ゴミクズ遊戯(前編)
ついにこの日がきてしまった……。
粉雪は半ば放心状態のまま家を出ると、やはり性懲りもなく軍艦マーチを大音量で垂れ流しつづけている店の前までやってきた。
時間より早めにやってきたのだが、そこにはすでに小泉桃姫その人の姿があった……のだが。
一見しただけですぐにはわからなかった。いや、わかったのはわかったのだが、本当に桃姫なのか疑ってしまったのだ。なぜならば、彼女の髪色が変わっていたから。
「姫ちゃん? このタイミングで髪色変えたのはなぜに」
ゆるふわ系黒髪ロングだったはずの桃姫が、今はゆるふわ系うっすらピンク色ロングに変わっていた。名前を体現したかのような桃色だ。
「だって、テレビに出るかと思ったら……それなりの見た目にしないといけないかなって」
なぜかすでにタレント気取りだった。髪の色がそれを証明しているので、否定は困難だろう。
「わたし、ずっといつも通りなんスけど」粉雪は半眼で告げる。
「でも、粉雪ちゃんは元々かわいいから、別にそのままでいいと思う」
「あ、そう? そうかなぁ?」すぐにその気になるバカ粉雪。嬉しさが溢れ出て止まらない。やや天然パーマ気味黒髪セミロングの粉雪であるが、その天然パーマ気味の髪はまるで美容師がセットしたかのように整っていると評判で、そこは自他共に認めるチャームポイントだった。そしてこれは自己申告であるが、小学生の頃にラブレターをもらった回数は百をこえるとかなんとか……。
でへへへへと気味の悪い笑顔を作っている粉雪のところに、今度は気味の悪い中年男性たちが集まってきた。
本日の出演者であり、粉雪そして桃姫の共演者たちと番組製作スタッフらである。
「いやーどうもどうもおはようございます寿々木さま! 本日はお日柄もよく、いやマジで来ていただけたなんて感激ですよぉ!」
「おっす、ドリモグ」適当に挨拶をかます。
気持ち悪いヒゲデブヒゲ男がドリモグこと土里土竜。隣にいるのは気持ち悪いネズミの妖怪みたいなネズミ男の桶野だ。この二人はそれぞれすぐにわかったのだが、それ以外のスタッフたちはみんな初見だったので誰もわからなかった。
「どうもです桶野です、寿々木さま今日もかわいいですね。あれぇ、お隣さんは……あ、彼女が例のお友達の……なんだっけ、デカパイ揉み子ちゃんでしたっけ?」
「小泉桃姫です!」桃姫が怒った。
「あ、すいません……最近もの忘れがひどくて。パチンコのことは忘れないんですけどねー」
「それをこそ忘れろよ」粉雪が呟く。
「あの、ぼくも女神さまに紹介してください」
ドリモグと桶野の並びにいた若い男が、急に割って入ってきた。立ち位置的にスタッフとも違う感じだったので気にはなっていた粉雪だが、やはりこいつも出演者なのかと感づく。直感で芸人の臭いを感じていたので、すぐに納得する。
「あーそーだ、こいつ『運転がし』っていうコンビの病島っていう若手なんですけど、なんかどーしても寿々木さまと一緒にパチンコ打ちたいって騒いで駄々こねてうちの玄関から動かなくなったんで、仕方なく出演させることにしたんですけど……」
ドリモグが申し訳なさそうに説明する。病島と紹介された男も、申し訳なさそうに説明した。
「ぼく、昔から寿々木粉雪さまの大ファンで、っていうかマジで一目惚れしちゃって、ずっと忘れられなかったんですけど……芸人の掟で寿々木さまの家を訪問できるのは人生で一度きりってことになってるから、行けなくて━━」
「き、キモ……来たことある人ですか?」昔っからって、わたしそんな歳じゃないんですけどと思いながら、粉雪は対応する。
「はい、もうテレビデビューが決まった時にすぐ行かせてもらいまして……そしたら、赤いランドセルを背負った粉雪さまが現れて……オレ、こんな美少女見たことないって、本能的に結婚したいって感じて━━」
激ロリだった。
「あざーす」粉雪は距離を取る。「で、芸人としては売れたんですか? うちを詣でたことによって」
「はい、はい、それはもう、粉雪さまのお宅に行ってからはずっと昇り調子できてます。まだ一本ですけど、レギュラーもあるんで、マジで感謝してます。結婚してください!」
最後にどさくさで求婚するあたり、ヤバすぎる男・病島。粉雪が中学一年生であることはもはや念頭になく、ただ異性としてのみ見ている。激ヤバ激ロリ芸人だった。
「結婚はしないけど、今日はよろしくね」
「はいっ! やった! 粉雪さまからよろしくねって言われたぁーっ! 芸人やっててよかったぁーっ!」
「うるせ」そういや途中からずっと『粉雪さま』って呼んでるよなとか思いながら、顔をしかめる粉雪は病島との間合いをさらに離した。
「えー、病島ヤバいっすねー。ドリモグなに連れてきてんだよ、犯罪者じゃんもう。寿々木さま中学生よ中学生。こないだ学校に行ったけど、みーんな小さかったもん。あ、大きい子もたまにいるけど」と、桃姫を横目に桶野が言う。
「つ、通報していいですか?」桃姫が粉雪に耳打ちした。
「んー、あとでわたしがやっとくよ」
ともあれ、本日共演する者たちの顔合わせは済んだ。ディレクターの男から粉雪たちに説明と、あとなんかギャラの話もしてきた。
けっこうな高額だった。
「わー、やったー!」桃姫が両手をあげて大喜びする。
「お、すごい。デカいゴムボールでジャグリングしたみたいになった」
「おっぱいジャグラー?」
「おっぱいジャグラー(笑)! デカゴムボールおっぱいジャグラー」
桶野とドリモグがそんなやりとりをする。桃姫の目の前で。あからさまなセクハラ発言だ。
「粉雪ちゃん……なにか、警棒みたいなものありますか?」桃姫の目が据わっている。危険な雰囲気が発散されていた。
「あー、いや、それもあとでわたしが……」
桃姫を犯行に走らせないため、適当なことを言っておく。
その後、台の確保を終えたあとでオープニングの撮影が開始された。
「ゴミっクズぅ~、ううう~んあああ~んゆぅぅぅっぎぃ~ん(白目白目白目)」両手両足をバタバタさせながら、ドリモグがタイトルコールをおこなった。
粉雪の目から見て、正直完全にイカレていた。
「うわーやったー、今週もはじまりましたね。もうこれしか生きてく楽しみないですからね、この番組なくなったらわたし逝きますよ」
「あの世に?」
「海外に。アジアの国です。昔の台とか打てるような国に」
「その辺じゃ~ん。桶野さん、なんとですね今日はついに前々からいつか番組に呼びたいですねって言ってたあの噂の“パチンコの女神”が降臨なさってますよ!」
「いやマジで、めちゃくちゃかわいいですからね。ぼくらなんて本当はお姿を見ることもダメなわけですからね。見たら犯罪ですよもう。見るのもダメなんですから、そんなお方と今日はなんとパチンコが楽しめるってゆーね。え、オレもう逝ってるんじゃないの? オレ生きてる、ねえ?」
「いや、わかんないです。一応見えてるけど、ぼくの目がおかしいだけかもしれないです」
「ほんと? まあ番組終わるまで生きてればいいんですよ今日は。それよりもう視聴者の方々は早くしろって言ってますから紹介します、どうぞ寿々木さまたち━━」
呼び込みがかけられたので、事前の打ち合わせ通りにカメラの死角からインする粉雪と桃姫のふたり。
「うおー、かわいいー。えー、ふたりもいるじゃないですかぁ。桶野さん、このお二方が」
「そうですよこのお二方が、ねえドリモグさん?」
「はい、こちらが伝説の“パチンコの女神”と呼ばれていて、芸人界においても実は伝説のお方である寿々木粉雪さまです!」
「こんにちパ……チンコ大好き粉雪でぇーす!」やべぇ挨拶をした粉雪。もちろんこれはそのまま放送される。
「打ち合わせ通りの挨拶ありがとうございます! で、お隣にいらっしゃるピンクの方は寿々木さまのお友達の小泉桃姫さんです。おっぱいが中学一年生とは思えません」
「こ、こんにちにちにち……」
にちにちにちとか噛みまくって、あきらめて黙り込みうつむいてしまった桃姫。もちろんこれもそのまま放送される。
「どんまい姫ちゃん。無駄な番組に無駄な時間を提供したナイスなご挨拶だよ」と、粉雪がフォロー(?)する。
「そ、そうですか? よかったー!」なぜか無駄な時間に意義を見いだしている桃姫は立ち直った。
「もうなんかね、すごいいい匂いがしてるんですよねこの辺。こないだ教室にお邪魔したときも思ったんですけど、最近の女子中学生ってこんなにいい匂いするもんなんですかね。なんかもう、すごいのよ。テレビじゃ伝わんないけど、多分これ世の中で一番いい匂いじゃない?」
「いやマジでそうですよ桶野さん、ぼくもう前屈みになってますもん」
「うはは、おーいドリモグお前捕まるってマジで……こいつほんとに前屈みになってるじゃん。ヤバいって。ほらパトカーきた!」
店の前をパトロールカーが過ぎる。別にサイレンは鳴らしていないし、乗っている警官も見向きもしない。
「やっべ、捕まる捕まる」ドリモグがうしろを向いて隠れようとする。
「ねえねえ、なんで前屈みになるのー?」わざと子供みたいな喋り方で粉雪が桶野に問う。
「それはですね、ドリモグが勃起したから普通に立っていると普通に勃っているのがバレちゃうんで隠そうとしてるんですよ」と、桶野は真正面から説明した。もちろん、これもやはりそのまま無修正で放送される。
「こ、粉雪ちゃん、さっきのパトカーを呼び戻すにはどうすれば……」
「あー、わたしがあとでやっておくから……」
とっとと進行しろと目だけで粉雪が促すと、桶野が話を再開する。
「はい、ではドリモグがまだうしろ向いてますが本日の挑戦機種、なんですか?」
「本日はですねぇ」うしろを向いたまま、ドリモグが返事する。「新台です。寿々木さまたちと一日打てるってことで、あの台です。新台の『侍男の子・花山慶太~肉の衝撃~』です!」
「おー、慶太の新台ですかぁ! スペシャルにふさわしい台じゃないですか」
「え、今日ってスペシャルなんですか?」
「スペシャルでしょ、美少女女子中学生スペシャル回ですよ。寿々木さまのお力をお借りすればさんざん苦しむ(大当たり確率が339分の1の台の通称)でも苦しむことなく当たりますからね」
「まだ打ってないけど、当たりますか?」
「当たります当たります、もう確定してますから寿々木さまがいらっしゃった時点で」
「やりましたね桶野さん、今日は借金しなくていいですよ」
「ほんとですよ、さっき7万返したばっかですからね。もうお金ないよ(笑)」
「どーやって打つんですか」
「また借りる(笑)」
「番組ルールでですね、最初の軍資金は一人につき2万円支給されます」
「たった2。2で当たるわけねーだろ。さんざん苦しむ舐めすぎですよ、ねえドリモグさん?」
「いやほんとですよ。2はちょっとね~、スペック的に無理がありますから」
「まあどうせあとで借りるんで、最初は2で我慢しますけど。まあどうせ無理ですよ、新台の慶太ですから。もう先に8渡しておいたほうが早くない?」
「8ですか? 最初8(笑)……そこからまた借りるってゆうね」
「最初に渡された金はなくなりますからね、絶対。あー、だから最初2なのか。最初8はさすがにヤバいもんね。絶対なくなるし」
「なくなりますからね(笑)、やっぱ最初は刻んだほうが無難ですね」
「あの~」そこで、弱々しい声がカットインした。細いノーマルカットインだ。
一向に紹介される気配がなく、今の今まで画面の中に放っておかれていた病島だった。
「ぼくの紹介ってまだでしょうか?」
「あ、忘れてた(笑)!」
「マジで忘れてた、誰だっけ?」桶野がわざとらしく訊ねる。
「運転がしの病島です」
「相方はきてないの?」ドリモグが言う。
「斜灘はきてないです。いいじゃないすかオレだけで~」
「えー、オレ斜灘がよかった~」桶野がネズミみたいな顔で言う。
「オレも斜灘のほうがよかったですね~」ドリモグも桶野に乗っかって病島をイジった。
「オレでいいじゃないすか~、斜灘パチンコやんないですし、絶対オレのほうがパチンコですって(?)」
だいぶオープニングが長引いているが、もちろん店はとっくにオープンしている。
「いつ入るんだよ、店内?」いい加減うんざりしてきた粉雪が言ったので、大人たちは全員慌てて店内へと向かった。
粉雪と桃姫のふたりはすでに耳栓を装着していて、事前に騒音のみをカットする設定に合わせていたので軍艦マーチもほぼ聞こえなくなっていた。銀玉の音も皆無なので、居心地は悪くないと言えよう。
目的のシマには5人分の5台の新台が確保されており、台を取り損なったハイエナたちがその付近をうろちょろしていた。
それぞれ台に着席する。席順はあらかじめ番組側から指定されており、角台から順にドリモグ、桶野、粉雪、桃姫、病島の並びになっている。ドリモグと病島はそれぞれ粉雪の隣に座りたかったようだが、それは危険だということでディレクターが阻止していた。
「いやー、きましたねー慶太with美少女女子中学生!」
「たまんないですね~! いいなぁ桶野さん、寿々木さまの隣で」
「いやほんと最高よこの席? 天国のパチンコ屋あったら、多分こんな感じじゃない?」
「天国にパチンコ屋なんてありますかね?」
「あるでしょ絶対、こんだけ人逝ってたらパチンコ好きな人だっていっぱい逝ってるわけだから、誰か作ってるでしょ絶対」
「なんの話してんだ、こいつら……」
パチンコ台の前で目の前の画面を見ながら、ひとつため息をついた粉雪だった。そして前にきた時にやった台(魔弾のアレサ3)とは構造が少し違っていたので、またレクチャーが必要だなと思う。ハンドルがあったはずのところにハンドルがなく、それらしい物すら見当たらない。お金を吸い込む悪魔の入口はすぐにわかったのだが、他はだいぶ忘れていた。玉は買うのではなく借りるのだということだけが頭に残っていた程度だった。
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