男筋肉女
本日は金曜日。土日が休みであることから、世の中のかなり多くの人々が一番好きな曜日にあげるとかあげないとかいう、好感度高めな曜日である。このことから、前々時代いや前々々時代より前くらいからあるバイクをわざわざ復刻し、わざわざ復刻したうえ改造し、スピードを競うわけでも運転技術を磨くわけでもなく、ただただ夜中に騒音を撒き散らしできるだけ多くの人に迷惑をかけ嫌な思いをさせなおかつ自分の存在をアピールしたいという側面というか本心を当人たちは否定するだろうが真実存在しているわけな少年たちはこの日の夜に活動すればよさそうなものだが、伝統を重んじるのか、伝統を重んじているのか……まさか、伝統を……伝統を重んじているというのか、必ず次の土曜日の夜に活動する。やはり、伝統を重んじているのだろう、“土曜の夜”は特別なようなのだ。
「なんの話、それ?」
「ママの本棚にあった『隼伝説・ぶちこめ進次郎!』って古いマンガのプロローグ丸暗記」
「こなちゃん……テスト近いのになにやってるの」
もこ菜のもっともな指摘に粉雪は「確かに」と言い、しかし自分の優秀さを思い出し「次のテスト範囲は簡単だから、マンガを読む余裕くらいあるのでは?」と呟いた。
「簡単ではないはずだけど……まあ、こなちゃんなら平気かな」成績いいし、と、もこ菜。そういう彼女もトップクラスなのだが。
二時限目のおもしろ英会話こと新任教諭四方木ピッピ之助先生の英語の授業は先生の「マァイ、ネィ~ム、イ~ズ、ピッピ~」というお決まりの掴みネタからはじまる。人気の授業だった。
が、それはどうでもいい。
授業が終わって休み時間。
「もこ菜ちゃぁん、先輩が用事だって~」と呼ばれたもこ菜が立ち上がる前に、その先輩のほうが教室に入ってきたので立ち上がるのをやめる。
「志路部長、どうしたんですか?」
「あ、美術部の」
粉雪も顔見知りな、美術部部長の志路最西湖だった。
横で結わえたウェーブがかった髪と、とにかくインパクトのある極太黒縁極厚眼鏡少女で、そんな眼鏡しなきゃいけないなら、手術でもするかコンタクトにすればいいじゃないという周囲や家族に対し「この眼鏡がわたしだし、わたしはこの眼鏡だから」という謎の理屈を説き、一切の助言を一蹴する女でもある。
それはさておき、志路は用件を告げる。
「牝獲市筋肉王決定戦の観戦チケットが取れたわよ!」
「あ……あー、けっこう前から部長が言っていたあの例のアレな……」
同じ部の部長である志路が、確か数ヶ月前くらいから何度か言ってきていたのを思いながら、もこ菜は引き気味に対応する。
筋肉王決定戦という名称であるが要はボディービルの大会で、市に住民票を持つ人間限定という条件があるものらしい。
ぶっちゃけあんまり興味がないので、もこ菜は乗り気ではないのだが……。男筋肉大好き女であった志路の布教活動の一環に巻き込まれるかたちで、観戦に誘われていたのだ。
チケットの入手が意外に倍率高いと聞いていたので安心していたのだが、しっかり二人分取れちゃったようだ。
「行くわよね?」
「は……い、もちろんです」断れるわけがない。断れるなら断りたかったが。
もこ菜の返事を聞き、満足そうに志路が頷く。
「部活の時でもよかったんじゃないですか……」と、もこ菜は思ったことを言ってみる。
「なに言ってるのよ! これに関しては、なる早でお伝えする必要と価値があるでしょう」
「そうなの?」横から粉雪が言う。
「あ、ごめんねかくれんぼ部の……なごり雪さん? 興味あるなら、今度はあなたも━━」
「いえないんでけっこーでーす」名前の訂正はせず、真っ先に男筋肉評価大会への誘いをお断りする。これ以上変な世界と関わりたくないという思いが、粉雪にはあった。
「そう? 見ればハマるわよ? それじゃ、楽しみにしててね立花さん。れっつ、ムキムキえんじょ~い」
右腕上げてウインクなぞしながらイミフなかけ声を残して去った志路の姿が消えると、もこ菜は困り顔で粉雪に言った。
「ムキムキえんじょい、したくないよぉ」
「にょにょ……まぁ、あれだな……社会勉強……だな?」
「ムキムキ社会、関わりたくないよぉ」
「えっと、まあ……あれだな……人生に必要な……試練だな?」
「必要ないよぉ~……」
もこ菜の悲痛な訴えは、無情なチャイムにかき消された━━。




