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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
39/42

月刊おつゆ(創刊号)、本日発売!

 昼を過ぎ、昼休みも終わり、午後になってもなかなか戻ってこなかった夢原エイミーがようやく教室に戻ってきた。


 粉雪が何気なく窓外に視線を向けると、黒塗りの車が数台、列をなして離れてゆくのが見えた。どうやらそれが、エイミーに会いに来ていた人間たちであるようだ。教頭は政府関係者と言っていたが、何者かわからない。校長不在のタイミングで来たのも、タイミングが悪いし完全に校長の存在が無視されていることを物語っている。エイミーに会うことだけが目的なのだ。


「おーそかったねー。そんなに長々と、いったいなんのお話が?」隣の席に座ったエイミーに、身体ごと向いて質問する粉雪。


 この日最後の授業までの休み時間ははじまったばかりで、まだ余裕がある。エイミーと粉雪、もこ菜の他に寧ちゃんも加わっていた。寧ちゃんはエイミーの席に膝立ちでひっついている。


「将来的に予想されるいくつかの危機的状況に関する対策会議です」


「にょ?」まったく予想になかった言葉を返されて、にょってなった粉雪。


「なになに、なにそれっ!」寧ちゃんがエイミーにキスする勢いで訊ねる。で、支えていた腕がすべった風を装って実際にキスを成功させてみせた。


「あー! 寧ちゃんチューしたー!」もこ菜が食い殺さんばかりの勢いで非難する。「わたしもしたい!」


「ちょっ、おちつけもこちん……みんなが見てる」


 言われて、クラス中の視線が集まっていることを意識したとたんに赤面して俯いたもこ菜。寧ちゃんは勝ち誇ったように憎たらしい笑みを浮かべた。もこ菜が「きにっ」とかいう音を出して、顔を歪める。


「で、そのなんとか会議は、なに? なんのための、なんの会議なん?」


「ごく近い未来に予想されている、大きくわけて2つある破滅的事象に対処するための予備会議です。レイ・バーストと大暗黒(だいあんこく)、この2つの事象が、なにもしなければ必ず発生し、人間の世界に終末的な現実をもたらします」


 粉雪ももこ菜も寧も、なんのこっちゃわからなかったが、なんとなく固唾(かたず)を飲む。

 とてつもなく恐ろしいことを言われている実感だけがあったためだ。


「とくに『大暗黒』に至っては、世界そのものの()(よう)が変わってしまいますので、絶対阻止というのが、この世界の意向らしいです」


「ほ、ほぅ……なんかわからんが」


「レイ・バーストについては、いくつかの対処方法が考えられています」


「ちょっと待ってエイミーちゃん、その大福黒餅(だいふくくろもち)とゲイバーストとかっていうのの説明を希望する」粉雪が希望した。


「簡単に説明しますと、レイ・バーストは惑星内部のエネルギーがある一点に集中し大爆発を起こすというもので、その影響による地震や津波などが懸念されるものですね。大暗黒は地球がダークマターの波に飲み込まれ、真っ暗闇になってしまう現象です。現象事態はそれが過ぎるまでの一時的なものでしかありませんが、その後に予想される人間を含めた生物の消失や変化などが起こりますと、とんでもない世界に変貌します」


「ほーん……わからん。なにがなんだか、まったくわからん。でも、なんかヤバいのはわかる。すげーヤバいね。ヤバいですね!」


「それ、エイミーちゃんがどーにかするの?」寧が言う。


「レイ・バーストについては━━対処方法にもよりますが━━わたしとハツユキたちだけでもなんとかなります。大暗黒のほうは、いろいろな方の助力が必要になるでしょう」


「ヤバいですね!」粉雪はまだ言っている。


「ま、なんとかなりマース!」エイミーは軽い感じで微笑んで見せるが、確定事項の終末論を聞いた気分の少女たちは、気持ちが晴れない。


「ヤバいですね!」粉雪はもはや、それだけを繰り返す少女と化したようだ。


「いずれにしても、まだもう少し先の話ですから、今はあまり気にする必要もありません」


 言われても、知ってしまったからには気にせずにはいられず、もこ菜などはその夜おおいに悪夢にうなされることとなるのだが、そのことはまだ本人も知らない。


 ★★★★★


 すべての授業が終わったあと、担任から報告があった。

 いわく、グリーン(つゆ)ファンクラブから全校生徒に配布物があるという。


「おつゆ部長さんのアレだよね?」


 もこ菜の言うアレとは、もちろんアレのことである。


「そうそう、アレアレ。アレとはどれだ?」たぶん月刊おつゆだとは思いながらも、粉雪は疑問を返す。

 そして、そんな粉雪の疑問が現実となったかのように、配られたものは彼女の予想とは少し異なるものだった。


「えっ、これって……ちゃんとした雑誌みたいな」と、もこ菜が表現した通り……それまでのいかにも同人誌然とした安い作りの月刊おつゆではなく、書店で見かけるようなしっかりとした作りの雑誌だった。が、タイトルにはもはや見慣れた『月刊おつゆ』の名前があった。


「うーわ……やったなこれ」粉雪の眉間にシワが寄る。「マジで出版しやがった」


「そういえばこなちゃん言ってたよね、おつゆ部長の本出るかもって……出たね」


「出ちゃったよ。世に出ちゃったよ。出してはいけないものが……あっ」


「どうしたの?」


「ママの名前があった……製作側にまわっとる。いち読者だったはずなのに。というか、いつの間に」


「あ、みてみて。おつゆ部長のグラビア。むっひょす……むんふん!」もこ菜がツボに入ったらしく、奇妙極まりない笑い声をもらす。「むひぃっ、おつゆっ、おつゆぶちょのっ、ぶちょのおぱ、おぱぱ、おっぱぱに……もひょおおお!」


「ぐひっ、ぐひひひぃー!」粉雪もつられて気持ち悪い声で笑ってしまったくらい、その“グラビア写真”は衝撃的なものだった。


 露の格好やポーズ自体は、それほどおもしろみのあるものではない。なぜかスクール水着姿でアイスキャンディー片手に公園の砂場で座っているというものなのだが、その両胸の部分にそれぞれ“小さいおじさん”が張り付いていて、こちらを向いたその顔がなんともいやらしく、おもしろすぎる表情をしている。さらに、露の頭の上にはカメラにおしりを向けて股の間からにっこり笑顔を向けた小さいおじさんも映っており、数えてみるといろんなところに計7人もの小さいおじさんが映り込んでいた。


「これ、ある意味すごいわ……なんでこの写真採用したのかわからんし、ロリ以外の誰かに向けたものなのかなんなのか、ターゲット層も謎すぎるし」


「わたしイラスト描きました」


 不意にエイミーが言ったので、粉雪たちは「へ?」と返した。


「なんのこと?」


「ハツユキに頼まれて、オツユ部長のマンガイラストを描きました。これです」


 言って、エイミーが見せたページには、めちゃくちゃうまい、実物の百万倍はかわいいのではないかと思える美少女と化した露のイラストがあった。イラストというか、綴じ込み付録のポスターになっている。


「うわ、すっげ……なによエイミーちゃん、絵もいけちゃうわけ?」粉雪が目を丸くしている。


「プロ並み……プロですか?」もこ菜が言う。


「はじめて描きました」


「うっそ~ん……はじめて描いたやつの技術じゃないやんけ、こんなん」粉雪は納得しない。こと漫画やイラストに関しては、エイミーを相手にしても厳しく接するのだ。なぜか。


「まさか漫画も……」


 出版された月刊おつゆには、漫画も連載開始されていた。その名も「グリーン物語」。もちろん露が主人公だ。

 著者は八重桜(やえざくら)という人のようだが、ペンネームであるかもしれず、誰かは特定できない。が、どうやらエイミーではなさそうだった。本人が「わたしではないデース」と申告したから。


「あれ、八重桜ってあの人じゃない?」と、心当たりのあったもこ菜が言う。「二年の蜂谷(はちや)先輩。確か下の名前が八重桜だったような」


「そうなの? 漫画部かなんか?」そんな部は存在していなかったが、粉雪が訊いた。


「いや、確かテニス部の先輩だったはず」


「テニスか、関係ないやん」


「でも名前おんなじだしなぁ」


 もこ菜が気になるようだったので、粉雪は「ほんじゃ部活の時にでも訊いてみるよ」と告げた。「ってかさ、これ850円もすんのな……」値段を見て、さらに眉間のシワを深くする。


「ん~、でもだいたいこれくらいじゃない?」


「いやいやもこちん、部長マガジンとネオタイプがおんなじくらいの値段って、ふざけ過ぎでしょ」ネオタイプとは粉雪の母親が生まれるよりも以前から存在する超有名なアニメ専門誌であり、寿々木家では毎月購読しているバイブルでもあった。


「でもネオタイプよりページ数あるよ?」


「無駄になっ!」吐き捨てる粉雪。「無駄な漫画とかインタビューとか、もはや部長とは関係ない牝獲市(めかくし)の情報なんかで無理やりページ数稼いでるじゃんかこれ。なんで宝くじの情報ページまであるんだよ。確かに部長はスクラッチくじやるけど、だからってさぁ!」


 粉雪の言葉ももっともで、なにしろグリーン露という一人の人間の情報だけで毎月雑誌を一冊作るというのは、いくらファンクラブをもってしても難しいことであり、どうしても無理やりページ数を稼がざるを得ない部分はあるのだった。

 そしてその大きな助けとなっているのがやはり漫画と小説で、それぞれの合計だけで雑誌の半分以上のページ数を使用している。小説にいたっては数名がかりで何作かの短編が掲載されており、それぞれが好き勝手に露を勇者やら魔術師やら魔王やらにして、好き勝手な話を書きまくっていた。


「マンションの空き室情報まである……あ、市内のイベント情報まで……部長マガジンじゃなくて、もう牝獲市の情報誌じゃんかこれ」


「バイトの求人も載ってるよ」


「むちゃくちゃだな」


「さらになぜか月刊シャンバラ的な記事まで!」


「マジかよ……あ、ほんとだ。シャンバラの編集長は……関わってなさそう……ってこれ、記事書いてんのうちのママなんだけど……なにやっとんねんあいつ」あいつとか言っちゃう粉雪。ママに対してそんなことを言うのは、生まれてはじめてだった。オヤジにも言ったことないのに、と本人はあとになって反省とともに思ったとか。


  「呪術師(じゅじゅつし)雨音(あまね)呪術(じゅじゅつ)仙人(せんにん)、裏世界呪術大戦勃発!」もこ菜が紙面に書いてある見出しをそのまま読み上げる。


「なんじゃそら」


「牝獲市、いや、日本を代表する“魔女”が、裏道教の暗黒呪術仙人がかけた、国難ともなり得たほどの呪いを防衛━━」


「いやいや、もこちん読むのやめい。せめて黙読せい」


「でもこれ、なんかおもしろいよ?」


「えー、そんなのどうせママたちのおふざけ悪ふざけっしょ。読めば読むだけ無駄だって」と言った粉雪だったが。


 そこにすかさずエイミーが「これは実際にあった出来事ですね。本当にあったこえー話」などと言ってきたので、粉雪ももこ菜も今度こそ完全に沈黙したのだった。

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