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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
38/42

来客の多い女子中学生たち

 校門の先に男子生徒の列ができている。

 なにかのイベントではなく、今日が特別な日というわけでもない。ただの、日常の風景である。


 これがはじまったのは夢原エイミーが“転校”してきてから、およそ二週間ほどが経過したころだった。

 そもそも実年齢が一歳であるエイミーは、その見た目や能力により、たとえば高校生や大学生として高校や大学に通うこともできた。が、彼女の創造主や粉雪母などの判断により、中学一年生として人生をスタートさせたに過ぎない。つまるところ、誰がどう見ても中学一年生の女子には見えない容姿をしている。しかも、歴史上おそらく最もキャワイイのではないかと噂されるほどの美貌を持っていた。


 なので、この時期の男子生徒たちが反応しないわけはなく……三年生のお調子者・虚峰(うつろみね)懸詩希(けしき)を中心として、彼の所属する剣道部の部員の多くが参加する、この朝の「エイミー様おはようございます会」の習慣が早々に出来上がったというわけだった。


 本来それを注意しなくてはいけない立場の教師からも参加者がいて、やっていることは朝の挨拶に過ぎず、また、このことによって遅刻常習者だった何名かの男子生徒の遅刻が解消されたというプラスの面もあり、誰も否と言える人間がいなくなっていた。当然ながら、校長も教頭も黙認している。というか、教頭は参加している。


 そんな校門が見えてきたころ……このところ偶然エイミーと一緒になることが増えてきた粉雪が隣を歩くエイミーを見る。やはり今日も途中でエイミーと合流したので「もしかして時間合わせてる?」と訊いてみたところ、エイミーの答えは「はい、合わせてます」というものだった。


 エイミーは、粉雪の登校時間に合わせていた。


「あー、もうここから見えてるね……エイミーちゃんのお出迎えが。てかちょっと人数増えとらんか? いや、村上先生もいるし……」


 粉雪は別に自分を待っているわけではないとわかりきっている男たちの行列に、心の底から嫌気がさした。が、やつらを止めるすべはない。なにしろ母親に相談してみてさえ「それはしゃーない、あきらめろ」と言われてしまったのだから。


 粉雪とエイミーが校門を一歩過ぎた瞬間━━野太い声の一斉放射が開始される。


『エイミー様、おはようございまぁーっす!』


 エイミーちゃんではなく、様と言っているあたりがすべてを物語っている。こいつらはもはや、エイミーを崇拝しているのである。これがつまりは宗教のはじまりであり、エイミー教が興りつつあることを示している。


 野太い声の中、まだ声変わりしていない一年生のかわいい声も混じっていたが、だからどうだという話ではない。全員が全員、頭を下げたまま微動だにせず、すべての神経を鼻腔に集中させて、まずはエイミーの匂いをひとつ残らず吸い込もうと試みる。

 まだ声変わりしていない一年生の清潔(せいけつ)理念(リネン)くんはその場で腰が砕け、しばらく立ち上がれなくなったとかなんとか、そんなこともしばしば。

 エイミーがずらりと並んだ男たちの間を通り過ぎると、野郎どもは一斉に顔を上げ、離れてゆくエイミーの後ろ姿をガン見する。

 短いスカートと、そこから伸びる足のラインは他のお子ちゃま女生徒たちにはあり得ないもので、神が造りし最高傑作と称される(その神がごく身近に実在することは、もちろん誰も知らないが)形の良すぎるヒップからのラインは不可避の引力を有し、男たちの視線を引き寄せつづける。

 普段は黒タイツを着用していることの多いエイミーであったが、この日は生足だった。

 大当たりの一粒万倍日である。


「あっはーん!」とか言って、男子生徒のひとりが股関をおさえてくずれ落ちた。誰もそれを気にもとめないが、仕方ない。エイミーはなぜかカメラでその姿を撮影することができないので、彼らはみな自らの眼球をレンズとし、脳というフィルムにその姿を保存しなくてはいけない。なので、他の男に気を使っている余裕などはいっさいなかった。


「なんか『あっはーん!』とか聞こえたけど、なにかな?」答えはわかりきっていたが、粉雪はあえて口にしてみた。


「男の子がお逝きになられたようです」エイミーは言う。


「ふーん。ま、しゃーないか。女のわたしからしても、この、なんとも言葉では表現できないほのかに甘くて脳の奥をこちょこちょされてるような、全身の細胞が喜びにうち震える系の幸せないい匂いには痺れざるを得ないからなぁ」と説明する。「ほんとマジで、なんなのこのエイミーちゃんの『体臭』?」


「うーん……キセキががんばって作ってくれたもの……としか説明できません。いわく『人間が感じられる最もいい匂い』だそうです。がんばって作ったって言ってました」


「そっか……がんばって作ったのか」普通はなにをどうがんばってもそんなの作れないだろうなと思いながら、母親の仲間の一人である天才女の顔を思い浮かべる粉雪。


 教室に至れば教室で、またエイミーを待ち望んでいたクラスメイトの男子たちが過剰とも言える反応を、それぞれさまざま示してみせる。


 最前列に座る瀬賀田音速くんはいち早くエイミーの入室に気がつき、身体を硬直させた。背筋がピンと伸びて眼球が固定され、視線を動かすことができなくなる。呼吸は浅く速くなり、汗が吹き出す。が、エイミーが通りすぎた瞬間、それらの異常がすべて解消される。

 彼女の匂いには半ば強制的なまでの強いリラックス効果があり、瀬賀田くんの身体はだらりと弛緩して、その顔は気持ち悪いほどのやさしい安息を表現していた。口からは、たらり、とヨダレすら落ちる。


 怒羅魂くんが「よお、エイミー!」とイキりカッコつけ挨拶をかますが、中学一年生の男子としてはトップレベルの男をもってしても、大人な見た目のエイミーとは釣り合うはずもなく。なんだかシュールな雰囲気を演出しただけで終わってしまう。粉雪に「だっせ」とバカにされた怒羅魂くんはプライドを傷つけられ逆上、「てめー寿々木こら、こすぞ!」と言ってなぜかうしろの席の江草くんの頭をひっぱたいた。


「なんでオレが!」江草くんが抗議するが、無視される。


「こす? こすってなんだよ」粉雪はわかっていたがわからない風をよそおって、そのまま席につく。隣の席にエイミーが座ると、またそれでふわっといい香りが広がるので、周りがお花畑になったように錯覚させられる。


 アースクェイク翔が「エイミーちょん、おはよーごぢゅいまふっ!」と挨拶をする。


 エイミーはわざわざそちらへ顔を向けてやり「おはようございます、アースクェイクくん」と本名ではないほうの名前で言ってやる。すると、アースクェイク翔は「おっほー!」と奇声を発するとガクガクブルブル振動をはじめた。俗にいう『余震』だった。これもまたエイミーが転校してきてからはじまった現象であり、以前までには観測されたことのないアースクェイク翔現象のひとつである。最悪『本震』が発生した場合、本物の地震観測機が反応してしまうというから、やっかいな代物だった。


「男の子たちは、やっぱり今日もエイミーちゃんには慣れないねぇ」と、もこ菜が粉雪に話しかけてきた。彼女は朝が早く、いつの間にかクラスでも一番早くに登校してくる女として認知されるようになっていた。そしてそろそろ小説が書きあがるとかどうとか、そんな話も聞こえてきている。楽しみにしているのは粉雪くらいしかいなかったけど。


 ★★★★★


 二時限目が終わったタイミングで、なぜか教頭先生がやってきた。粉雪のところに。


「あー寿々木さん、お客さん来てます。校長が出張中なんで、あたくしが対応しまして……テレビかなにかのお仕事の件でということで、怪しい男が来てまして。一応顔だけ見て、ダメなようなら追い返しますので……あの男なんですけど」と、教頭が教室入り口を振り返る。


 背に腕をまわして、直立不動の姿勢で待たされている男がいた。

 安そうなジャージの上下に、スリッパをはいている。スリッパは来客用の、学校のものである。


 教頭……というよりは、校長が粉雪母の奴隷……言い方は悪いが、正直マジで奴隷のようなものなので、その下にいる教頭も当然のように粉雪に対して特別な対応をしている。粉雪としては、彼らは我の奴隷状態。なので粉雪の私的な来客を学校として受け入れることに、双方なんの疑問もない。


 粉雪は男の顔をじぃ~っと見たが、覚えがない。が、なんとなく雰囲気だけで芸人のような気がした。幼少期からその特殊職業人間と接する機会が多かったので、自然と見分ける力が身に付いたのだ。


「あー、はい。知らないおっさんだけど、入れて大丈夫です。たぶん芸人だから」と、粉雪は教頭に指示をだした。


 言われた教頭は「わかりました、ではお通ししますね」と言い、男の元へ向かい、そして一緒に戻ってきた。見た目だけの判断で、教頭は男を信用しないことに決めたらしい。


「いや~どうもどうもはじめまして、わたくし桶野(おけの)といいまして、芸人やっている者なんですが━━」


「こにちわー。おっちゃんが例の、ゴミクズ野郎とか言われている人ですか?」


「そうですそうです、ゴミクズ人間の桶野です。ほらもう、右手が(パチンコ台の)ハンドル握るかたちになってますよ」


「うーわ、ゲロキモ~」


「ありがとうございます、ありがとうございます。それでですねー、例の件なんですけど……ドリモグからお話は━━」


「聞いてますぅ。わたしは別に学校の時間じゃなければいつでもいいので、そっち次第で」


「あーほんとですかっ、ありがとうございますぅ。そしたらですね、今度の土曜日なんかだと、ご予定はどうでしょうか?」


「土曜日撮影ってこと? いーですよ、その日で」


「あーほんとですかっ、ありがとうございますぅ。それでは土曜日に撮影ってことで……でですねぇ、場所なんですがドリモグが寿々木様を第一にしないとダメだってことで、わたくしももちろんその意見に賛成ですんで、例のゲロマルで、朝一からの15時間実戦というかたちでやらせていただきたいと思ってましてぇ」


 と、そこまでなんの意見もなかった粉雪もさすがに「ん?」とひっかかった。「15時間……だと?」


「はいー、せっかく寿々木様におこしいただくわけですから、これはもう気合いを入れて閉店までってことで。パチンコほんとおもしろいから、あっという間ですけどねー」


「いや……」粉雪は思う。死ぬかも……と。


 今まで生きてきた中で、なぜか一番に命の危険を感じてしまった。理由はまったくわからないが。


 それでなくとも床屋のおやじに付き合って行ったはじめてのパチ経験で疲労困憊した記憶がまだ新しい今、果たして15時間もあんなところにいて大丈夫なのかという不安は、かなり大きかった。


「わたし、死なないよね?」訊いてみる。もこ菜に向かって。


「わたし、わからないよ」


「だよね。もこちん、パチ屋なんて行かないもんね」


 この女には珍しく、困り顔のまま桶野に向き直った粉雪は言った。


「約束だから出ますけど、マジでヤバくなったら途中で帰っていいですか?」と。


「え? ええ、まあ、なんにも心配ないと思いますけど……ただ人のカネでパチンコやってしかもギャラまで貰えるわけなんで、肉体的にも精神的にも、こんなにいい仕事他にないですから……」


 それはお前らにとってはな、と内心で毒づく粉雪だか口には出さず、小さく頷く。

 そのタイミングでチャイムが鳴ったので、同時に面会時間も終わりを告げた。


「ではそういうことで、当日の朝8時までゲロマルに来ていただければいいですので、よろしくお願いしますね」


 言って、へこへこと頭を下げながらひょこひょこと顔をこちらに向けたまま身体だけ前を向いて出ていった気持ち悪い男と教頭が去ると、入れ違いに次の授業の先生がやってきた。


 粉雪はため息をつき、それを見たもこ菜が心配そうに声をかける。


「こなちゃんも大変ですなー」


「ほんとだよ。大変だよ……マジんこで」


 あーはやくエイミーちゃん戻ってこないかなーと、粉雪は横の空いている席を見つめる。


 エイミーはエイミーで彼女に来客があり、今現在まだ戻ってきていない。

 なんだか知らないが政府の人間とやらが来訪しており、別室にて会合しているためだ。


「でもエイミーちゃんいなくてよかったかな。桶野にはなんか、会わせたくないし。というか会ってたら話進まなくなってた気がする。要件言わないまま帰ってた気がする」


「確かに、それはわかるかも」


 すでに授業がはじまったにも関わらず、おもいっきり後ろ向きで話していたもこ菜が注意されたため、話はそこで途切れた。


 エイミーが戻る気配は、まだなかった。

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