物欲が世界を超える時、すべての孤独は下半身の穴に還る
おしまい、の文字を最後に映画は終了した。
照明が灯り、半分眠りかけていた露のアホ面を鮮明にする。
「ありゃ、部長ねてた?」
粉雪の言葉に、しかし露は「ギリ、寝てない」とこたえる。事実、ほんとにギリギリで意識を保っていた露は、映画があと三十分長かったら確実に寝てしまっていた。
その場であれこれ感想を言い合いたいところではあるが、他の客もいる手前、とりあえずシアタールームを出ることを優先できるのは日本人のいい部分であろうと、粉雪は思いながら黙って先を歩く。
が、外へ出てしまえばこっちのもんだとばかりに、一気に言葉をあふれさせた。
「いやぁ~、もう最高としか言えないよねだって最高なんだから! エイミーちゃんの演技めちゃんこうまいし、キュアゾウリムシやばいし、ねえわたしの演技どうだった?」と、誰にともなく感想を求める。
「プロの声優さんだって言われても、わからないくらいにうまかったよ」
そう言ったもこ菜に、粉雪は素敵な笑顔を向ける。しかしながら、もこ菜の『プロの声優さんだって言われても、わからないくらいにうまかったよ』という部分はもちろんお世辞であり、プロのそれに比べると、やはり隠し切れない素人っぽさは出ていたなと思っている。けれど、それは言わないのだ。親友として。
「もこちん、ありがとうもこちんっ! そんなふうに言ってもらえるなんて、わたしはなんてしあわ……愛してるぅ」気持ちを抑えきれず、粉雪はもこ菜のくちびるを奪おうとしたが失敗した。
気持ちを抑えきれなかった粉雪を、もこ菜はしっかりと抑え込んでいた。
「しっかし、キュアゾウリムシは笑えたよなぁ」
三は露の演じた変なキャラクターがお気に入りだった。ギャグ要素としての意味で。
「確かアレのグッズもあったよな、映画見るまではなんか変なモブキャラかなんかだと思ってたんだけど、まさかフリキュアだったとは……記念になにか買ってこーっと」
好きなキャラをアレ呼ばわりした三は、さっそくグッズ売り場に向かった。
そのうしろに、ぴったりと露&露の保護者みたいな意識を芽生えさせた緋見呼もくっついて行ったのを、粉雪たちはただ見送る。
「それにしてもさぁ、あのムテッポ姫は、まるっきりエイミーちゃんそのものの容姿だったよね」寧がもこ菜に向かって言った。
「うん、そのものだったね」
そのもので通用するのは、すなわちリアルのエイミーが美少女アニメキャラ並みの美少女であることを示している。
「エイミーがモデルになってマス」美少女アニメキャラ並みの美少女、エイミーが言った。
「でもさ、しゃべり方ちゃんとしてたよね。ちゃんとってゆうか、その、外国の人っぽい感じじゃなかったから」
「外国人のカタコトっぽい感じは単なるキャラ付けであって、わたしは普通に標準的な喋り方もできますよ」と、普通に標準的な喋り方をエイミーはした。というか、普通にぶっちゃけた。
「あらら」粉雪がずっこける。もちろんパフォーマンスとして。「わたしたちも、グッズ売り場いこっか━━」
「そうだねっ、なんだかやっぱりわたしもキュアゾウリムシが頭から離れなくて、なにか買おうと思ってたところなの」と、寧ちゃんが言う。
後に伝説となるヤバいフリキュアの存在感は半端ではなく、一度でもその姿を拝んでしまえば意識するしないに関わらず、人間の脳の記憶領域をいつのまにやら侵食し、就寝中には悪夢さながらの鮮烈な再現映像として再び姿を現すことが決定付けられるという、ある種呪いにも似た力を持っていたのだった。
関係ないが、寧ちゃんの発言のあとで、呪術師の数珠が十円の十倍で転売された、と呟いた粉雪のイミフな言葉が霧散する。
そして、キュアゾウリムシの存在が頭から離れなくなっているのは、なにも寧ちゃんだけに限らず、今日のメンバー全員、あるいはシアター内にいた観客全員について言えることでもあった。
「つーかやべぇ、キュアゾウリムシのグッズだけ完売しとるがな……」
売店に到着した粉雪はその事実にいち早く気がつき、絶望的な声を洩らした。
「あっ、ほんとだ……映画見る前はけっこう余ってた気がしたんだけどなぁ」
そんな寧ちゃんの記憶は間違いではなく、確かに在庫は存在していた。が、それはあくまでも彼女たちが観賞した回の上映前時点での状況であり━━その後のことを、少女たちは知るよしもない。
「あちきのグッズ、これしかねかった」
そんな粉雪たちの前に、レジ方面からやってきた露がうすっぺらい物を袋から取り出して見せた。
キュアゾウリムシオンリーの、クリアファイル三枚セットだ。しかも、露いわく最後の展示品だったとか……。
「あちきらがシアター行ったあと、前の時間に上映してたフリキュアを見終わったお客たちがハイエナみたいに群がって買い占めて行ったとかなんとか、店員の姉ちゃんから聞いた」露はどこか誇らしげにつづける。「あちき、ついに時の人となった。今、あちきの人気、やべぇくらいすげぇやべぇ」
「部長、いつの間に時の人に……」
「あと、デカイミーのやつも売り切れ……エロい男たちはみんな、ムテッポ姫のやつ買い占めていったぽい。性欲」
なぜか最後に性欲とか言う。
「ほんとだ、言われてみればエイミーちゃんのムテッポ姫も売り切れ続出」
「エイミーのグッズなら、エイチシステムジャパンの本社倉庫に腐るほどありますよ?」
と、エイミーが言った。
「え……腐るほどあるんだ……え、なんであるのん?」粉雪はなんとなく、自分の母親が関わっているような気が、強くした。エイミーから答えがなかったので「今度、ママに訊いてみよっと」とひとり呟く。
「あー、ざーんねん。やっぱ欲しい物は発見した時に思いきって買わないと、買えなくなるってことかー! そんで手に入らなくなったとわかった瞬間から、なぜか無性に欲しくて欲しくてたまらなくなる、あたしもやっぱし人間ってことかぁーっ!」
「でさぁ~ねぇ~っ!」
と、少女たちの背後から突然、知らねえおっさんの声がしたのでみんな変質者が現れたものだと身構えたら、ほんとに変質者だったので逆に落ち着きを取り戻した。
海パン姿にシルクハットを被っただけの、ほぼ裸のおっさんである。
「なんだかんだ言っておめぇ、昔はさ、みぃ~んなおんなじ時に同じことやって同じこと考えて同じこと喋ってよぉ、あれだほら、全員いっときに同じことすっからすぐに物売り切れたりなんだりしてよ、ダメんなったじゃねぇか。人間社会。個別である必要ねぇんならもうそらお前、マンガみてぇにまとまって合体して化け物んなったって変わんねぇんじゃねぇのってなってよ、そこんとこ改善してきたわけじゃん、日本人。オレらはさ。でもよ、やっぱ魅力的なもんっつーのは、ダントツの一番人気んなっちまって、他と差ぁつけちまうもんなのよね~。だからよぉ、こりゃもう人間なんだからしょうがねぇよなぁ~なんつって、あとはもう、オレのほうでキュアゾウリムシもんをどんだけ追加で集められっかってとこだけなのよね。つーわけでよ、悪ぃね~。上のほうに話通して、入荷できるようがんばるわ。だからまた来てよ」
という彼は、元お笑い芸人で、現在当シアターの支配人をしております、ハリウッド氏でありましたとさ。
「チェダー!」と言って、露は組み合わせた両手の四本の指を、ハリウッド氏の海パンのおしりにねじ込んだ。
「うんっだ☆らっぽん!」
派手に転倒したハリウッド氏は、しばらくおしりを押さえて苦しんだが、やがてそれが快感に変わる頃、なんとも言えない笑みを浮かべて「ありがとう」と囁いた。
「いや……」
もこ菜が嫌がったので、みんなで帰った。




