お役所仕事的な融通の利かなさが嫌いと、その女は言った
すっかり帰宅が遅れてしまい、思ったより薄暗くなってしまった河川敷を歩く少女。
彼女の名前は中島緋見呼、グリーン露のクラスメイトでクラス委員の優等生かつ美少女である。
そんな美少女中学生が一人で歩くにはやや心配な時間であり、場所でもある。なにしろここいらは市の中でも人通りが少ない。理由は単純で、向かう先にあるのは自動工場ばかりであり、行き来する人間があまりいないからだった。
そんな工場地帯の手前に、彼女の家である一軒家があるので、この道を通らざるを得ない。
道中の、川にかかる橋の手前にクレーンを伸ばしたトラックが止まっているのに気づく。
ちょっと下を向いて歩いていたので、ようやっと気づいた緋見呼は「なんだろう?」と声に出していた。
車道の端によせて止まっているトラックから伸びたクレーンは、ぶらぶらと揺れている。
その荷台の横に、よく見たら小さな女の子が立っていた。
背丈が小さくてわかりづらかったが、近づくにつれてはっきりと見えてくる。
女の子はどうやらリモコンのようなものでクレーンを操作しているらしかった。
(え、この子が動かしてるの?)と、緋見呼は驚く。近くに大人の姿はないものかと見回すも、それらしい人影はない。
怪しみながらも緋見呼はその女の子に近づくと、声をかけた。
声をかける前に、すでに女の子は緋見呼の存在に感づいていたようで、ちらりと顔を動かす動作を見せたが、それだけだった。緋見呼が「あの……」と声をかけたところでようやく、振り返ってみせる。
どう見ても小学生にしか見えないが、人の年齢当てが得意だと自負している緋見呼は直感で、なんとなくだが年上━━それも、ひとつやふたつではなく━━なのではないかと推測した。
「なにをしているんですか?」見た目が完全に小学生な相手に対しても、直感を信じて敬語を使い、訊いてみる。
「ああ、これは━━市の懲罰執行で、悪いやつを懲らしめているところじゃよ」と、その女の子は口にした。
特徴的な語尾は気になったが、それよりも懲罰執行とやらが気になった緋見呼。
「懲罰執行……ですか?」
「そうじゃ。えっと、わたしは牝獲市の『いじめっこ懲らしめ課』の者で、これはちゃんとした仕事としてやっていることじゃから、誤解とかしないでね」
「え……」
とりあえずまあ、懲らしめ課とかなんとかいう名称をはじめて聞いたので、緋見呼はとまどいを見せる。誤解とかしないでねと言われても、そもそもまだなにも理解していなかった。
理解するためにも状況を把握しようと、まずはクレーンの先を確認しようと川のほうに進み出る。
「あ、クレーンの下は危ないよ。見るなら向こうのほうへ」と言われたので、優等生緋見呼はそれに従い、少し遠回りのようにして川へ近づく。すると、クレーンの先が見えてきた。
なんということか、クレーンの先には男が吊るされており、川の中に浸けられたり上げられたりを繰り返していた。口にはマスクのようなものがかけてあり、どうやら声は出せないらしい。拷問のような光景に疑問を持った緋見呼のうしろに、先ほどの女の子(年上であるならば、女性と言ったほうがいいのか)がいつの間にか立っていて、口を開く。
「あやつは同じようなことを、同じようにやっておった悪人じゃ。いまだ生温い法に訴えるのではそれこそ生温いので、このような罰を与えておる。いじめっこと一言に言っても、なにもそれは子供だけとは限らなくて、むしろ大人の社会にこそひどいやつらがいっぱいおってなぁ。お嬢ちゃんくらいじゃと、まだ想像もできんじゃろうが……どんなに大きな企業にも、まあ一人や二人はクズ野郎がおるもので、しかもそれらは大人の社会じゃからこそ是正できないという場合が少なくないのじゃ。普通はな、とっても厄介なことなのじゃよ。が、わたしはこういうことができるので、やってます(キラッ☆)」
説明の最後は、はしょられた気がしなくもなく、緋見呼はやはり完全には理解できなかった。
「優しくて大人しい人間に対して暴言や暴力を振るう人間は好きかのう? わたしなどはな、いつもいつも『自分より力や立場が弱い者に対しては優しく、自分より力や立場が強い人間に対して強くあれ』と言っておるのじゃが、いやまあ、いつもいつもと言うほどは言ってないかもしれんけど……言っておるのじゃが。千歩譲った考えとして、わたしも含め、あるいはお嬢ちゃんも含めて、人間みんなどいつもこいつも自分なりにいきがって生きてるイキリクソムシなのは仕方なしとしても、優しくて大人しい人を好き勝手する権利なんてないはずじゃろ? どんなに調子こいたって、せめて暴言くらいにとどめておくべきじゃろう。まあ、わたしは暴言も許さんけどね……てへっ☆」
一方的に話を聞きながら、緋見呼は「この人なんかこわい」と、ごく当たり前の感想を抱いた。なんとなく、関わってはいけないことに関わってしまったという思いがして仕方ない。
「そろそろ時間じゃな」言って、女の子はクレーンを操作すると、吊るされた男を土手に下ろした。身体を拘束されている男は、もぞもぞとうごめいている。「昔から、お役所仕事的な融通の利かなさが嫌いでのぅ」と言う彼女は、確か市の職員だったはずだが。「人間のやることには限界しかなかったのじゃが……本来はな。ところが限界のない人間がいて、それがたまたま知り合いだったりした場合、思いのほかなんでもできるようになっちゃったりして━━」
この人はなんの話をしているのだろう。そう思いながらも、中島緋見呼は黙して聞く。
「漫画で見たことのある地下強制労働施設を作ってな、リアルにね、そういうのを作ってもらって、その男みたいなやつを送り込むわけなのじゃよ」と、真顔で言う女。幼く見えるかわいらしい顔が、緋見呼に恐怖を与える。
「え、それって……本当の話なんですか?」
「うん。あの男も働いていないわけじゃないし、それなりに与えられた仕事はやる男だったが、しかし調子をこき過ぎる人間であり、なによりその態度や言動が度をこえて悪過ぎるし、しまいには弱い者に対して直接的に被害を与えておったという事実によりこのたびめでたく地下強制労働施設〈蟻の巣〉に相応しいという資格が与えられたというわけなんじゃよ。おめでとうございます」
緋見呼はどう応えていいかわからず、立ち尽くしている。地下労働施設などというものは、聞いたこともない。本当に実在しているのか、それともやはり冗談なのか。判断できない。
「そろそろ迎えが━━」少女が言い終えるよりも先に、軽い衝撃波のようなものがその髪を揺らし、いつの間にか見知らぬ男が出現していた。
「!」
突然現れたようにしか見えなかったが、出現した瞬間、どこからか走ってでも来たような身体の動きがあった。走って来て、立ち止まる時のモーションで、見知らぬ男は現れた。身長はそれほど高くない。女子中学生である緋見呼より頭一つ分高い程度で、成人男性としては小柄な部類に入るだろう。全身黒ずくめの、ちょっとかわったデザインの衣服を着ている。けしておしゃれではなかったが。
「お、来たな。じゃ、あいつ持ってって」
「了解しました!」
男は元気よく返事をすると、懲罰を受けていた男の元へ行き、その身体をクレーンの先から外すと、両腕でがっちりおさえたまま、ゆっくりと走り出す。次の瞬間━━男たちの姿がかき消えた。
「消えた……」緋見呼が声をもらす。
「彼はカズくんじゃ」
「カズくん……」カズくんじゃって言われても……いやそれよりも従兄弟の男の子と同じ愛称だった名前に反応してしまう緋見呼。誰なんだカズくんと思い、訊いてみる。
「カズくんはなぁ、いろいろ、未来世界的なテクノロジーの使用を許可された未来人で、協力者じゃな」
「そのテクノロジーで、今みたいに消えることができたんですか?」
「うん、そうじゃよ。要するに瞬間移動できる機械を持っとって、それを使ったというわけじゃ」さて、と女の子は言うと、クレーンを操作する。お片付けをはじめたようだ。「そろそろ帰らないと、定時になってしまう」
残業などしないのだろう、ちょっと乱暴に操作して、トラックの車体ががくがく言っている。
「少女よ、お主は大丈夫じゃろうけど、人をバカにするような人間にだけはなってはいかんぞ。そのような人間は、必ず後悔することになる。なにしろ、自分が宇宙一の存在になんて絶対誰にもなれはしないんじゃから。人間が人間である限り、みんな同じじゃ。本当に頭の良い人間ほど、相手をみくびったりはしないもんじゃ。本当に強い人間ほど、他人にやさしくできるもんじゃ。人一人の魂をみくびれば、手痛いしっぺ返しもあるってことじゃ。油断するなよ、誰の心にも悪はある。それをどれだけ抑え込めるかが、この世に生まれたお主らの戦いなんじゃ」
などと、まるで造物主みたいな神様みたいな偉そうなご高説を垂れられた緋見呼であったが、生来真面目で素直な彼女は「はい、わかりました」とお返事を返すと、ようやく自らの帰宅を再開したのだった。
クレーンを収納した女の子の運転する中型トラックのケツを眺めながら、なんだかまた会えるような気がする緋見呼だった。




