らの呼び名を肯定する。


「よい。じゃあ、ももが入っていっぱつめ」


「だね。ついに三人でやる時がきたか……」


 休み時間にできるだろ、みたいな指摘は受け付けられない。なぜならば、彼女たちにとっての"かくれんぼ"は、あくまでも部活動であって遊びではないのだから。


 それに、本気で見つからないことが目的なので、十分や数十分程度の休み時間では、圧倒的に時間が足りなかったから。


 なんなら次の日まで隠れていたって、それはそれで名誉な話なのである。


「じゃんけん」


「だね。公平に決めるには」


「では━━さーいしょーのひーかりーはかーみさーまがー」


「ええっ?」すでにグーの右手を出した桃姫が、慌てて引っ込める。露も粉雪も、出していなかったから。


「もも、焦りすぎ」


「姫ちゃん、部長が最後に『まいごっど』て言った次のタイミングで出すんだよ」と、粉雪はちゃんと教えてあげる。そんで呼び方がいつの間にか"姫ちゃん"になっていた。


「まいごっど……ですか?」


「仕切り直す。では━━さーいしょーのひーかりーはかーみさーまがー、ひーかりあれよとおっしゃったー、だーからせーかいはあーかるくてー、あーかるーいかーらこーそかーげがあるぅー、そーんなかげにはあちきらがー、かーくれまするよまーいごっどー」


 露がパーを出し、粉雪もパーを出し、桃姫が一瞬遅れてグーを出した。


「あ……あう~」微妙にあと出ししたうえに敗けてしまった桃姫は、自分のグーを見ながら泣きそうな顔になってしまった。


「ありゃ、姫ちゃん鬼……いやいや、しょっぱなから鬼は難易度ゲロむずだべよ。わたしたちプロを相手に、素人が見つけられるわけはないからね」


 自分たちをかくれんぼのプロだと思い込んでいるふたりは、そう判断する。


「ここはひとつ、部長が鬼になるべきなのでは? わたしは姫ちゃんに隠れかたを教えながら隠れるからさ」


「ぬ……あちきが鬼?」


「ね、いーでしょ。それとも素人の姫ちゃんに探させて、チートプレイがご所望か?」


「ない。本意では」


「だろ。じゃそゆわけで、わたしと姫ちゃん隠れるから部長鬼よろー」出ていきかけて「教えながらだから、カウント千ね」とけっこう無茶な秒数を指定して出ていく粉雪と桃姫。露の了承は必要ないらしい。


「千━━って、いくつ?」とりあえず数えはじめた露であるが、百からうしろが難しかった。たまに十単位で飛ばしたり戻ったりしながら、少しずつ進めていく。

 千もの数を数えるのは、思いの外難しい作業なのであった。


 ★★★★★


 桃姫を引き連れた粉雪は、とりあえず南校舎の一階まできていた。


「部長はだいたいここの三階から潰してくタチだから、とりあえずここまでくればそれだけで時間は稼げるよ」そんな露攻略法のようなものをアドバイスする粉雪。


 桃姫は真面目に聞いていて、真面目な表情で頷いた。


「めっかりやすいんだけどさ、わりと死角になってやり過ごせたりする隠れ場所は━━」トイレがある場所にはわざと張り出した作りの壁があり、その陰に立つことで表からは見えなくなる。粉雪はそこに桃姫を立たせてみた。


「ど、どうですか?」桃姫が心配そうな声をだす。


「うん━━おっぱいが出とる!」


「ええっ!」


「胸だけ隠れきれてない……姫ちゃん、体型的に立ち系の隠れ場所は不向きかもだね」


「そ、そうですか……」ぽよんと胸を揺らした桃姫が、ちょっとだけ落ち込んだ顔で壁の陰から現れた。


「職員室なんてのもある」次の候補を提案する粉雪。彼女たちにとって、職員室は毎度お馴染みな隠れ場所だった。


 ガラリと扉を開き「シツレシマス」となぜかカタコトっぽく言って入室する。そんな粉雪のうしろを、桃姫もついてくる。


「部活だって言えば、みんな協力してくれるから」そう説明した。


「そうなんですか?」意外な面持ちで、職員室を見回す桃姫。生徒にやさしい校風は身をもって感じてはいたが、部活とはいえ職員室に隠れても怒られないという事実には、さすがにちょっと驚いていた。


「うに。特にミントちゃんが協力的でおすすめだっちゃ」


 粉雪に優しく協力的で、なにかと気にかけてくれる名取(なとり)眠兎(みんと)という若い女性教諭を粉雪はおすすめした。

 なんで、どうして先生をすすめられるのか、桃姫はわかんなかったのだが。先生に隠れる場所なんてないし。


「そんで、村上先生はやめといたほうがいいよ。演技がダイコンだからね」


 その声が聞こえたらしい村上先生はがっくりと肩を落としてうなだれているのだが、粉雪は気づいちゃいない。目もくれない。


 眠兎先生のところまで行くと、粉雪は桃姫を紹介した。


「ミントちゃん、こちらの桃姫ちゃんが新しく入部したからよろしくね!」


「よ、よろしくお願いします」桃姫も一応、ご挨拶をする。だけどもちろん初対面なんかじゃなく、国語の授業で何度も顔を合わせているから、お互いがお互いをしっている。


「えー、そうなの? まさか寿々木ちゃんの部に新しい子が入るなんて……世の中、なにが起こるかわかんないねぇ」


「ねー。ミントちゃんのママも先生で、昔うちのママを教えてたってのが未だに信じらんないくらいには、驚いたでしょ?」


「いや、そこまでは驚いてないよ? だってそっちのほうがすごいし。『もしも将来あなたが教師になった時、寿々木初雪(はつゆき)さんの子供を受け持つようなことがあれば、その時はその子によくしてあげなさい』って子供のころからずぅーっと言われてたのが本当になった時は、わたし、マジで全身がバードスキンになって、ちょっとお漏らししちゃったくらいだからね」


「あははっ! ミントちゃん、学校でお漏らししてた?」


「ちょろっとよ、ちょろっと! 漏らした分に入らないくらい━━」


 そんな会話を鼻の穴を広げた状態で熱心に聞き耳をたてていた村上先生その他の男性教諭に気がついて、眠兎先生はちょっと青ざめた。

 こんな場所で、なんてことを言ってしまったのかと後悔したが、心強い粉雪の姿を目にして気を取り直す。


「で、隠れるの?」そう訊いてきた。


「だっちゃ。姫ちゃん初回プレイだから、ミントちゃんに隠れさせて」


「わかった。どーぞー」と、眠兎先生が両手を広げたので、なんだかわからないまま、吸い込まれるようにして桃姫はその腕の中に収まるのだった。


 温かい胸に抱かれて、なにがなんだかわからない桃姫。その上に、粉雪がブランケットを被せると、眠兎先生は桃姫ごと椅子を回して、自分のデスクに向き直った。

 眠兎先生のデスクは窓側を向いているので、職員室の入り口には背を向ける格好になるのだ。なので入ってきた段階では、すぐには見つかりにくい。


「じゃあ姫ちゃん、そこに隠れててね」


「ふわぁ~ひ」眠兎先生の腹のあたりから、くぐもった声が返ってきた。


「わたしはわたしで隠れるから━━ほいじゃね」


 言って、粉雪も迅速に行動する。

 すでにかなりの時間が経過しているので、数えてはいないがだいたい千カウントは過ぎた頃合いだと思えた。なのでもう、余裕はない。


 職員室を出ようかと思ったタイミングで、気配を感じた。それに、わずかにではあるが露の金髪が見えたような気がする━━もう、すぐそこまで来ている!


 そう判断した粉雪はきびすを返すと、職員室の一角に山と積まれたコピー用紙の陰に隠れた。次の瞬間、入り口から「シツレシマス」という露の声がした。間一髪、ギリギリのタイミングだった。


 けど、すぐにめっかった。


「こな━━いーじー」


「すんまそ……なんか、焦っちゃって……あ、しもうた」余計な言葉を吐いてしまったことに気がついたが、もう遅い。露にしっかり聞かれてしまった。余計なことを言うと、鬼にヒントを与えてしまうという、いい見本だった。


 今までは自分がめっかった時点で即終了だったので、まだ仲間が隠れているという状況に対応しきれていなかったわけだ。


「こなが焦って隠れた……イコール、もももこの部屋におる?」


「あちゃ~……やってもうた」粉雪は額に手を当てて、心の中で桃姫に謝った。


「ぬ……村上先生にはおらぬ……」デスクの下を覗いて歩く露が、そろそろ職員室を一周しようかというところだ。意外に、けっこうめっかんない。眠兎先生の自然な様子もうまかった。


「む~……おらぬ」


 粉雪のところに戻り、露が諦めそうになったその時、眠兎先生のお腹から「へくちん!」という音が聞こえた。眠兎先生のくしゃみではない。そもそもお腹から聞こえたし。


 感づいた露が眠兎先生に近づく。


「子供でけた?」


「いえ、でけてないです」


「おっけ」露は無造作にブランケットをひっぺがすと、そこには桃姫の顔があった。


「ミツケマッ! ミツケマッ!」桃姫の眼球でも刺しそうな感じで、指差す露。

 桃姫は「ひええっ!」と驚いた。


 こうして見つけた二人を掴んで、露は部室へと帰った。


「はんせーかい」


「うに」


「は、はい……」


「なんでももがめっかったか。こなはろんがい」


「のぅ……うんとねぇ、たぶんだけど姫ちゃんがくしゃみしたからでは?」


「ある。決定打」


「ごめんなさい、鼻がむずむずしちゃって……」


「被ってたしね。仕方なす」


「他は?」露が促す。


「ん~、でもミントちゃんも問題なしだし━━ってかミントちゃんは自然体がうまい!」


「ある。村上先生とはダンチ」


「な。さすがわたしのミントちゃん」


「ない。みんなのミント」


「ぬ……」粉雪は反論がありそうだったが、我慢した様子だ。代わりに「姫ちゃん、どーだった?」と桃姫に感想を尋ねた。


「は、はい……なんだろう、見つかったのがすごく悔しくて、でも楽しくて━━わたし、この部に向いているかもしれません」晴れやかな顔の桃姫がそう言った。


「だしょ? かくれんぼ、おもしろだから」


「目指せ、隠者の王」


「え?」


「では、本日の部活を終わる。締めのご挨拶━━こな」


「はーい。姫ちゃん、真似してやってね━━頭隠してぇ~ん……」と頭に両手を当てて、前傾姿勢をとり━━


『オケツぷりぷりぃ~っ!』


 ぷりっぷりっとオシリを振って、活動終了。真似した桃姫はちょっと恥ずかしそうだったけど、でも楽しそうでもあった。


「最後に戸締まりして、帰る前に隠者を拝んでから帰るんだよー」と、先輩部員の粉雪も嬉しそうに教えてあげるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ