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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
4/42

新にゅう部員

 べちょっ、べちょっと、ものすごーく雑で、なおかつ分量を考えないで配膳する配膳係は、他ならぬグリーン露その人だった。


 べちょっ、べちょっ、べちょっ。かに玉をひとすくいして、お皿にぶち込む。その繰り返し。分量なんて気にしない。飛び散るのも気にしない。


「うっわ、緑子てめー服についたじゃんか!」露のことを緑子と呼ぶ男子のリーダー格・佐々木(ささき)五時郎(ごじろう)が文句を言ったが、もちろん露に無視された。


「もらったら進め、バカ」と、露派の女子・北斗(ほくと)由梨愛(ゆりあ)に突き飛ばされて、危うく給食をぶちまけそうになる。


「いって、くっそ……う、うわぁー、肩の骨砕けたぁーっ、いってぇよぉぉぉ!」わざと大げさに喚いた五時郎は、それによってさらに女子からバカにされる。


「ダッサ~、ばっかみたい……病院行けば?」由梨愛に蔑みの視線をもらって、とぼとぼと席へ戻る五時郎。そんな彼ですらリーダー格というのだから、このクラスのパワーバランスが女子側に傾いているということが窺えた。


「あ……」露の動きが止まる。給食係も含めた生徒全員分の配膳を終えた段階で、最後にクラス担任の保坂(ほさか)先生が並んだのだけど、露が担当していたかに玉がすでに少しも残ってはいなかった。


「そ、そんな~!」給食が唯一の楽しみだと語る保坂先生は、かなりかわいそうな声を上げる。ちょっと涙目にすらなりながら。


「ちょっと……うえいと」と言って保坂先生の皿を奪い、教室を出ていく露。


 何分かすると、皿に山盛りのかに玉を乗っけて戻ってきた。


「おまた、かに玉」


 露に渡された大盛りの皿を目にして、保坂先生は「いやっほ~いっ! グリーンちゃん、ありがとうっ!」と、バカみたいにはしゃいだ。


 両隣のクラスから余っていた分をすべて奪ってきたわけなのだが、保坂先生がそれを咎めることは永遠になかった。あるとして、それはお誉めの言葉でしかない。保坂先生は露のことが大好きだった。


「それじゃあみなさん、いっただっきもぐもぐもぐ━━」言い終わらないうちに、我慢できなくなった保坂先生は一番先に食べ始めた。


「あちき、これイラネ」露は自分で配膳していたかに玉が嫌いだったので、紀依ちゃんの皿にどべちゃっとぶちまける。


「あ、ありがと~つゆちゃん……でも、ぶちまけなくても……お皿のまま欲しかったな~……なんて」と言った紀依の言葉を露はもう聞いてない。「それに、つゆちゃんいらないんだったら、これ、先生にあげればよかったのに……わざわざ貰いにいかなくても━━」継いだ紀依の言葉もやっぱりまったく聞いてない露は、好きなものから順番に、ハムスターみたいな食べ方で食べていく。


 諦めた紀依は、自分の給食に向き直る。運動部ではない紀依だけど、それなのにわりと食べられるほうだったので、露にぶちまけられて山盛りになったかに玉すらも難なく食べきってしまうのだった。


「うん、おいしー! こんなにおいしーのにもったいないなぁ。つゆちゃんってけっこう、好き嫌い多いよね?」


「はむっ、はむっ、ごくんっ!」ぐびびびびと牛乳で流し込んで、なぜかにやける露。


「他に嫌いな食べ物ってあるの?」


「くぎ」


(くき)?」


「あと……寄生虫」


「いや、それ嫌いもなにも誰も食べないよ……」運悪く体内に入ることはあるだろうけど、わかってて食べる人はいないよ、と紀依はけっこう喋った。けど無視された。


 はむはむはむはむ、ごきゅっごきゅっごきゅっ……にやり。初見の人であれば不気味に思う露の食事風景だが、みんな慣れているので気にしないしなにも言わない。


 なんで最後ににやけるの? と女子に訊かれたときの露はこう答えていた。


「おいしいから?」と。


 ★★★★★


 粉雪が部室の扉を開けると、露が一人で人生ゲームをやっていた。

 複数人で遊ぶボードゲームなのに、一人で四人分動かしている。


「クローン人間の人生」


「なぬ?」


「ぜんぶあちき」


「新しいプレイモードだね」


「こなもやる?」


「やらん。わたしきたから、部活しよーぜ」


 うむ、と頷いた露は人生ゲームを箱に片付けると、部室の窓際に山と積まれたガラクタの中に適当に突っ込んだ。


 するとその衝撃で妖怪生首ぐらぐらゲームがぐらりと傾き、生首のフィギュアが落下して転がった。粉雪は目の前まできたそれを拾うと「こわっ」と言ってガラクタの山に投げ返す。


 そこで、ココンッ━━と、控えめなノックの音がした。まさかこんな物置部屋な、しかもかくれんぼ部の部室に来客があるなんてことはそうそうなくて、あったとしても気まぐれにやって来る軽音部の誰かしかいない。


 なので今日も、その誰かだと思いながら粉雪が対応した。扉をゆっくり開く。


「だーれ……だ? 誰?」


 軽音部の誰でもなかったので、粉雪はそれが誰だかすぐにはピンとこなかった。


「あ、あうあ……わ、わたし一年二組の小泉といいます」


 見るからにおっきな胸の膨らみのうえに両手をあてがったその子は、よく見たら粉雪とはクラスの違う同級生で、あまり喋ったという記憶はないがよくしっている顔なのだった。


「あー、はいはい。お隣のクラスの……小泉、なにちゃんでしたか?」


「小泉桃姫(ももひめ)です……ごめんなさい」


「なして謝る?」


「え、だって……名前、ちょっと変だから……」と、桃姫は俯いて答える。


「どこが! ぜんっぜん変じゃないし━━桃姫ちゃんが変なんだったら、うちの部長の名前なんてもう変質者の悪ふざけだよ?」


「こな……(ころ)……すうぃーとに(たと)えれ」


「で?」粉雪が用件を尋ねる。なにか大事なことを忘れて、相手に尋ねる。


「え、あの……ポスター」


「剥がしたにょ。ええ、剥がしましたとも。手伝ってもらったけどね、もう一枚残らず━━」


「そ、そうじゃなくて、あの……部員を募集しているって書いてあったから」すごく小さく、と桃姫は説明した。

 つまり彼女は、募集のポスターを見て、来てくれたというわけなのだが━━そんな大事なことにようやく思い至った粉雪は、ナチュラルに驚いてみせる。


「えーっ! うそーん! あれ見てほんとに来てくれた? マジんこですかっ!」


「おおー、ポスターはんぱね」露が拍手を送る。なにに向かってかはわからないが。


「え━━ってことはだよ、桃姫ちゃん、まさか、かくれんぼ部に……」


「はい。入ろうと思って……あの、ダメでしょうか?」


「んんーん、んーんん! んなわきゃないじゃん! だって募集してんだし、募集しといてダメなんて言ったら、わたしたちなんなのさ?」


「くずごみ……あくたちり」


「もちろんオッケーだよね、部長?」


「ろんのもち。歓迎してーる」


「歓迎してーる、だそうです。さあ、入って入って。くそ狭いけど、まだまだ余裕はあるからさっ」


「は、はい……おじゃましま~す」ぺこりと一礼してから、おずおずと入室する桃姫。


「しかし胸でかいね」粉雪はさっそく相手の身体的特徴に言及した。

 気にしているかも━━なんて配慮はとりあえずしない。言ってみてから、相手がそれで気分を害すれば、その時は素直に謝る。それだけの話だった。

 もちろんあからさまに言っちゃいけないようなことは言わない。少しでもプラスの側面がある場合のみ、なにも考えず喋るのだ。


「そうなんです……なんだか、育っちゃって」と桃姫は重そうな胸を持ち上げてみせる。


「裏山━━の崖に()ってるカボチャ」


「部長、それは酷い喩えでは?」


「スミマ」


「いえ、別に気にしませんから……大丈夫です」と、ちょっと気にした桃姫は言った。


「でもなんで、今更こんな部に入ろうなんて思ったの━━募集しといてなんだけど。そんでもって自分とこ、こんな部とか言ってるけどさ」


 粉雪の質問に、桃姫は丁寧に答えた。


「わたし、運動が好きで……特に走るのが気持ちよくって好きだったから、陸上部に入ったんです。でも、この……お胸が重くて邪魔で、あんまり速く走れないし、なんだか男子にいつも見られてて嫌になったから……辞めたいって思ってたんです。そんな時に『かくれんぶぼ』っていう変なポスターを見て、みんながこれってかくれんぼ部だよねって喋っているのを聞いて、ポスターのはしっこに部員ぼしゅー中ってあったから、なんだかおもしろそうだなって思って」


「な?」粉雪が、露に向かって得意気な顔をする。どや顔とまではいかないが、つまりはそういう意味の顔。「わたしが付け足さなかったら、かくれんぶぼというただのアイコンになっとったで?」


「オケツにめり込んだ絵の?」


「まさに」部長、自覚あったんですねと粉雪は露に言った。あれはやっぱりめり込んだ人だったのかと得心する。


「あ、桃姫ちゃんが入部するとして、手続きってどーなってんの?」粉雪は、今度は桃姫に言った。


「陸上部の先生には、もう辞めるって言ってあるから、大丈夫だと思います。かくれんぼ部の入部は━━」


「あちきがやっとく」露が親指を立てながら言う。


「おー、さすが部長。はじめて部長っぽい」


「ずっと部長。最初から部長」


「だっけ?」


「だ」露はなぜか急にふてくされてバッグの中から酢こんぶの駄菓子を取り出すと、箱から一枚だけ抜いて、口に入れた。


「すっぺ!」


 その様子を、粉雪と桃姫は無言のままで眺めていた。

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