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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
22/42

これがワシらの登校風景じゃ!

 あー、昨日は結局なんだったのかなぁ……興味本位でパチンコやってはみたものの、当たりっぱなしで疲れたし、お金もおっちゃんに全額くれてやったし、なぁんか、意味なかったような一日だったように思えてならんのだよねー。


 とかなんとか、独り言をぶつくさ呟きながら登校していた粉雪は、グリーン露とでくわした。

 同じ学校に同じタイミングで向かうのだから出くわすのも当然だが、必ずしも毎日一緒になるわけではないので「おっ」と思った粉雪。


 というか、露は立ち止まってポスターに話しかけていた。


「部長ぉ、おはっぴ!」


「あ、こな」おはっぴ、と両手の小指をピンと立てて白目をむくポーズ(流行ってる。とは言えそれは小学生の間での話なのだが……)。


「なにしとるん? 遅刻するよん」


「いえす、わかってるけど……さっき、こいつが話しかけてきたから」


 そう言って露はポスターを示す。

 今時は紙のポスターであろうと、音声装置が備わっているので喋ったり歌ったりするものは別に珍しくもなんともない。

 いちいち相手にする人間など、いない。

 はずなのだが……露はまともに向き合って会話していたようだ。


「部長……で、なんのポスター?」


「なんか……なんかに立候補する……ハゲ」


 説明がひどすぎた。が、ほぼ予想通りなので粉雪は頷く。


「町内見回り役員の立候補だべよ。これって、昼間っからぶらぶら出歩けて、そのくせちゃんと市の役員に数えられる上それなりのお金もらえるから、そのへんのおっちゃんが続々名乗りを上げるもっともどうでもいい選挙のやつだからあんまし見ても意味ないよ」と粉雪は言うが、それでもあからさまにヤバそうな人間を役職につかせないためにはチェックしておいたほうが無難なのだが(投票権は小学生から与えられる)、あまりそこまで考える有権者はいなかった。なぜなら、ほんとにどうでもいい選挙だったから。


岩雪崩(いわなだれ)ポン助……ろくじゅうよんさいか……」粉雪も露の隣に並んだ。


 すると、岩雪崩ポン助さんのポスターから音声が流れる。本人の肉声だ。


『あなたを守る、わたしが見ている。わたしが見回り、あなたを見ている。あなたは小学生女児かな中学生の少女かな、それとも女子高生かな。いずれにしても、わたしは見ている。見守っている。みんなの安全のため、日夜女の子たちを見守って━━』


「なんで女子限定なんだよ。いや、変態確定なんだけどこのおっちゃん」


「こいつ、あちきのこと見てるから、ハゲ、見るなって言ってた」


「そうだったのね。それならば仕方ないね。このハゲはダメなハゲだ。女子限定で見守ることを使命とする、ヤバいハゲだ。そしてハゲかたもヤバめだ。ママに通報しておくことにする」


「ナイスこな。通報しろ」露が命令した。


「おっけー。って、そろそろ行かないとほんとに遅刻するよ部長。行こ行こ」


「イエス。ハゲ、さようなら」ポスターにもちゃんと別れのご挨拶。露は意外と礼儀正しい。


 そんな露の視界に、猛然と走ってくる身長2メートル弱の男子中学生の姿が映る。同じ中学なのは制服でわかったのだが(牝獲市中学は制服と私服どちらでも登校可能だが、みんなだいたい制服を着用している)、その形相と勢いに露は震え上がった。

 完全に見知った人物だったのに、震え上がった。


「ひいいっ!」と言って粉雪のスカートの中に隠れる。


「おう、一年の寿々木さんとグリーン様じゃねーか。はやくしねーと、遅刻すんぞ」


「でかっ。ってか誰だっけ?」粉雪はそのあまりにも特徴的に過ぎる大男を、しかしよく覚えていなかった。

 同学年ならなんとか全員覚えちゃいるが、上級生の男子ともなると、まだ覚えきれてはいないのだ。


「ばんちょー」スカートの中から声がした。


「いや、出ろし」粉雪はスカートの中からちびっ子を追い出す。


「寿々木さんに覚えられてねぇとは、ワシもまだまだってことだな。ワシは二年の学ラン坂番長ってんだ」学ラン坂番長は名乗った。

 学ラン坂が名字で、名が番長だ。

 本名である。そして一人称がワシだ。

 ちなみに学ラン坂家は父の名がボンタンで、母が夏紀、妹はズベ子という酷い名前だったが、名前の割にカワイイ容姿をしている。


「ほー、覚えた。よろしく番長!」


「おう、よろしくな」


 番長と握手を交わす。

 その時、ちょうど粉雪たちの横を通りかかった他校の制服を着た男子がピタリと足を止め、番長を見上げた。


「HEY、お前がメカ中の番長? オレ様ガニ中(夜叉蟹中学)のナンバーワン、シャーマン・KAN様だゼ。オレ様お前に勝負を挑む、ラップ勝負でフルボッコにしてやるYO!」


 突然現れた他校の生徒が、勝手に名乗り勝手に勝負を挑んできた。


「なんか始まった」粉雪は意に介さない。


「なんだこいつ」番長もポカンとしている。


「ストリートバイト」露が言った。


「路上のアルバイト?」


「?」


 露が不思議そうな顔をしたうしろで、シャーマン・KANがよくわからない独特のポーズをして身体を揺すりはじめた。そして、よくわからないことを言いはじめる。


「お前この野郎よく見たら深海魚みてーなそのツラ心外みてーなツラしたって同じ、器の小せえクソ野郎なの上っ面見ただけで知れるぜ、低知能情弱な老害の絶対王政、平日の勤勉な労働者は絶対応戦。くちごたえ許さない朽ち果てた老木が老い先短い人生イキリ倒すのか。労働基準法もわからない経営者、オレの兄貴に突然の“卒業式”労基署に相談慌てて通達速達、一方的見解ほとんど曲解人の話聞かないのお前大声出すのもお前人の話ねじ曲げて独自の解釈それが曲解、今日解散してもいいクソ会社社会の害悪あなたの人生の卒業式一刻も早いこと願う有り難う御座いましたっ!」


 はぁはぁと息を切らして、シャーマン・KANは汗だくだった。


「ラップって、こーゆーんだっけ?」粉雪が誰にともなく尋ねるも、答えはない。「なんか、なにかに対する怒りは伝わってきたけど、番長関係あんのか?」


「あー……あんたもしかして、こないだうちのガンバモンド工場辞めさせられた先輩の弟じゃろ?」


「そうだよっ、てめーんとこのクソ親父に一方的に感情的理由で辞めさせられたシャーマン・KINの弟だよっ!」


 なにを見せられているのかわからないながら、粉雪と露は並んで様子見をつづけた。


「いや……うちとは言ったけど、あの会社ワシの実家じゃないし社長もワシの親父じゃないんじゃが……佐々木五時朗ってやつの家で、社長はそいつの親父じゃ。ワシはただのいとこで、居候なんじゃがな」


「えっ!」シャーマン・KANの表情が一変する。


「ごじろーのうち」露が呟く。


「あー、あの残念先輩……へー、おうち、会社やってたんだ」あまり興味もなさそうな粉雪はどうでもよさそうに言った。「ってか、ラップ勝負とか言ってたけど、お兄さんの恨みを社長の息子だと勘違いした番長にぶつけただけ? 番長じゃなくて、その社長に向けた言葉を番長に対してぶちまけてたの?」と、ずばり正解を指摘した。


「はっ……そん……」シャーマン・KANが震えている。


「なんだよ、『はっそん』」粉雪が揚げ足をとる。足が揚がっていたかどうかは、わからない。


「ご、ごめめ、ごめんごめんご、ごめごなさいましたぁーっ!」


 と、おそらく「ごめんなさい」とか「申し訳ありませんでした」のような言葉を発したシャーマン・KANがものすごい勢いで土下座すると、番長の靴を舐めようとしてきた。


「うわっ、なにするんじゃワレ。別に土下座しなくていいし、舐めなくていいから!」番長はワシとかワレとかジャガとか言う以外は、綺麗な標準語なのだ。「まあ、なんにしろこうゆーことは良くないじゃろ。お兄さんに頼まれた?」


「いえ、オレの意思です!」


「なら、なおさらじゃ。お兄さんも、別に喜ばないだろうし。確かに五時朗の親父はゴミクズのようなクソ野郎じゃが」


「そこはそうなのか……」粉雪が言う。


「ゴミクズのようなクソ老人は、もうなおらんのじゃから、相手にしないほうがいいぞ」


「ごじろーのちち、クソ野郎……」露が記憶した。256メガバイトくらい使って。


「あっ」


「こな?」


「遅刻……わたしたち、完全に遅刻しとるがな番長!」


 言われた番長もはっとなり、ごつい腕時計に目をやる。完全に、始業の時刻を過ぎていた。


「あっ、あーっ!」一流高校の受験を視野に無遅刻無欠席を継続していた番長は思わず大声を上げ「ワシの登校が……」と意味不明な言葉を残し、とぼとぼと歩きだした。


「だ、大丈夫か番長……」


 粉雪の声も、まったく聞こえていない様子の番長はそのまま行ってしまった。


「なんかよくわからんが、わたしらも完全に遅刻なのはわかるし、あんたのせいだからね!」シャーマン・KANに向けて怒る。


「は、はいいんこ! ももも、申し訳ござませるでしか!」


 噛みに噛んだセリフの語尾が『密集! どうしょくぶつの森』(ゲームソフト)に出てくる超美少女鹿のシカ子ちゃんみたくなったが、それについて考える時間もつっこんでいる余裕もなかったので粉雪と露は走り出した。


 どんなに急いでも、もう遅かったけれど。

【ガンバモンド】ガンバ加工されたモンド合板等の総称。耐水性に優れ、腐食しにくい。硬いものに強く、柔らかいものに弱い。元々は、地球上になかった物質である。

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