軽音部といっしょ
放課後、先生に怒られた露と粉雪のかくれんぼ部ふたりは、学校のあちこちに貼りまくった部員募集のポスターを剥がす作業に追われていた。
「めんど」めんど、めんど、めんどと同じ言葉を繰り返しながら、一枚ずつ雑にひっぺがしていく露。「あ……」と、途中でなにかに気づく。
「あり?」粉雪も気づいた。
「全部の場所」
「わからんですね……青春の勢いと無尽蔵のenergyにものを言わせて貼りまくったから、もうあとどこに貼ったか忘れたなり」
「あ……職員室の天井」
「なぬっ、部長……んなとこに貼ってたの? ってか、どーやって、いつの間に?」どう考えても露の背丈で手が届くとは思えず、不思議がる粉雪。
「行ってきまー」
「行ってらー。わたしは引き続き北校舎やってまーす」離れていく露を見送ってから、粉雪は作業を再開した。
二階の廊下だけで、あと百枚くらいあるので、がんばらないと夜になってしまいそうだった。どう考えても、なんでそんなに貼れたのかは、粉雪自身にもわからない。ほんとに、青春的ななにかが作用した結果としか思えなかった。
「あー、しんどー。誰だよこんなに貼ったやつー。はーい、わたしだよ~ん! でへへっ!」
独り言をほざきながら作業をしていたら、軽音部の面々がいつの間にか剥がすのを手伝ってくれていた。
クラスメイトの真中寧ちゃんと、一学年上で露の同級生である平山紀依と井坂三、そして三年生の藤堂紐子先輩に部長の剣崎万千先輩の5人が、黙々と作業をはじめている。
「こなゆきちゃん、あたしたちも手伝っていいよね?」と、寧ちゃんが粉雪に笑顔を向ける。
「ロンモチだべさ」ありがと寧ちゃん、軽音部サイコーと、粉雪が叫んだ。
「センキュー、かくれんぶの寿々木ちゃーん!」と、一番遠くにいた紐子先輩が叫び返した。
『うるしぇ~……ぇぇぇ…………』と、囲碁・将棋部の部長がかすれた声で抗議したが、誰の耳にもかろうじて届かなかったとさ。
ちなみに囲碁・将棋部に部室は与えられておらず、彼らは北校舎の自分の教室内で活動していた。活動というか、毎日囲碁か将棋をさしている。
「ねえこれ何枚あんの?」三ちゃんが、寧ちゃんを挟んで粉雪に訊く。
「うーん、たぶん千枚くらいっス」
「そんなに!」
パソコン部の轟木先生はノリノリでばんばんばんばん紙の無駄遣いみたいな量を印刷してくれたので、それくらいの枚数があった。
一度に持ち運ぶことが不可能で、粉雪たちはコンピュータ室を拠点にしながら、学校中に貼りまくった。
「まあ、乗りかかった船だし……全部剥がしてやろうじゃんか!」三ちゃんはうでまくりすると、うおりゃあああーと言って階段を上っていった。階段にも相当な枚数が貼られているので、それらを剥がしながら。
そうしているうちに、職員室の分を回収してきたらしい露が戻ってきた。
「増えとる……ひぃ、ふぅ、みぃ……こな入れて6人いる。あちきを入れると、7人いる」ぷるぷる震えつつ、満足したような声をだす露。「ポスター(効果)ばつぐん……」
「いや……」見事に勘違いされたことに気がついた紀依ちゃんが振り向く。「募集されてきたわけじゃないよ~」
「あたしら軽音部だしね━━全員でかくれんぼ部に移籍するわけにもいかないし」部長の万千が困り顔でそう言った。
「かもん」それでも露は勧誘する。
「やっぱこの子、最高にロックなヤツだぜ」と、ロックな紐子先輩は上機嫌だ。元々露のことを気に入っているので、露にはとても甘かった。「青汁ちゃんはあたいたちに入れって言ってるぜー、こりゃあ、軽音部の吸収合併もあり━━」
「得ないわよ、なに言ってんの紐子。青汁ちゃんが本気にしちゃうじゃん」
三年生からはおもに「青汁ちゃん」とか「緑茶ちゃん」と呼ばれて親しまれているグリーン露は、上級生からも一目置かれる存在であるのだ。いろんな意味で。そして「青汁ちゃん」のほうが多数派だった。
「なぁーんだ……」あからさまにガッカリした露は囲碁・将棋部が活動中の教室の扉を開けると、中に向かって「がっでむ!」と大声で叫んで、すぐに閉めた。
それで手元の狂った対局中のふたりが、駒をバラバラにしてしまったことは誰もしらないし、『あいちゅら、ころちゅ~』という怨嗟の声があったことなども物語には関係しない。
「でも、これだけ貼りまくって話題にはなったわけだしさ、一人くらいは来るんじゃない? 入部希望者」紀依ちゃんの励ましに、露はうんと頷いた。
「びりーぶ、まいせるふ」あちきはあちきを信じるだす、という意味のことを露は呟く。
「だっちゃ。世の中千人の人間がいれば九百九十九人は頭おかしいって、ママも言ってたし。一人くらいはマトモな人がいるはずだよ」
「なにその迷言! ってゆーか寿々木ちゃんのママって、あの人だよね? そしてなぜマトモだとかくれんぼ部に行くんだよっ!」じゃっかん混乱気味に、万千先輩はいろいろ言った。
「伝説のアイドルで、女優で、町長で━━こなゆきちゃんのママって、結局なにをやっている人なの?」寧ちゃんが、以前から聞きたかったことを尋ねた。
「結局のところは町長やってる人なんだけど━━まあ、外国の大統領の護衛やったり、工場のライン作業を手伝ったり、フリキュアの映画つくったり、駄菓子屋でバイトしたり月面基地に出張したり保育園建てたりマフィア潰したりヒヨコのオスとメスを分けたり悪魔祓いしたりゲーム大会出たりいろいろやってるから、フリーターみたいな感じかなぁ?」
「ぜぇぇぇっっったいに違うよね! めちゃくちゃ凄いのに、ちょくちょく凄くないことしてるのなんでなの! 気になるぅっ!」と、万千先輩はとうとう身悶えはじめる。粉雪の母親は超のつく有名人だが、職業を絞りこめる人や確たる役職を特定できる人間はいない。学校関係者からは「町長」として認識されていたが、それとて活動の一環でしかないのだ。
「まあ、わたしのママの話は置いといて━━」
「えーっ、置いとけないよー!」万千先輩はたいへん不満そうだったが、粉雪は聞かなかった。
「この階が済んだら、あとは上と……屋上貼ったっけ?」粉雪が、露のほうに顔を向ける。
「貼った……貼った?」自分でもわからない露は、疑問に疑問で返した。
「ま、いっか。行けばわかるし」
「いや、その前に屋上って施錠されてるから入れなくない?」万千先輩が、その常識をしらないのではないかと思い粉雪たちに告げるが、実は万千先輩のほうが粉雪たち━━というよりは露の非常識をしらなかったという、どんでん返し的おもしろさがそこにはあった。
「施錠?」粉雪が首を傾げる。「ふつーに開けれる扉だったはず」彼女は事実だけを言う。
「開く」露も告げた。というか、露が開けるのだが、そのことをしっているのは露本人だけで、他のみんなは誰もしらない。
「そうなの? 先生カギかけるの忘れてるんじゃないの━━危ないなぁ」この学校の屋上は、絶対に乗り越えられない高さの柵なんてなくて、ぶっちゃけその気になれば屋上からとびおりることが可能になっている。なので、立ち入りは厳重に制限されているはずだった。
「でも行ってないかもだし、貼ってあっても誰もわかんないから、屋上はいいかな」粉雪はすでに疲れていたし飽きてきたので、最後の最後で詰めが甘いのだった。
「じゃあ三階までか━━よし、残りがんばろー!」万千先輩の号令で、全員揃って上階へと向かったのだが。
行ってみれば、すでに先行していた井坂三ちゃんが一つ残らず剥がしたあとだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……やったった、わたしがこの階、やったったでー」汗だくの三ちゃんがポスターの束を両手で持ち、息を切らせて待っていた。
「さんくす、べりまっちょ」露は感謝すると、ぺこりと頭を下げたのだった。