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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
21/42

粉雪、激アツ、おやじ死す!?

「いてきまーすぅ」


 母親は留守なので、人造人間黒人男性であるアーネストに声をかける。

 ちなみに彼は今日も半裸であった。


「お嬢さま、どちらへお出かけですか?」


「ゲロマルぅ」


 パチンコ店の名前を出した粉雪に、しかしアーネストはピンとこなかったらしい。


「はて、それはどこの国でしたか?」


「パチンコ屋だよパチンコ屋ぁ。商店街の先にある、依存患者の巣窟だよ」


「ああ、なるほど。お気をつけて行ってらっしゃいませ」と、粉雪を笑顔で送り出す。


 その笑顔は慣れない人が見れば、なにやら命を狙われているのではと勘繰ってしまうようなそれではあったが、慣れた人間には不気味な表情の変化としか見えなかった。


 法律やらなにやらがやたらいろいろ変わったり再構築されたりした結果、現在ではパチンコ店に入場するための年齢的な制限はなかった。とはいえ、常識的に考えて小さな子供や赤子を連れての入店などありえないので、もしそういう人がいた場合は止められるし、それでも言うことを聞かなければソッコーで通報される。

 粉雪世代の若者にしても、よほどのバカ者でなければ好き好んで通うような場所ではなかった。緩和されているとはいえ、やはりそれなりの騒音の中で長居するわけで、どうしても耳には負担がかかる。けどまあ、耳栓があれば解決する話ではあるのだが。


「あった、忘れてないね」ポケットに突っ込んできた黄色い耳栓を確認する。硬質素材のイヤーフォンみたいなやつで、騒音を防ぐだけでなく、聞こえる音を調節できるすぐれものだ。この機能がないと、誰かに話しかけられた時には声を聞き逃してしまう。


 粉雪が商店街の入り口まで行くと、すでにおやじは到着していた。口の両端にタバコを咥えて、奇妙な2本吸いをしている。待ち合わせをしていなければ、けして話しかけてはいけない人物に思われてならない。


「おっちゃん、きたよー」


「おっ、きたっぺか。お嬢ちゃん、おっはー」


 タバコ2本を咥えているわりには器用に話し、なんかおっはーとか言ってきた。


「なんで2本」タバコが気になった粉雪は、もちろん律儀にツッコミを入れる。


「だって、バランスいいじゃん」


 と、おやじ。

 その理屈はさておき、連絡先交換の際に聞かされた名前が「床屋」だったこの男は、どうして本名を隠すのかと考える粉雪。何度かしつこく尋ねるも「オラんつは歴代床屋やってっからよぉ、おやづもずずもみんな床屋って呼ばれてきたっぺがらオラも床屋って呼ばれでっぺよ(私の家は代々散髪屋を営んでいまして、父も祖父も散髪屋と呼ばれていたので、わたしも周りから散髪屋と呼ばれていますので、私のことはそのように呼称していただければと思います)」


「って、床屋なのか散髪屋なのかわかんなくなるじゃん!」


「え?」


 リバーススピーチでのみ聞こえるはずの意訳まで聞き取った粉雪が入れたツッコミは、もちろん発言した当人には理解できなかった。


「まあいいや、行くんでしょゲロマル」


「お、おうよぉ。オラぁ、こんなめんこいお嬢ちゃんと一緒におデートパツンコ行けるなんてぇ……ゆ、夢みてぇだぁ」


「現実だよ。あと、おデートじゃないからね」


「なんでもいいっぺよぉ、ありがたやありがたやぁ!」


 粉雪を拝むおやじ。いや、床屋。床屋のおやじ。

 その様子を通行人が眺め、底辺マイチューバーが撮影し、その映像の使用許可を粉雪たちに求めてきたので「使っていいよー」と軽く返答しておく。

 問題が発生したら発生したで、ネット関連のあれこれは母親の友人であり宇宙人DNA内蔵の超絶美少女夢原エイミーを誕生させたエイチシステム社の最高権力者に頼めばあらゆるデータを根こそぎネット上から消し去れるという奥の手があったから、粉雪としては考えなしに許可を出すことができた。


「さ、早く行くべよ!」


 依存者特有の一刻も早くパチンコ店に到着したい欲求を発動させた床屋が急かす。

 余談だが、この床屋のおやじは、パチンコ屋に向かっている車を判別することができる。全体の的中率は6割ほどだろうが、明らかにそれとわかる車に関しては百パーセントに近い的中率を誇っていた。いわく、煽り気味に走行していたり、なんかゲロマル方向に急いでいる車はだいたいパチンコやりに行くやつ。だそうだ。


 その話を聞いた粉雪は、やっぱり、やっぱりだなって思った。

 けして的中率がすごいね、とかはもちろん言わないのだ。

 人として。

 正しく生きる人間として!


「わたしはギャンブル中毒に賛成しない!」


「え?」


「あ、着いた?」


「うん、着いたっぺよゲロマル……お嬢ちゃん、なんだか突然、突拍子もなく大きな声だすから、おっちゃん、ビビるぅ」


「あぁ、ごめんにょさい。これ、わたしの持病だから。おっちゃんのパチンコ病と同じだな……それにしても……すでに店の外が騒がしいよなぁこのパチンコ屋ってやつはよぉ」


 なんだかおやじに影響を受けたような喋り方で粉雪が言った。それもそのはずで、現代に至りなお軍艦マーチを店外にまで垂れ流すこの店は昔ながらの雰囲気を大切にした、そんなもん大切にしてどーすんのと言われる店だった。


「まだ開店直後だから、入れ替えしたばっかの最新台とかじゃなければ、ここは選び放題だっぺよ。たまーに、最新台でも埋まらねーのあるから、新台も空いてっかも」


 すでに半分入店しながら喋ったおやじの声は、すぐに騒音と混じりあい、聞き取りづらくなる。

 粉雪は耳栓を装着し、肉声のみ聞き取りやすくなるよう調節した。


「あー、やっぱ新台は埋まってるわ。でも一撃必殺汚職人だから、オラは興味ねーんだ」


「おっちゃんはアニメ系専門だからね」


「そうそう、わかってるねお嬢ちゃん」


 そりゃ、説明されたからな。と粉雪。


 はじめてのパチンコ屋は、ざっと見渡した限り……正直よくわかんなかった。そもそも目当ての台があって来店したわけではない粉雪なので、どれがいいのかわからない。

 ちょくちょく見知ったアニメが題材のものがあったが、どれも作品自体は昔のもので、しかも粉雪が明るくないロボットものが多かった。あとはやたらエロい、とにかくエロい女たちが目立つエロい台ばかりなので、それらはすべてスルーした。


「ざっと一周したけど、お嬢ちゃん、どれか打ってみたい台あった?」


「う~ん……正直、まだちょっと決めらんないかも。でもまあ、はじめてだし、そもそもお試しで一回触ってみようって好奇心から来ただけだから、なんでもいいっちゃなんでもいーんだけど……せっかくだからなにか━━あ、シンフォニアだ。シンフォニアは、わたしも詳しい」


「おっ、いいねいいねー!」やたらテンションの高い床屋がキモい。


「じゃあシンフォニアでも……いや、そのお隣のやつは?」


「あれか? あれは魔弾のアレサだな。魔弾のアレサAAダブルエーと、魔弾のアレサ3が1台ずつあっぺよ」


 と、おやじが説明したところで、いきなり目の前に立ち止まった男が、二人に向けて口を開いた。


「おや、この辺りでは珍しい……お若い美少女の打ち手とは。床屋さん、まさか犯罪行為ではなかろうね?」


 と、なぜかスーツ姿で恰幅のいい老人が、突然話しかけてきたのだ。粉雪はもちろん面識のない人物なので、身構える。


「あっ、これは会長、ご無沙汰だっぺ。いやいや誘拐とか、そういうのでは……」


 わりと本気で否定する床屋のおやじ。どうやら顔見知りらしい。

 粉雪があとで聞いたところによると、会長というのは町内パチンコ愛好会の会長ということだったので、社会的な地位は多分なかった。いや、あるのかもしれないが粉雪にはなさそうに思えたのだ。というか、あってはいけない気がする。


「冗談だよ。それよりも、かわいらしいお嬢さんに自己紹介をさせていただこう。わたしは回胴(かいどう)パチ夫と申す。みなからは会長と呼ばれておるがね」


「かいどう……ぱちお?」なんだかおふざけが過ぎる響きに疑問符を浮かべるが、すぐに合点がいった粉雪。「あぁ、昔の、オフザケネームが流行った時代の」と、社会科の授業で教わっていた過去の出来事をすぐに思い出した。


「そう、その通りだよ。あの時代、バカな親が付けたバカな名前の子供たちは、その半数以上がのちに改名したのだが━━わたしのように、改名することなく生きてきた人間も少なくないのだよ。それはね、お嬢ちゃん。いくらバカな親が名付けたバカな名前だったとしても、それが親からもらった、たった一つの、唯一無二の自分の名前ということに変わりはないんだ。だからね、どんなにバカみたいな名前だったとしても、それを苦にせず生きていける人間なんていくらでもいたのさ。そう、わたしのようにね。ああ、そうだ、わたしの親はバカだったよ。身につけるものだけが服で、口に入れるものだけが食べ物だという考えしか頭の中にないような、ね。それでもね、反面教師と言うものか、おかげでな、そのおかげで、わたしは早くから身につけるものだけが服ではなく、口に入れるものだけが食べ物ではないという考えができる人間に育っていた。これは間違いなく、あの親あってのことだった。いいかい、これからキミがやろうとしているものは、そう簡単なことではないのだよ? ギャンブル性がある限り、負けることを前提にしておかなければならない。きみたちは、勝つことしか頭にないだろうがね、勝つということは、そう簡単なことではないのだよ。きみたちには知識があるのだろう、そして若さもある。しかし知識や若さだけではままならないことというものが、この世にはわりとたくさん転がっているものだ。これもそのひとつ━━」と、パチンコ台を指差す。「これがどういうものなのか、なにをどうすれば、どうなるのか。やり方、理屈、すべてのメカニズムを知っているから、こんなの簡単だ。きみたちはそう考えるのだろう。しかしね、実際にやってみると、思った通りにはいかないものだ。『ここをこうすれば、こうなるはずなのに。絶対に成功するはずなのに、なんで失敗したんだ』ということが、あるかもしれない。いや、あるだろう。そして、そんな場面で必要になってくるのは、知識でも若さでもなく、経験という名の技術なのだよ。きみたちは言うだろう━━そのすべてを理解している。だから『やらなくてもわかる』とね。本当にそうなのか。すべてを理解したつもりで、やりもしないことを、やってもみないままで見下せるのか? 否。実際にやってみるということは、いかに事前情報があろうと、仕組みを理解していようとも、それとはまったく関係なしに難しいということを言いたいわけなのだよわたしは。これだってね、単に玉をヘソに入れればいいというだけの話ではなくてね、つまり━━」


 と、そのタイミングで同じように恰幅のいい老女がやってきて、会長の服の袖を引っ張って怒った。


「なぁにやってんだズズこの!(なにをぼやぼやしているのです、ご老体この野郎!)メスたのんだのとっくぬきでっどこの、はやぐ戻れっちゃやボゲナス!(さきほど注文したメニューがすでに提供されているのですよ、今すぐお戻りなさいこの役立たずの掃き溜め木偶の坊の死に損ないがっ!)」


「あー、わかったわかった、怒るな怒るなこわいからぁ……あ、それでは話の途中で申し訳ないのだが、わたしは戻らせてもらうとする━━」


 と、なおも怒鳴り散らす、おそらく奥さんに連行されるように、これもおそらく食堂に行ってしまった会長。

 だが、永遠に続くかと思われた長話が終わったことに粉雪とおやじは内心ほっとしていた。


「な、なんだったの今の……」


「会長、いっつもあんな感じだっぺよ……」


「えっと……なんだっけ、あ、台選びだった。いいや、わたしこれにしよう」粉雪が選んだのは、魔弾のアレサ3とか説明された機種だ。


 すると、すかさず隣の台を確保した床屋のおやじが気持ちの悪い笑顔を向ける。


「ほんじゃ、おっちゃんはこっつの『ダブルエー』のほう打つっぺよ……へっへ、やぁぱりショスンサだな、お嬢ちゃんよぉ」


「気持ち悪……ショスンサ?」


「初心者」


「あぁ」


「そっつもいいけどなぁ、やぁっぱ連チャン期待できんのは、こっつの台だっぺよ!」


「そーなの?」


「んだ。まあ、当たればわがっけっども、そっつの台は出玉すくねくてなぁ。そのくせ、あんまし連チャンしねーしよぉ……玄人はこっち選ぶわな」


「ふぅん」


「まぁ、ビグナーズダッグっつぅ……なんだっけ、ベゲナーズハップン? エロナース・セップン?」


「ビギナーズラック? 最初のが一番近かったのに」


「それそれぇ! そーゆーこともあっからよ、まあ、くっちゃべってたってしゃーねーから、打つべ打つべよ」言って、おやじは千円札を現金投入機に入れた。


「おおっ! それがウワサのお金を吸い込む悪魔の機械か!」


 粉雪はウワサでしか聞いたことのなかったそれを直に見て感動し、おやじの真似してお札を投入した。おやじと違い、万札で。


「えええーっ! お嬢ちゃん、いきなり一万円入れるのぉーっ!」あまり見る機会のない紙幣に驚きを隠せないおやじが叫ぶ。だが右手はしっかりとハンドルを握り、すでに玉を打ち出しているあたり、さすがと言うべきだろう。


 粉雪はおやじの叫びも意に介さず、見よう見まねで玉を借りる。玉はあくまで借りるのねと、変なところに感心しながら。


「で?」訊く。


「あ、そのハンドル回すと玉出るから」


 おやじはすでに自分の台の演出に集中しており、アドバイスがおざなりになっている。

 それでも粉雪は気にせずに、玉を打ち出しはじめた。最初はどれくらいハンドルを回せばいいのかわからず、右端まで勢い良く飛んでしまったが『左打ちしないともぎ取るわよ』と云うアレサ嬢のセリフで左のほうに玉が飛ぶよう加減しなくちゃならないのかと気づく。すると、台の画面の下にある穴に玉が入ると、ようやく動きだしたので「なるほど」と理解した。


「あ、そうだ」と、おやじが粉雪のほうを向く。ある程度回転数を重ね、いつも通りまだ当たっていないので我に帰ったのだろう。なにかに思い至ったおやじがアドバイスする。「カスタマイズでよぉ、当たりん時に出やすい演出選べるよ。おっちゃんのおすすめは、このサイレントバイブレーションモードっちゅーやつでな、ボタンがブルったら当たりなのよもう。いやこれがたまんねぇのよもう……そっつの台もほとんど同じだからよ、やってみな」


「どーやんの?」


「その、下押して、変わっから、そう、それ何回か押して、もう一回、それそれ、それがサイレントバイブレーションモードだっぺよ」


 おやじが言うよりも早く、アレサ嬢の声で「サイレントバイブレーションモード」とアナウンスがあった。


「ふーん……」と、次の瞬間━━粉雪の台のプッシュボタン(やたらデカイ)がブリリリリリリィと、えげつない振動を開始した。「うわっ、なになになに!」


「げーっ! お嬢ちゃん、それ、当たり確定でおまーっ!」おまーっ、とか言うおやじ。


 粉雪の台の数字は、左に7が停止して、さらに右にも7が停止した。が、まだスリーセブンは揃っていない。


「しかもナナテンーっ!」おやじが大口を開けて大げさに叫んだ。「それもうマックス確定じゃーん!」じゃーん、とか言うおやじ。


 が、粉雪にしてみれば、おやじが何を言ってるのかまったくわからなかった。七点とかマックスかくていとか、わからなかった。


 リーチ、と粉雪の台からアレサ嬢の声。

 絶対長時間直視してはダメな気がするフラッシュとやたらな効果音、そしてアレサ嬢の役物が下方から上方へと展開される。


「うわー、すげー、当たり確定だからって最強演出全部出てるじゃん……あ、しかも最後にプレミア演出のクソ玉転がし朗くんの押しボタンとか……やり過ぎじゃね?」なんだか不機嫌な感じのおやじが、妙な喋り方をした。


 クソ玉転がし朗くんというのは、この台のメーカーのイメージキャラクターらしいが、粉雪がそれを知るのは後日だった。


 とにもかくにも、大当たりを獲得した粉雪は『右打ちしないとマカロニサラダ』と云うアレサ嬢の言葉に従い、指示通りにやったら意外とパチンコは簡単だった。


「玉を抜くって……どーやんの?」さすがにそこは初見ではわからず、おやじに尋ねた。


「そこそこ、そこズラすと抜けっから……」適当な教え方をするおやじ。「玉は貯まっから……玉だけにっ、って、ぶっふぅーっ!」急に吹き出したおやじは、どこか情緒不安定な感じだったが、粉雪はあえて無視した。


 玉は貯まっから、の超つまらない言葉通り、自動的に計算され、どうやらあらかじめ用意されているカードに貯まるらしい。大当たりラウンド終了時点での『カードの取り忘れに注意なさい』と云うアレサ嬢の言葉で、それを知った。ともあれ、遊戯終了まではカードを取り出す必要はない。


 大当たり終了後、粉雪の台にはタイマーが表示されていた。それが、4分近くある。


「それね、タイマーがゼロになるまでバンバン当たっから……ただし、出玉はちょろっとずつよ。最初に言ってた通りね。で、ゼロんなった時に一発勝負で継続引けば、またタイマーの時間貰えるってやつだべよ。まぁ、はっきし言って二十連くらいしねーと、まともな出玉にゃなんねーな」


「ふーん……」いまいちよくわからないまま、打ち続ける粉雪。

 すると、おやじが言った通りにバンバン当たった。その際に、アレサ嬢のセリフがやかましく鳴り響くので、周りの注目を集める。


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、マカロニ食べたいんでしょ!』


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、マカロニグラタン百人前っ!』


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、マカロニウエスタン知らないの?』


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、マカロニ大安売りっ!』


 とかなんとか、やたらマカロニを連呼してやかましい。

 そんなこんなで何度か当たり続けるも、タイマーがゼロになった時点で出玉は二千発に届かなかった。それを見たおやじが嫌らしい笑みを浮かべ、言う。


「な、たいしたことねーべ? しかも、タイマーモード継続させんの難しいからよ、なっかなか継続しねーのよ、それ」


「ふーん……」


 一発の入賞で継続を引き当てないと、ここで終了らしい。

 ラストバトル開始の文字が現れた。が、それを見たおやじがまた叫んだ。


「たたた、立ち入り禁止柄だとぉーっ! お嬢ちゃん、継続確定だっぺよ!」いつの間にか機嫌が直っていたおやじは、やはりどこか情緒の不安定さを感じさせる。「つーか、お嬢ちゃん……一万円札入れたのに、まだ何百円しか使ってなくね?」と、粉雪の台を覗き込むおやじ。周りからは変質者にしか見えない。「オラなんてもう、三千円使ってんのに……あ、やべぇ、もうやべぇ……もう当てなきゃ……四千円までには当てなきゃ……」


 なんだか、なんとなくパチンコ依存症特有の思考なのじゃないかしら、と粉雪が勘繰るような独り言を呟き始めたおやじは、目が虚ろになってゆく。

 粉雪はそんな様子を横目で見ながら、バンバン大当たりを獲得しつづけた。

 おやじが『なかなか連チャンしない』と言っていたのが嘘のように当たりつづけ、一発勝負のラストバトルも当然のように毎回勝ちつづけて、とうとう当たりが3桁へと突入する。


「…………」


 おやじはもう何も言ってこないが、虚ろさと暗い、薄暗い、暗黒の闇のなんか薄気味悪く気持ち悪い、やべぇ、なんかとてもやべぇ表情でじぃーっと粉雪の台を観察しているので、もう粉雪はやめようかなと本気で思い始めていた。

 もちろんやめはしないけど。


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、思う存分肥えなさいっ!』


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、マカロニサラダおかわりどーぞ!』


『マカロニマカロニマカロニみゃからにっ……なっ、なによ! 噛んでないんだからっ!』


『マカロニマカロニマカロニマカロニ、マカロニマカロニマカロニマカロニマカロニマカロニマカロニマカロニぃーっ!』


 わりとけっこうなセリフの種類が用意されているらしく、何十、何百回と当たってもまだ新しいセリフが聞けたりするのは、正直すごいなと思ったが、さすがにもう演出のパターンはほぼ見てしまっていたので、少しずつだが飽きてきた粉雪。

 もう数時間、こんな調子でずぅーっと当たりが続いている。継続しにくいとか言っていた床屋の言葉はまったくのでたらめな嘘八百だったとしか思えないほど、必ず継続するタイマーモード。もはやどうすればハズレが引けるのかがわからない。


 と、隣を見やればおやじがぶつくさ言っていた。


「やべ……もうやべぇ……嘘だろ……頼むよ、もういいだろ、もう二万いくからさぁ……そろそろ来ないと取り返せねぇよ? ちょっと……いやマジでさぁ……もう当たるでしょいくらなんでも……」とかなんとか、言っている。「あっ!」急に大声出すおやじ。粉雪びくり。


「どうした?」


「やっべー、マジでやっべーじゃんか!」


 さっきから同じことを言っているので、言っているのは同じことだ。


「オレこれ、このままだと今月の生活費なくなるじゃんこれ、マジこれ。え、嘘だろおいこれ。これマジやべーんですけどこれ、いやほんと冗談抜きで、明日っからなんも食べらんなくなるよこれ、ねえこれ、うわぁこれ」


 やたらこれこれ言いはじめた。

 あと、目が血走っている。


「おい、おっちゃん大丈夫……聞こえてねーな」諦めた粉雪。もう放っておいて台に集中する。


 依然として当たりが途切れる気配はなく、またしてもタイマーモードは継続した。


「疲れてきたな……」本音が漏れる。


 ハンドルを持つ右手も、なんだか痺れてきた。腕を置く用の、なんか腕を置くやつが設置されてはいるのだが、高さが合わないのか腕を置いても全然楽ではない。かえって手がつりそうになったので、横にどかして打っていた。


『胸が大きいからってイイ気になりおって、胸が大きすぎてどーせ的を外すに決まっているのだアレサなんて。わたくしのように、ちょーど良い大きさの胸あってこそ、結局最後には勝つのだというところを見せちゃるわい!』


 継続か否か、再びタイマーモードを獲得するためのラストバトルが、もう何度目かも忘れるほど、またしても訪れたのだが━━勝ちパターンしか見たことがないので、毎回結局おんなじ演出を見せられることになる。


 ライバルキャラのテレサに勝利できれば継続というわけだ。


『いい加減うっざいのよ、わたしの胸がどうだって関係ないでしょ! あんたなんて食品サンプルのマカロニにしてあげるわよっ!』


 いまいち意味がわからないが、アニメキャラのセリフなのでなんとなく聞いておく。


『くらいなさい、わたしのマカロニ百パーセント、絶対外せない“直撃の魔弾”』


 ここでアレサ嬢のカットインが入る。文字の色は金色だったので、これもきっと当たると確信した粉雪。赤カットイン、あるいは期待薄な青カットインですら勝ってきていたので、この台はきっと壊れているのだろうと思う。


 が━━『きゃああああああっ!』アレサ嬢の悲鳴、立ったままのライバル・テレサ。


「え?」これは、と凝視する。「これはまさか、ついに、負けた……のか?」


 倒れてしまったアレサ嬢。そしてボタンが出現し、連打しろとのこと━━なので、連打する粉雪。しかし、必死の連打もむなしく画面は暗転し“タイマーモード終了”の文字が現れた。でろろろ~ん、と思いきり残念な音が流れる。


「お、おぉ……終わったぁ。もうこれ終わらないんじゃないかって心配してたんだけど、ちゃんと終わったなぁ。いやぁよかったよかった。ほら、ついに終わったよ、おっちゃん……おっちゃん?」横で、ずっと黙って打っていたおやじのほうを見ると、彼は薄気味の悪い笑みを浮かべて斜め上の方向をじっと見ていた。もう、台なんて見ちゃいない。回転数だけを見ている。


「ちーん」ちーん、と突然言うおやじ。そして粉雪のほうを見ると、えへっとさらに気持ち悪く笑った。そして言う「おっちゃんも、終わったよぉ~ん! うへへっ、うへえっへぇ、ぃえへへ~んふ!」


 見ると、彼の台はとっくに千回転を越えており、しかもどうやら現金が底をついたような様子。というか、無造作に開かれたままの長財布に、紙幣は見当たらなかった。有り金すべてスッたらしい。


「お嬢ちゃんんん~、ええ~ん、うへっへっへ、うへっ、嘘でぇしょおぉ~ん、いへっ、いへ二百八十連チャンなんてぇ、うひへぼぉく見ぃたこぉとなぁ~いん!」


「き、キモ~っ!」言いながら、店員の呼び出しボタンを押す粉雪。精神崩壊したおやじからは、もうレクチャーを受けることは無理だろうと判断していた。


 店員はすぐにやって来たので「やめて帰る時は、どうすれば?」と尋ねる。店員の兄ちゃんは親切丁寧にすべての玉を流し、最後にカードを取り出してくれた。一瞬鼻の穴を広げて粉雪の匂いを吸い込んだのは気になったが、まあ気にしないでおく。


「こちらをカウンターにお持ちいただいて、景品交換できます」とカードを渡された。


 いまいちわからなかったが、とにかくカウンターに持っていけばいいらしいので、案内してもらった。景品をざっと見てみたが、特に欲しいものもなさそうだったので、噂に聞く現金化を試してみることにする。カードを渡すと「すべて交換でよろしいですか?」と言われたので、うんと答える。すると、なにやら文鎮らしきものをたくさんもらうことができた。


「ん?」ずっしりと思い物を渡されるが、よくわからないので「これは?」と尋ねた。すると、交換所とやらの位置を教えられたので、今度はそこへ向かう。わりとめんどーだなと思いながら。


 交換所とやらは、店の裏口付近にあった。中に人はいるのだろうが、外からは見えないようになっている。粉雪は説明書きを読み、その通りに箱状のものに文鎮を入れると、向こうから誰かが引っ張って中に消えた。


「誰かいる!」言ってみたが、反応はなかった。「喋ってダメなのかな?」と、さらに独り言。これにも返事はなかったので、もう諦めて突っ立っていたら、消えたはずの箱が、再び目の前に押し出されてきた。しかも、中に万札が入れられた状態で、だ。


「き、きたっ! これが噂の換金ってやつなのね!」がばっと手に取ると、現金は十万円を越えていた。「こんなに貰えるものなの? は~、そりゃあ依存性にもなるかぁ」と、納得してしまう。そりゃあねぇ、遊ばせてもらった上、帰りがけにお金までくれるなんて、パチンコ屋さん大丈夫なの? といらぬ心配までしてしまう。「おっちゃんみたいに当たらない人もいるから、採算は取れてるのかな」と、札束を無造作にポッケへ突っ込む金持ち粉雪。


 無事に換金を終え店内に戻ると、おやじが事件を起こしていた。

 打っていた台の椅子の上に立って、店員に向かい「ロープもってきてください~ん! ぼぉくもぉお金なくてなぁ~んにも買えないからぁん、あのぉ、そこのところにぃロープを巻き付けて、輪っかにしてぇ、そこに首を入れてぇ、えへ~っ、落ちるのぉ~! うっふふぅ!」とか言っている。


「やーべ」と、粉雪。


「お客様、他のお客様のご迷惑になりますから……いや、ロープはありませんから、椅子から降りてくださいっ!」


「床屋さん、ダメだよ床屋さん。この程度の敗北で人生を諦めるなどとは、あまりにも早計すぎやしませんかね、ええ?」


 会長こと、回胴パチ夫氏も参加して、なんとか説得を試みようとしている様子。それでも床屋の耳には届かないようで、ずっと斜め上のあたりを見つめたまま、えへえへと笑っている。


「もう人生つまんなぁ~い、お金な~い、なにもな~い……ぼく、(彼岸へ)旅に出るぅ~ん」


 おそらく頭の回線がいくつか消滅したのだろう、なんの回線かしらないが。言葉からは本気であるということだけが伝わってくる。きっと、ロープを渡したら、ちゃんと事を成すだろうなという予感が強い。

 というわけで、粉雪はすぐに解決法を探り、あっというまに決断し、行動へと移した。


「あーもう、しょうがねーおっちゃんだなぁ」ほいっ、とポッケから無造作に取り出した札束を突き出す。「これやるから、生きろ」


 すると━━おやじの頭ががくんっと下がり、札束に焦点が合わされた。次いで、粉雪の顔を凝視する。本来の意識を取り戻したようだ。


「お、お嬢ちゃんんんんん……こんなっ、こんなウンコロ虫みてぇなオラにぃ……お、オラにぃお慈悲をおおおぉぉぉ……あんた天使だぁ、か、神様だぁぁぁ……春の陽気を纏った、とおってもいい匂いのするぅ、ぱ、パンチラの神様女神様だぁよぉぉぉ……」


「は?」ちょっと手を引っ込める。


「あっ、違うの違うのぉ……ええと、我々ゴミの山の内部を這いずり回る不健康病原体単細胞悪臭腐敗属カス融解汚泥生物に知恵と勇気と文明を与えてくださる……我々を創りし神々にも似た……我々を創りしあなた様だぁよぉ!」


「意味がわからん……」


 わからんが、とりあえず生きる気力は回復したようなので、現金を渡す。

 おやじは両手でその札束を掲げると、両の目から大粒の涙を流して吠えた。


「おおおお~んっ!」


「ほら、よかったじゃないか床屋さん! 捨てる神あれば拾う神ありだよ。なにも、短絡的に物事を、生きることを諦める必要などないのだということが証明されたわけだ。すべては時が解決する。時だけが、あらゆる物事を解決へと導くのだ。遅かれ早かれ、な。だから諦めることに意味はない。待つんだよ、その時を」


「あの、お客様いい加減降りてください……マジで」ちょっとキレそうになってきた店員が、かろうじてまだちゃんと対応している。


「はぁ……」粉雪はため息をつくと、しみじみ思った。「やっぱダメだわ、ギャンブル……なんかこういうこととか起こるし。悪いとは言い切らないけど、なんかね、良くないねぇ」


 と言い残し、もう床屋やその他の人たちはすべて忘却し、得も言われぬ疲労感だけを得てはじめてのパチンコ屋をあとにした。きっと、もう二度と来ることはないだろうなと思いながら。

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