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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
30/42

寝る子は育つと言うけれど

 粉雪たちが映画館に行った翌日に、事件は起こった。

 言ってしまうと、それは転売事件だった。

 なんの転売かと言うと、牝獲市中学内でのみ無料配布されている、グリーン露ファンクラブ発行の例の会報誌「月刊おつゆ」である。


 某フリマサイトで販売されているのを、たまたまファンクラブ副会長であり発行人のひとりでもある二年の鴇田神子が見つけたことで、事が明るみに出たのだ。


「というわけで、露さまにはご報告したのだけど、露さまのほうから『あちきわかんないから、こなにゆって』というお言葉をもらったから寿々木ちゃんに報告にきたのだけど」


「それは……わたしに言われても、わたしもなんともできなくないこともないんだけど、なんとかしろってことですか?」


「いや、なんともしなくていいよ。誰が転売してたのか、別に犯人探しをしようっていうわけではないし。会長も、最初こそ『けしからんですわ……いったい、どこのどいつが』なんて言ってたものだけど、すぐに考えを改めたあたり、さすがは会長よね」


「はあ、そうですか……」


 いまいち要領を得ず、ならばなぜ、わざわざ自分に会いにきたのかと粉雪は疑問符を浮かべる。


「とは言え二万円という高額で転売されたことは問題なんだけど━━」


「にに二万円!」粉雪はちゃんと驚いてみせた。思ってなかった高額だったので、純粋に驚きを表現することに成功した。


「でも、そこはほら、露さまの魅力が認められたということだし、そう考えれば妥当な金額……いや、むしろ安いと言ってもいいよね」


「安……くはねぇと思うスけど」粉雪は同意しない。

 なんでもかんでもはいはいイエスマンでは、自分の考えなど主張できるはずもない。たとえ相手が完全に思い違いをしている場面ですら、そうですねなんて言いかねなくなってしまう。それはもはや悪である。と、粉雪の奥底に眠る粉雪の神様が無意識下に影響を及ぼす精神世界のアストラルメッセージが存在そのもののベースとして常に粉雪という宇宙の中の宇宙、小宇宙たる生物の意識の中核に━━。


 閑話休題。


「値段の問題はさておき、しっかりと売れていたのよね。おそらく、というかほぼ間違いなくフリキュアで露さまのファンになったかたが購入したんだと思う。会長も、そう考えていたわ」


「まあ、そうでしょうね。なんか、キュアゾウリムシ人気みたいだし」


 人気みたいだし、という粉雪の表現はだいぶ控えめではあった。なぜなら、フリキュアファンの中で特に、キュアゾウリムシが爆発的な人気を獲得していたのだから。

 その人気ぶりが異常すぎて、元々フリキュアのファンではなかった人たちにまで、その存在が知れ渡るほどの現象が起こっていた。それこそ、社会現象レベルに発展しそうな勢いで。


「そう、これはもう、露さまが学校の中だけでは収まりきらない存在へと進化した証。つまり、華々しくメジャーデビューを飾ったようなものなわけよ」


「メジャーデビュー、ですか……」なんじゃそりゃ、と内心思うが顔には出さない粉雪。


「だからね、みどりのおつゆ(ファンクラブの名称)としては、転売した生徒を突き止めたり転売禁止を声高に叫ぶんじゃなくて、いっそ月刊おつゆをちゃんと市場に流通させようって結論になったのよ」と、鴇田は言った。


「市場に流通……本屋さんとかネットとかで売るってことですか?」わかりきっていることを、わざわざ訊いてしまう粉雪。


「まあ、そうゆうこと。そのほうが手っとり早いし、わたしたちには会長がいるからね。会長も『その気になれば無限に増刷できますわ』って言ってたし」


「あんなもん無限に増刷されても……」


 という粉雪の意見は都合よく聞き流されて。


「なので、もしかしたら寿々木ちゃんにも手伝ってもらうことがあるかもしれないから、わざわざ報告にきました」


「はあ、そりゃご苦労さんですぅ……」言いながら、あんなもん売ってどーすんの、とか思う。「部長がいいってんなら、なんも問題ないと思うんで好きにやってください」


 こうして正式に粉雪の許可も下りたところで、鴇田神子は去っていった。どことなく幸せそうな表情をしていたのは、粉雪の許可だとか会報誌の話とかはまったくの無関係で、単にエイミーの香りを嗅いだ効果に過ぎない。


 口を挟まずに聞いていたもこ菜が、鴇田の去ったあとでようやく話しかけてきた。


「月刊おつゆ、商品化されるの?」


「みたい。正気の沙汰とは思えぬが」


「ベストセラーになりますよ」と、エイミーが口を挟む。


「えっ、マジんこで?」


 他の誰かが言ったのであれば、それは勝手な憶測に過ぎないのだが……エイミーの口から出たとなると、その信憑性は高過ぎるほどに高い。完全無欠の大予言と言っても過言ではなかった。

 エイミーの超頭脳をもってすれば、月刊おつゆの売り上げ予想すら、まるで見てきたかのように正確に予測することが可能なのだ。


「ナマゾンのベストセラー1位です」


「ナマゾンの!」


 世界一の通販サイトでジャンル別1位なら、そりゃ間違いなくベストセラーである。さすがの粉雪もいちゃもんのつけようがない。


「つーか、なんぼほど刷らねばならんのよ、それ。三年の会長先輩んちの印刷屋、めちゃんこがんばらないといけないんじゃ……ほんとにあんなもんそんなに刷るの?」やっぱりどうしても「あんなもん」が世に出ることを疑問に思ってしまう粉雪であった。


 ★★★★★


「それでは露さま、来月号分からさっそく、大々的に大発売させていただきますわね。話が早くて助かりましたわ。あ、それとついでに来月号のお言葉を賜りたいと思いますので、なにか一言お願いいたしますわ」


 露のファンクラブ会長である神原紅葉に言われて、露はわずかコンマ数秒の思いつきで適当な言葉を口にだした。


「お前のクソは、お前のクソ」


 酷すぎる言葉だった。が、神原紅葉は深い感銘を受けた。


「なんという! なんて素晴らしく深い、とんでもないお言葉ですこと!」


 とんでもない、は褒め言葉だった。マジ半端ねぇ、と、彼女は本心から思った。


「誰も彼もがなにもかもすべての失敗や嫌な出来事を、自分以外の誰かのせいにしたがる━━しなくては気が済まないのが人間。レベルの高低、規模の大小こそあれど、いかなる立場・状況においてもすべては責任のなすりつけあいをしているだけというのが、人間の社会の本質でしょうけれど、しかしながらそれが間違ったやり方であり、そここそを克服しなくては更なる進化が望めないということ。つまり、突き詰めて考えれば、あるいはそれが極論なのだとしても、すべての出来事はどれもその人自身の、自分自身の責任であるのだという神の視点を持った深い意味のお言葉なのですわねっ!」


 とかなんとか、勝手に興奮して喋りきった。

 露はそんな神原紅葉をぼぉ~っと観察しながら、やはりなんとなく、適当に声をかける。


「知らね。あちき、次の数学ノー」


 数学の授業が嫌だった露は、バックレようと決心していた。計画は、下級生である粉雪の教室に潜入して、そのまま授業に参加する、というものだった。

 休み時間も残り少ないので、さっそく教室を出る露。神原紅葉もついてきたが、彼女は礼を言うと去っていった。とりあえず、“露の名言”をもらえたことで、今回の仕事は終わっていた。


「あちきの本、本屋で売られるの?」


 階段を降りながら、いまさらながらに思いだし疑問を口にするが、答えてくれる人間は誰もいなかった。うっすらと、お金持ちになれるかもしれない、というよこしまな考えがよぎる。が、一秒待たずすぐに忘れた。


 ★★★★★


 授業がはじまったので、みんな私語は慎んでいる。静かなものだ。

 今でこそ全員がお行儀よく授業を聞くようにはなっているが、入学直後はやはり、どこの学校にも必ず一人はいるような反社……もといひねくれたヤンキー風の男子が一人二人はいるもので━━粉雪のクラスで言うと、それはもこ菜の二席前にいる怒羅魂巣喰竜(ドラゴンスクリュー)くんだった。

 彼の家は近年めずらしい極道一家であり、その父は東北頑張屁組の組長だった。というわけで、怒羅魂くんは授業妨害さながらの私語など平気でおこない、当然のように教師の言うことなどには従うわけもなく、逆らうことが使命だとでもいうように好き勝手やっていたのだが。

 彼にとって不運だった━━と言うのが正しいのかわからないが━━のは、このクラスに、学校に寿々木粉雪という人間が存在したことだった。

 粉雪はさっそく怒羅魂くんの素行を母親にチクる。


『━━っていう手に負えない男子がいてさ、わたしの言うことも先生の言うこともまったく聞いてくれないから、なんとかしてちょ』という言い方をしたはずだ。


 すると次の日にはもう、怒羅魂巣喰竜くんは大人しくなっていた。性格が急変したわけではなかったが、授業中に関しては意識的に私語を慎むようになっていたのだ。

 粉雪が確認したところ、父親に言われたので仕方なく、ということだったのだが。

 粉雪の母親は、とても顔が広いうえに、相当な権力も有していた。

 怒羅魂くんの父親に頼みごとをすることも造作ないことだったらしく、世間話程度のことで怒羅魂くんを大人しくさせるだけの状況を作ってしまう。粉雪の母にしかできない芸当だった。


 とまれ、私語をやらなくなったというだけで、その本質は変わっていない。授業が終われば好き勝手やっている。粉雪としても、そこまで執拗に改善させようとは思わないので、放っておいていた。


「はい、ではこの問題━━石浜さん、答えてください」


 数学教師であり、部活では校内一の部員数を誇るパソコン部を担当している轟木先生が、石浜さと海ちゃんを指名する。

 が、返事がない。


 石浜は多少ひねくれてはいるが、それでも真面目な性格であり、先生の指名を無視したりするはずがなかった。なのに返事がない。


「石浜さん?」轟木先生が再度、呼びかける。


 やはり、返事がない。

 と、そこで轟木先生は気がついた。石浜がいるはずの席に石浜がいなくて、代わりにいるはずのない生徒がいたことに。


「あれ、きみは二年生の━━」


 そこで、粉雪も気がついた。

 石浜とは髪の色も座高も違いすぎる、ちっこい奴が座っている。


「って、やっぱり部長がいるぅーっ!」


「あ、ほんとだ、部長さんだ。いつの間に」もこ菜も発見した。


 クラス中が、なぜかしれっと混ざっていた露に注目した。というか、石浜はどこへ行ったのだという疑問が浮かぶ。


「チッ」と、露は舌打ちしてから続けた。「せっかく千円も出して交換したのに、こなのクラスも数学だった。あと、すぐにめっかったからつまんねー。あちきもう寝る」ふてくされた露は、寝た。


「え、いや、自分のクラスに……寝てるぅ~」


 轟木先生は何度か露を揺すってみたが起きなかったので、すぐに諦めてため息をついた。

 グリーン露のことは少なからず知っているので、無駄だと悟ったのだ。


「寝る子は育つと言うけれど、部長に限ってはまったく当てはまらないんだよね。寝てばっかいるのに、ちっこいままだし……まったく育つ気配がない」


 その言葉に、クラスの数人から笑い声が上がった。

 寝ている露が「こな、分解して組み立て損ねる」と寝言をしゃべった。


 あとで、千円で買収した露と買収された石浜の二人は、仲良くちゃんと怒られました。

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