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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
23/42

ミルクガールと情熱少女

「こなちゃん、遅刻なんて珍しいね? なにかあったの?」


 前の席に座る、もこ菜が言った。


「まーねぇ……なんつーか、なんか災難がね。ところでエイミーちゃんは遅刻どころか欠席しとるね?」粉雪はすでに完全な疲労状態にあり、机にべたぁーっとくっついたまま、顔だけ動かして隣の空席を見る。


 宇宙一の美少女と噂される夢原エイミーの席なのだが、そこに彼女の姿はなかった。


「先生が言うには、エイミーちゃんは月イチで身体のメンテナンスがあるから、それで今日はお休みなんだって……よくわからないけど」


「メンテナンス? 月イチで……初耳だにょ。ってか、毎月一日は休みあんのか、エイミーちゃん」


 のっそりと緩やかな動作で、粉雪は上半身を起こした。多少、疲労が回復したらしい。

 もこ菜の前の席にいる江草偉瑠くんが、ちらちらとエイミーの席を見ているのが見えた。それに、彼だけではなく、クラス中の男子がそれとなくエイミーの席を気にしているように見える。そして例外なく、彼らはみな一様に、残念極まりないといったような雰囲気を、その身体から発散していた。


「チッ」と、なぜか石浜さと海が大きく舌打ちをしたのが、はっきり聞こえた。おそらくだが、その場に居ずして男子たちに影響を与えまくっているエイミーに対するものだろうと、粉雪はなんとなく理解した。


「エイミーちゃん、なんかよくわかんねーめちゃんこいい匂いさせてるしな」と、なんかよくわかんねー呟きも漏れる。


「確かに」もこ菜も同意する。


 香水などもちろんつけておらず、シャンプーや石鹸などの匂いでもない。完全なる体臭だと云うのだから、もはやどうしようもない。なにがどうどうしようもないのかすらどうしようもなくわからないくらい、なにもかもがなんとなくなにかしらなんだかどうしようもないのだ。


「おかげでさ」粉雪は自らの腕を、クンカクンカと嗅いでみる。「わたしの右半身がちょっとだけエイミーちゃんの匂いに染まってきたのよ」


「あ、それわたしも思った。わたしも右後方だけちょっといい匂いするもん」と、もこ菜。


 そして、エイミーの席にはエイミーの残り香があり、フレグランス・スポットとして存在している。というわけなので、なんの用もないのにエイミーの机の前を通る男子があとをたたず、粉雪は多少の迷惑を感じていた。


「好奇心に勝てなくてさ、ちょこっとパチ屋に行っちまったもんだから、タバコともなんともつかないいかんとも名状しがたい嫌ぁ~な渋い臭いが付着したから、今日はエイミーちゃんのグッドスメルでかき消してやるぜって思ってたんだけどアテが外れちゃったなぁ……」


「え、こなちゃんパチ屋行ったの?」もこ菜もパチ屋とか言った。


「そうなんよ、ひょんなことから知り合った依存症のおっちゃんに誘われてね」


「なんで……ひょんなことで依存症のおじさんと知り合うの……誘いに乗るの?」


 何気なく話す粉雪に、信じられない、といった表情を向けるもこ菜。知り合ったばかりのおじさんに連れられてパチンコ店に行くなどとは、もこ菜の常識からすると、絶対にあり得ないことだった。あってはならないことなのだ。


 でもまあ、と、もこ菜は思う。


 この友人は、なにかしら奥の手を用意しているはずだし、たとえ危険な目に遭遇しても、なんとか切り抜けるのでないか、と。

 その自信があるからこそ、知り合ったばかりのおじさんにも、のこのこついていけるのではないか。


 その想像は、あながち的外れでもないはずだ。なにしろ、彼女の母親は「できないことがない」という、全知全能のほぼ神様みたいな人物なのだから。たとえ能力こそ引き継いではいなくとも、DNAは受け継がれている。そんじょそこいらの小娘であるはずはない。そもそも、粉雪当人がどうあれ、母親の力によって、すでに安全が約束されているようなものだろう。たとえばピンチになった時、どこからともなく助けが入る、という可能性は考えられる。つまり、粉雪は安全なのだ。危険を危険と捉える必要もないほどに。


「そう、彼女は神を背負っているのだ……!」想像力が漏れでてしまい、もこ菜はそう口走った。


「いきなり、どゆこと?」もこ菜の突然のセリフが、まさか自分のことだとは思いもしない粉雪は、疑問符を浮かべた。「もこちんって、たまにイミフなこと急に言う時あるよね。ほんと、たまにだけど」


「は、はわわっ! ごめんね~。わたしって、想像の中で話が進んじゃう時があって。変なこと言っても気にしないで」


 とは言うが、粉雪としては気になるのだが。まあ、もこ菜が言うのなら、と極力気にしないようにしようと思った。が、気になった。


「小説のストーリーかなんか?」


「え、違うけど」


「そなの? あ、もこちんさ、そんなに想像力が迸って情熱が止まらないっ……止まるわけないよね状態なんだったらさ、思いきって小説でも書いてみたらいいんじゃない?」と、粉雪は提案する。もちろん、その場の思いつきだ。


「ええっ、わたしが小説……いっかいも書いたことないんだけどなぁ」


「誰だって最初はいっかいも書いたことないんだから、それは考えなくていいよ。才能ある人なんてきっと、いっかいめに書いたはじめての作品でスーパーな小説賞を受賞したり、デビューしたりするもんだから、書いてみないことにはわからんよ」


「それはそうかもだけど、はじめての作品で、そこまで評価される人って多分、書きはじめる前に自分である程度の自信はあるんじゃないかな……わたし、ないよ?」お話も思いつかないし、と告げる。


「確かに、それもそうか。じゃあ、無理か」粉雪はあっけなく諦めた。


「あ、でも確かにやってみなくちゃわからない部分もなくはないよね」


「だよね、そこはあるよね」


「小説賞は無理かもだけど」


「ほなやっぱり無理かぁ」


「あでも、大賞とかじゃなくて、新人賞の特別賞みたいのなら、目指すのもアリなのかな」


「あーなるほど、それやったらばズブの素人でも挑戦する価値はありまんなぁ!」


「いっかいめで受賞っていうのは、厳しいかもしれないけど……」


「ほなやっぱり無理やないかぁ!」


 とかなんとか、途中から関西チックになってきた粉雪ともこ菜のコンビのところに、遅れてやってきたのは寧ちゃんだ。まだチャイムは鳴らない。

 朝のホームルームのあとは、意外に時間が空く。というこの学校の特徴を利用して、生徒たちは授業の準備ではなく無駄話に忙しい。


「なになになんの話してたの教えて教えて~」


 最近、同級生の、特に男子たちからなぜか『ミルクガール』の異名で呼ばれるようになってきた寧ちゃんは、そんなことを気にする子ではなかった。原因はおそらくアレだろうなぁ、と理解しているが、それについての後悔も弁解もなにもない。むしろカッチョイイ名前で呼ばれはじめた、くらいに本人は考えている。


 そんな寧はホームルーム終了後、隣の席の間宮(まみや)美矢(みや)ちゃんとおしゃべりしている時間が長かったので、ほとんど残り時間のない中、それでも大親友と認める二人のところへ律儀にやってきた次第だ。


 ちなみに寧は本日(に限らず、けっこう頻繁になのだが)遅刻ギリギリにやってきたため、二人とは朝の挨拶もまだだった。


 なので粉雪が先に「寧ちゃん、おはっぴ」と、最近流行りの挨拶をかます。


「こなゆきちゃん、おはっぴぃ!」それに応じた寧は渾身の、全身全霊を込めた白目を披露した。顔も微妙に歪んでいて、実に愉快な変顔である。


「んふぅ~っふん!」


 などと、もこ菜が例によって例の気持ち悪い笑いを漏らしたところで、チャイムが鳴った。


「あっ、もう時間じゃん!」寧が残念がる。「なに話してたかだけ、ちゃっちゃと教えてよ」と、自分勝手に命令した。


「いやね、もこちんが情熱ほとばしる情熱が止まらない……止まるわけないよね少女だってことがわかって、そんで、小説書くことになったってわけだよね。そんだけだよね?」と、粉雪の説明は適当だ。


 言われたもこ菜は「えっ、小説書くことになったの?」と返したが、その時にはもう寧は自分の席に向かっていたので、彼女の中ではもこ菜が小説を書くことになっていることになっていることが成ったわけなので、これはいよいよ小説を書くことになったのか? と自問自答せざるを得ない美術部員のもこ菜であった。

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