かくれんぼをしながらでもサッカーはできる
「きゅひゃくきゅじゅきゅぅぅぅ……せーん」うへあぁ、やっと数えたばい。どげんかせんとなるまい、などとぶつくさ言いながら部室を出る粉雪。もちろん見える範囲に部員たちの姿はない。
そのかわり軽音部の部室に入る寸前の寧ちゃんを見つけたので「部長たち見なかったー?」とダメ元で声をかけてみる。使えるものは使う、というのも鬼側の技術なのだ。わずかな情報でも積もり積もれば決定的なヒントにもなり得る。みたいなことを露と話したこともある。そんな頭よさそうな会話ではなかったかもしれないが。
「見たよー」
思いがけず見たらしい寧ちゃん。訊いてみるもんだなぁと、粉雪は思った。
「ヒントをおくれ」
「部長さんが理科室に入って行くのは見たよ」と、決定的なヒントを告げる寧。
「うしっ、ナイスですぅ寧ちゃん。愛してまーす!」
「こなゆきちゃん、わたしもでーす!」
二人して投げキッスをやり合いながら、そのまま最後は手を振って別れる。粉雪は真っ直ぐに理科室を目指した。まずは露だ。
「にょほほ、部長もまだまだ甘いのぉ。入る寸前までは辺りをきょろきょろきょろっぴしてたのかもしんないけど、結局寧ちゃんに見られちゃったらおしまいなのよぉ」にょほほほほと気持ち悪い笑い声をもらしながら、理科室に到着した粉雪。音を立てることなく扉を開けると、身体を中に滑り込ませる。足音にも細心の注意を払い、ほぼ無音で侵入することに成功する。なんとなくだけど、窓際の近くに気配を感じる。そのまま各種の実験などにも使用される理科室の机は一つ一つがかなり大きくて、その分机の下にも広いスペースが空いている。かと思いきやそのスペースには木製の角椅子が収納されているのでほとんど隙間はなく、さらに言えば棚として使えるように板が渡してあるので、その下に隠れるとしても天井はかなり低くなってしまう。隠れ場所としては、意外に条件の良くない物件と言えよう。
「でも」あのちっこい人間であれば、隠れることは可能だ。
そう決めつけて目を凝らすと……やはり、しゃがんだ露の姿が見える。椅子をずらして確保したわずかなスペースにハマっていた。
(やるな部長……だが、丸見えだ!)
そぉーっと近づいていって、がばっと覗き込み「わっ!」と脅かしてみた。
「ひょん!」
「お?」
露は声にもならない「ひょん」という鋭い音を立てて、日中のにゃんこみたいな目になったまま逝ってしまった。いや、もちろん逝ってしまってはいないけど、まったく動かない。逝ってしまってはいないと思うのだけれど、あれ、これって逝ってしまったのじゃないかしら? と、不安になる粉雪。
「ぶぶ部長……だいじょびですかぁ?」部長、部長ぉ、と、しつこく続ける。肩を揺らし頭を揺らししていると、露の目が元に戻った。
「こな、揺するな」
「あーよかったー、部長うっかり逝っちゃったのかもと思って心配したんだよぅ。明るい時のにゃんこ目になってたから、死んでもうたと勘違いして埋葬or火葬する可能性も1パーセント以上あったんだから。という無駄話はどうでもいいから、次行くよ次」次はエイミーちゃんと姫ちゃんの、どっちかな? とか言いながら、露を引っ張って次に向かった。
「エイミーちゃんはどこかなぁ。初隠れだから、まあ、いくらエイミーちゃんでもそんなにうまいことうまく隠れられるとは思えないけど……部長、どこか心当たりは?」
「ない。あっても言わないよ?」当然だった。鬼に、まだ見つかっていない他の仲間の居場所を教えるなど言語道断。それは裏切り行為であり、基本にあるルールを違反することに他ならない。そこはさすがにわかっていた。
「あれ? ってゆーかさ、エイミーちゃん初めてなのに教えたりしないで隠れたの?」
「エイミーでっかいから、もももでっかいから、別々に隠れることにした」露はしれっと答えた。
「あー、そう……まあいいや、とりあえず見て回るか……いろんな教室を」
その言葉通り、いろんな教室を探して歩いたのだが、エイミーも桃姫の姿もなく。
視聴覚室からはいやらしい女性のあえぎ声のような音が漏れ聞こえていたので、入室を拒否した。
露いわく、いっつもエロDVDを見ている三人組がいるらしいのだが、粉雪は興味がなかったし関わりたくないし確かめたいとも思わなかった。
学校中の生徒を把握しなさい、という母の教えには反するものだが、そもそも母親と違って粉雪は全生徒を完璧に把握できるほどの頭がなかったし、死ぬ気で覚えようとかいう気概もない。知っている人は知っているし、知らない人はよく知らない。エロDVD観賞が趣味の男子生徒には関わりたくないし、話したくない。嫌なものは嫌なのだった。
「あー、めっかんねーなぁ。姫ちゃんもなんか最近うまくなってきちょるしよぉ……部長だけかよ、イージーなのは」
「こな……あちきをバカにしてるぅ」
「え、あ、してないしてない。今日だけの話だにょ。実際はじめにめっかったんだから、文句言わんといてよ」
「ぬぅ」露は黙った。
見つかってしまった露は、かくれんぼ部のルール上は部室へ戻り待機していて構わないのだが、なんか一緒になって探していた。いつの間にか探す側に回っている。「あの辺は?」とか言っている。裏切り行為であり、基本的なルール違反だ。
「いねー。エイミーちゃんは背が高めだから、物陰にいるとしても座りってことになるか。てゆーか、看板のうしろにいたら足見えるやん」
「足浮いてるかも」
「どうやって……浮いてたとしても収まんないよ部長。絶対にあの看板よりエイミーちゃんのほうが大きいから。もし浮いて隠れてる人がいたとしても、それは部長だにょ」
「え、あちき浮かないよ?」
「そのうち浮きそうだな……身体も脳も軽いから」
「こな……あちきをバカにしてるぅ」
「え、あ、してないしてない。軽いってことは軽量化がはかられてるってことで、いいことだから。重いより軽いほうがいいじゃん? データだって重いとダメでしょ? 通信速度が遅くなるし。逆に軽いと速いし。そんな感じ」
「あちき遅いよ?」走る速度の話だ。
そんな無駄話をしながら、とうとう校庭まで来てしまった。職員室にもいなかったし、体育館でも収穫なし。校舎の中はあらかた捜索したのだが、まだ残る二人は探せていない。
「思いの外、長丁場になってもうた……部長が早かっただけに、こりゃ楽勝だなって思ってた自分が恥ずかしい。完全に想定外でした」
「みんな部活してる」露が野球部やサッカー部、その他グラウンドにいる生徒たちを見て言った。
「いや、うちらも部活中なんですけど。部長、今なにやってると思ってたの」
「そうだった。あちきも部活してた。もう帰る感じだった」
「もう、しょーがねー部長だなぁ……まあ、運動部みたいな運動はないから、部活やってる感が乏しいのは認めざるおええ? なんかサッカー部やたら盛り上がってない? 線審やってる先生も、マネージャーたちもライン際ではしゃいじゃって……マジの試合でもないのに……って、なんか見たことあるお姿がっ!」
攻守が入れ替わり、粉雪たちに近いほうのサイドへ人が流れて来る。その中に、どう見ても女子生徒が━━しかも超絶かわいい━━いるのを発見し、すぐにそれが夢原エイミーであると認識する。いつの間にかジャージ姿に変わっていた。
「えーっ!」なにがなんだかわからずに、とりあえず叫ぶ粉雪。「なんかサッカーやってるぅ」
「エロイミーめっけた」
「部長、“ろ”が余計だよ?」
「余計じゃない。エイミー、エロい身体だから」
「うわぁ……否定はしないが、言うね~。いやそれどころじゃなくて、なんでサッカーしてんのさ! かくれんぼは? 見つけたけど、声すらかけられないって……」
粉雪は諦めて「とりあえず見とくか」と、その場に座り込んだ。露も隣に座る。正座で。
中央でボールを保持していたサッカー部の男子生徒が右サイドでフリーになったエイミーにパスを通した。
パスを出した生徒は、エイミーとのワンツーを狙ってディフェンスの背後へ抜け出していたが、タイミングが早すぎたので、もしエイミーがボールを戻していたら確実にオフサイドを取られていたはずだ。しかし、エイミーはそれを見極め、パスを出さなかった。
もう一人のフォワードがファーサイドでフリーになろうとして、相手側のディフェンスを一人引き寄せたことで生まれたスペース。エイミーはそこを見逃さず、素早いドリブルで中へと切り込んだ。
パスやクロスだけを警戒していたディフェンスラインは不意を突かれ、一瞬対処が遅れる。
寄せきられる前に左足を振り抜いたエイミーのミドルシュートが、キーパーの手の届かないゴール左隅に吸い込まれた。
明らかに女子中学生が放てる威力のシュートではなく、どっからどう見ても男子サッカーの、しかもワールドクラスなスピードとコースだった。
女子マネージャーたちが奇声を上げている。と思ったら線審をやっていたサッカー部の顧問の声も混じっていた。高い声なので、マネージャーのそれと区別をするのが難しい。
主審を任されているのは、元プロサッカー選手の(とは言え、現役時代はずっと二部リーグの選手だった)畑中という男性で、家が近いという理由だけで部活のコーチをやっている人だ。
その畑中さんが、笛を吹くのも忘れてアホみたいに突っ立っていた。
「まあ、そうなるわなぁ……なにあのシュート、エイミーちゃんのエロい足って、そんなに筋肉ある感じじゃなかったよねぇ……。どうなってんのよ。なんかすごいチート的な感じがとんでもないんだけど。今の見る限り、おにゃのこジャパンでも確実にエースでしょ」
「エロシュート決めたエロエース。エロース……エロス」露は自分の言葉に自分で頷き自分の中で納得して満足した。
ハーフタイムだか試合終了だかで休憩になったタイミングでエイミーがこちらを見たので粉雪は手招きで呼び寄せた。
「エイミーちゃん、なにしとるんよ。かくれんぼ部やめたくなった……わけでもなさそうだけど、してたじゃん、かくれんぼ、今!」
「ごめんなさいコナユキ、サッカー部が活動していたからダメ元でエイミーも入れてくれるかお尋ねしたら、入れてもらえたデス。なので変則的ですが、サッカー部の紅白戦に混じることによる『隠れ』を実践していました。まさにこれ一石二鳥。サッカーとかくれんぼを両立させることに成功しました」
「た、確かに! 人を隠すなら人の中的な理屈で好きなことを好き放題やるなんて、さすがエイミーちゃん。規格外すぎる!」粉雪はそのポテンシャルに驚き、認めざるを得なかった。
ただ、簡単に見つけられたけど。
「それは誤算ですねー。エイミーは目立ちすぎました。そこは反省するべきところです」
「うむ、まあそこはいくらエイミーちゃんとて初隠れだからねぇ。アイデアはよかったんだけど、ぶっちゃけ隠れてないからね。わたしレベルになると、さすがに見逃さないから」
というわけでようやくエイミーの捕獲に成功したのだが、しばらくサッカー観戦していたのでだいぶ時間がかかってしまった。
いつもなら、もうとっくに帰宅している時間なのだが、すでに運動部と同じような活動時間が経過していた。
「やべぇ、はやいとこ姫ちゃんめっけないと、時間切れになってまう」粉雪は焦った。最終的にはすべての部活動を終えて帰宅しなくてはいけない時間がタイムリミットになるのだが、もう間近に迫っている。
露とエイミーを連れて校舎に戻ろうとしたところで、そぉーっと植え込みの陰に隠れようとした桃姫を見つけてしまった。
「あっ! なんかいたしっ!」
探すまでもなく、向こうから姿を現すとは。いわゆるイージーミスの類いかもしれないが、とりあえず桃姫に近づいて「姫ちゃんめっけ」と宣言する。これで捕獲成功だ。
「ごめんなさい~」桃姫は泣きそうな声であやまった。
理由を問い質すと、こういうことだった。
当初、屋上に隠れていた桃姫はそこから校庭の様子を眺めていた。するとエイミーがサッカー部の練習に混じってサッカーをはじめ、それから粉雪と露が現れた。二人はどうやらエイミーのサッカーを見ていて、かくれんぼを忘れているように見えた。心細くなった桃姫は屋上を出ると階下に向かい、二人の後方で一緒になってサッカー部を見ていた。
で、今に至るというわけだ。
「いやぁ、こちらこそごめんなさい~。わたしもかくれんぼ忘れてたわけじゃないんだけどさ、エイミーちゃん見つけたけど状況的に捕獲不可能だったから、とりあえず試合終わるの待ってたってだけだから。あれだね、なんか今日の部活はグダグダんなっちゃったね……」
「ごめんなさい、それもすべてエイミーの責任デス。次から気を付けます」エイミーは頭を下げた。
サッカー部の関係者一同がエイミーの背後に並んでいて、声をかけるタイミングをうかがっているので、粉雪は急にマネージャーの立場になり仲介役としてしゃしゃり出た。
迷惑がられたが、クソくらえとはね除けながら。