これがわたしの帰り道
「こないだスカイウォーカーで登校したバカ者がいたじゃん、すぐ停学処分になった三年の男子」
チョコクッキーがこれでもかっ! ってくらいたくさん入っているアイス━━もはやアイスなのか冷たいチョコクッキーなのか微妙━━を食べながら、そのカスをぼろぼろ落としながら下校途中の粉雪が、おなじく限界までミルククリームを詰め込んだミルクなのかアイスなのかアイスなのかミルクなのか判別できないようなアイスを食べながら、口の端からでろりでろりとミルクをこぼしながら歩くグリーン露に向けて話しかける。
「あちきしらない」しらなかった。
「いたんだよ、そーゆーバカ者が」
あんだけダメよダメよと言われとるのに、ダメと言われるとやっちゃうバカ者って必ずいるものだし、それってもう先天的な病気とほとんど一緒くらいな生まれながらの性なのかなんなのかしらんけど、ぜったい一人はいるのってなんでなのかなー!
もちろん全員が全員同じ脳ミソで同じこと考えてるわけじゃないから、どんな考えとか衝動とかがあったのかはわかんないけどさ、見つかったら停学くらうのわかってんだからやめときゃいーのにやるってーのは、もうなんか、もうなんかなんかだよね!
「こな……うるせ」露は耳をふさいだ。けれど、粉雪はそんな露には気づきもせずに話しつづける。もはや会話ではない。ただ一人でごちゃごちゃうるせーだけだった。
「でも逆に、ぜったいダメってゆってる学校側もダメなんじゃないかって、わたし今気づいちゃったかも。そもそも我々人間はしょせんが肉の身体を持った生物だから、利器に頼りすぎて楽ばっかしてちゃダメって理屈で、スカイウォーカー使いまくって、普段から歩かなくなると筋力が衰えて結局スカイウォーカーすら履けなくなるよってことで、禁止にしとるのはわかるよ。でも、完全ダメはおかしくないか。ぜったいにダメだってしちゃうから、逆にやっちゃうバカ者が出てくるわけで、たとえば月一でもいいからスカイウォーカー登校日みたいな日を設けてさ、そーすりゃバカ者も少しは納得して、その日以外は使わなくなるかもしんないじゃない? あ、これ真実だわ。そーだそーだ。そうすりゃ今より良くなるわ。よし、さっそくママに頼んで校則変えさせよーっと」
で、実際にその翌月から月一でスカイウォーカー登校日が設けられたのだった。
ちなみにスカイウォーカーとはその名のごとく、空を歩くように浮遊できるシューズ型の飛行装置のことで「空の散歩」を実現させた、今や完全に普及したメジャーな移動手段である。が、そのスピードはかなり抑えられていて、本当に「散歩」程度の移動にしか使えないのがネックであり、安全性を高める上でもっとも重要な部分でもあった。
ぶっちゃけ、自転車で移動するほうが断然速いのである。
「あ。アイス落ちた」
半分ほど食べたところで半分溶けかけていた露のミルクアイスは残りの半分が棒から外れて落下した。
びちゃり、とアスファルトの上に着地する。
「あーあ、もったいねー……あ」
粉雪のアイスも落下した。
こちらは溶けていなかったのだが、握力がゆるんだため、丸ごと地面に落下した。
「…………チッ」舌打ちする。「昔ってさー」その流れのまま、話しをつづける粉雪。「一時期世の中の何割かの人間がさー━━あ、この国限定で━━自分よりも力や立場が弱い相手にしか強がれなかったり、あるいはもう暴力ふるったりってことが多過ぎて『ゴミ人間時代』なんて呼ばれてた時あったじゃん? まあ、わたしたち生まれてなかったけど。そん時に『自分より力や立場が上の人間に立ち向かうような気概もなしにいきがってたって仕方ないでしょ、自分の値段が安いですよーって公言してるようなものですからね』って発言して殺された俳優さんいたみたいなんだけど、で結局その人の死をきっかけにして社会が変わってって、弱者が守られるようになって、今や弱者と強者の立場が変わったなんて言われる社会になったけど、それも過ぎれば同じことで今度は弱者の中に悪いこと考えるやつが出てきたりしてさ、もうなんか、もうなんかなんかだよねって感じで、これもう人間社会の限界見えたからみんなで人間やめよーかどーしよーか、なんとかかんとか、ぺらぺらごちゃごちゃほにゃほにゃうにょにょ」
露の耳が麻痺して、粉雪の言葉を理解できなくなってしまった。
なにをしゃべっているのかわからない。ただ、粉雪の声で音が鳴っている、みたいな状態だった。
「あちき帰る」
もう帰っている途中なのだが、さらに粉雪とは別ルートに別れて、さよならした。
脇道にそれたかたちになるが、家までの距離はたいして変わらないので問題ない。
むしろ問題なのは粉雪がまったく気づいていなかったことで、露が離れたあともなにやらごちゃごちゃしゃべりながら一人でまっすぐ歩いていく。
「こな……やべー奴」露は呟いて、下を向きながら歩いた。
蹴りやすそうな石があったので、それを蹴る。うまいこと真っ直ぐ飛んだので、もうワンプレイは確定した。これを繰り返し、家まで到達するのが目標だが、今まで成功したためしはない。だいたい草むらや側溝に落ちてゲームオーバーとなる。難易度はあまりにも高い。
「あ、死亡した」蹴った石はあっけなく側溝へと落下して、回収不可能となった。
そのタイミングで、露のケータイが着信をしらせる。着信音は『えろえろえろえろえろろー』という、リアル嘔吐風の作られた音であるが、本物じゃないからいいというものでもない。
聞く人が聞けば、訴えられてもおかしくないようなゲロキモ(嘔吐だけに)音であり、露もまたヤバい人間に他ならなかった。
「もちもち」言ってから通話ボタンを押す。順番は逆だ。
『あ、おつゆちゃん? 初━━粉雪ママですけどー、今だいじょびですか?』
電話をかけてよこしたのは、今しがたグッバイしたばかりの粉雪の母親からだった。もしかして粉雪とグッバイしたから、それでクレームでもあるのかもしれない、と考える。が、もちろんそんなわけはなかった。
「だいじょびです。なんですか」
『おつゆちゃんさ、前にみんなでおにぎり山行った時あったじゃん?』
前に、というほど昔の話でもなかったので、露はすぐに思い出した。
「あった」
『アスレチックで遊んだでしょ。でさ、池を樽に乗って渡るやつあったじゃん』
「あった……あ、あちき戻ったやつ」
『そうそう、それそれ。おつゆちゃん、途中まで行くと戻されてたやつ。あれ、どうしてだったと思う?』
なんて訊かれたところで、もちろんわかるわけがない。だからこそ、深く考えるのをやめて、今日まで生きてきたのだから。
「わかんない。あちき、わかんない」
『どうしてだったか、しりたいっしょ?』
「うん」もちろん、原因がわかっているのなら教えてほしかった。なにしろ、そのせいで池を樽に乗って渡るという行為がトラウマと化していたのだから。といっても、おにぎり山のアスレチック以外では、そんな機会も一切無いが。
『あれねー、実は肉眼でこそ見えないんだけれど、いたずら妖精━━というか小さな悪魔というか、まあ、とにかく魔界の住人がおつゆちゃんにいたずら仕掛けてただけなのよー。カメラに録画された映像だと、はっきり映ってるんだけど、その場の人間にはまったく見えないのよね』
「……魔界の」露は納得した。そして原因がわかったことが、とても嬉しかった。少なくともあれは、露のせいではなかった。見えない何者かがやっていたことだったのだ。
『ごめんねー、魔界のやつらって、やっぱし基本的には悪さしようとするからさー。今度なんか対策しとくから、今回のことは仕方ないと思ってくれると、助かるよー』
「わかった、だいじょび。あちき、仕方ないと思ったから」
『さすがおつゆちゃん、ありがとねー。ところで粉雪いる?』
「あ、いない……」いなかった。
『あー、もう別れたあとだった? ほんじゃそろそろ帰って来るか……それじゃあそゆことで、またねおつゆちゃん』
「う、うんこ。おまたー」ひどい挨拶もあったものだ。
そして、粉雪の母が勝手に話を進めてくれたので助かったが、本来別れるはずの路地より先に別れていたという事実に、露は少しだけ申し訳ないなと思ってしまう。
「でも、こな、うるさかったから……」そう呟いて、また再び歩き出した。
★★★★★
「ほんで結局人間様の領地拡大で野生動物様の住み処は年々失われ、どころか家畜やワンニャン以外は順番に絶滅してってもうほとんどの種がいなくなって慌てて保護だのなんだのやったって遅いし意味ないし、こんだけやっちゃってきたらもう将来的に人間様も絶滅しなくちゃおかしいという話になってくるわけで、どうやら予測では近い将来その時がくるとかこないとか……はじまったものはいつか必ず終わるわけだし、それは仕方ないことだよねぶちょ……おにょ? あれ? 部長? いねーし!」
いつものお別れ交差点まできたところで、ようやく粉雪は露がいなくなっていることに気がついた。が、彼女がいつ、どの時点でいなくなっていたのかは、まったくわからない。
気がついたら、すでに消えていた。
「……ま、いいか」明日も会うし、と、粉雪は気にせず歩き出す。
その前方で、電柱に頭を打ち付けているおじさんがいたので、さすがに立ち止まった。
「なんでオラは! なんでオラはっこんなんっなんだっ! つぐしょう! つぐしょう!」
激しく打ち付けているようで、その実絶妙に加減して、額が電柱に触れるくらいに調整されているので、別に流血とかはしていないのだが……とりあえず粉雪は話しかけてみる。
「おっちゃん、どうしたの?」
「お……オラぁ、オラぁ、まぁだパツンコでスッちまったんだぁぁぁ! 生活保護もらってんのぬよぉ、金ぇ、パツンコでスッちまったんだぁぁぁ!」
どうしようもないバカ者だった。よく見ると、母親に注意すべき人物として教えられていた男に思える。なんだったか、服屋だか肉屋だか……そのような、商売人の息子だったはずだ。
生活保護と言っていたが、まだ、見た目に反して年若く、働き盛りの年齢なのだ。
あとで調べたところ、同年代と比較して極端に疲れやすく体力・持久力がなく、また、やる気もなく性欲が強いという理由で労働を拒否し、わずかばかりの生活費を受け取って暮らしているらしい。
この町では、そんなゴミ人間にもちゃんと生活保護金が渡されるのだが、もちろん微々たるものでしかなく、必要最低限の生活費がまかなえるに過ぎない。結局、人並みに暮らすには働くしかないのだ。それを気づかせるため、あえて小銭を渡すようなやり方をしているというわけだった。
で、当然ながらそんな人間にパチンコを楽しむ余裕などあろうはずもないのだが……。
「なんでだよー、生活保護のお金って、ちょっぴしじゃんか。パチンコなんて、ろくにできやしないっしょ?」
「んでもよー、行っちゃうんだよねぇーっ!」
「依存患者め」吐き捨てる。
「ちょこーっとよぉ、回転数チェックするつもりでよぉ、行くとよぉ、気づいたらオラ、うっちまってんだよぉぉぉっ!」
「依存患者め……なんなんだよその『回転数チェックする』っての。あれ、確率のやつだろ確か。別に何回転だろうが関係ないはず。なんの、なにをチェックしたつもりになってんだよ……頭……脳ミソあるの?」あからさまに見下して発言した。
「わがんね、わがんねーよオラぁ! ただよぉ、いつかは絶対当たるんだよぉ」
「だから、それが依存の要因にもなってて、バカ者がハマる理由の一つで……」
「百回転台が一番熱くてよぉ、次に狙うのは二百回転台、それもなければ百回転までの早い当たりを狙って……ミドルスペック以上なら、四百回転台もひとつの狙い目で━━」
「キリがねーな……てか、それ言ったらぜんぶ狙い目じゃねーか……脳ミソもパチンコ玉か?」バカにする。
「んでもよー、当たる時は当たるのよぉ!」
当たり前のことを言った。
「はぁ、なんかさー、他にやることないわけー? というかだよ、逆の発想で、他になんかものすごく楽しいことを見出だせばパチンコなんて二の次にできるじゃん。なんかないの、パチンコ以外の趣味」
「アヌメ観賞だす!」
「アヌメ……それはもしや、アニメーション?」
「んだ、アヌメーソンだ!」
フリーメーソンみたいに言った。が、この程度の訛りは、まだこの地域には根強く残っている。何十年と時が経っても、なぜか受け継ぐ人間はいなくならなかった。親や、遺伝的な要因もあるのだろうが……。粉雪は訛っていなかったが、親の教育のたまもので、どんなにひどい訛りでも余裕で聞き取る能力があるのだった。
「じゃあもう、お金ないんだから家で黙ってアニメ見てればいいじゃん。そのほうがよっぽどいいよ」
「いや、それは見でんだけどよ……便器絶叫シンフォニア見てたらよ、便器絶叫シンフォニアのパツンコうちたくなって、気づいたらもうゲロマル(パチンコ屋の名前)に向かってたんだわよ」
「終わったな……こりゃ無理だ。そんなにおもしろいもんかな、たかが銀玉入れっこの、毎回抽選演出演出……」業界から叩かれそうなセリフだが、業界とは関係ない庶民同士の会話なので問題ない。「でも、試しに一回だけやってみるかなぁ」ふと思いつき、粉雪が呟くと……。
「おっ、お嬢ちゃんもやってみっかパツンコ! オラがおすえっぞ! やっぺしよ! やっぺやっぺしやっぺっぺー!」
「おおお、依存患者のテンションが……」
人間、好きなものの話になると、テンションは上がる。この場合、好きなものの話は最初からしていたのでそれには当てはまらず、粉雪が興味を示したことに対するテンション爆上がりだったが、もちろんそんなことはどうでもいい。まったく全然、どうでもいい。この世界に、なにを刻み込むものでもない。無だ。まったくの無と言っていい。おっさんのテンションが上がったという事実には、その程度の意味しかないのである! いや、その程度の意味すらないのである! テンションが上がったのに、この世にとっては意味などまったくないのである!
「まあいいか、なんでも試してみろって、ママも言ってたしな……」
というわけで、次回まさかのパチンコ編が決定した。
なので次回予告演出が入る。
次回『粉雪、激アツ、おやじ死す!?』
次回もセルフサービスぅ!