新にゅう部員 Part2
「えっ、部長おっけー出したの?」
「うん。あちき、フリキュア」ついにフリキュアと、かなりのどや顔だ。
部室の中央で、それはもうキスする体勢だよねとしか思えないくらいの近距離で会話している、いつもの光景。そこに遅れて桃姫がやってきた。クラスが違うので、その時々でどちらが早いか遅いかはバラバラなのだ。
遅れてやってきた桃姫は、一人ではなかった。もう一人、誰かを連れている。
「あのぅ、なんかすごい人が……」という桃姫には見向きもしないで、会話に夢中な粉雪と露。
「とうとうフリキュアになる日がきた。あちきの運命だった。生まれた時から決まってた」
「なんと、生まれた時から……しかし部長、想像しただけでも部長のクソ演技が想像でき過ぎてしまって、想像を絶する地獄になりそうな気がするし、部長だけじゃなくてわたしにも当てはまるってのがまた想像しただけで地獄……」
「……あちき、天国がいい」
「あちきだってそうだよ……」露の真似をして、粉雪が言った。
「あの……粉雪ちゃぁん……」桃姫ががんばって呼びかけつづける。
その甲斐あってか、ようやく粉雪が桃姫の存在に気がついた。
「あれ、姫ちゃん。はよ入ってこられい……んにょ?」桃姫のうしろに人影を発見する。「うしろに誰かいるよ?」
「うん、なんか声をかけられて……かくれんぼ部に興味があるって言われて……」
桃姫が入室すると、そのうしろの死角に立っていた人物もするりと滑り込むようにして入室してきた。
軽やかな身のこなしに、揺れる美しき長髪。狭い部室に花園のような香りが広がり、露の鼻がひくひくと動いた。
「コンニチワ、エイミーでーす」今日も今日とて男女問わず、どころか先生方にも大人気な夢原エイミーその人だった。「粉雪サーン、エイミーもかくれんぼ部に入れてクダサーイ!」
「おほおっ! うそ、マジんこで?」思わぬ展開に立ち上がる粉雪。急に立ったからヒザがごぎんっと鳴って「なっふ!」と言い転倒した。左ヒザを痛めて、しばらく転げまわる。
「粉雪ちゃん、大丈夫!」
桃姫がしゃがみこんで手をさしのべる。露は完全に無視したうえ、エイミーに敵意の眼差しを向けた。
「決めるの……あちきだから。あちきが部長だから、部長が決めるから」
かなりの身長差があるのだが、臆せず見上げる露。エイミーの胸が邪魔でいまいち顔が見えないのだが、がんばって睨んでいる。
「あ、スミマセンでーす。部長様、夢原エイミーをかくれんぼ部に入れてほしいのです。わたしも生徒である以上、なにか部活動には所属しなくてはなりません。そこで、なにがいーかなー、って考えまして、女子サッカー部がありませんでしたから、かえって好奇心のままに選択できる状況を得ました。そこでエイミーは、寿々木粉雪さんも所属されている、この『かくれんぼ部』に興味津々なのです」
「………………」
あれほど部員を増やしたいという欲求のあった露が素直に喜ばない。その理由は単純だった。実際にはどうであろうと、見た感じ日本人離れした超絶美少女という共通点(あくまでも露の個人的な考えであり、身長差などの違いも考慮されていない。バストサイズに至っては、意識して除外していた)のあるエイミーに対して、ほとんど本能的にライバル意識を燃やしていただけのことだった。
勝負にならないどころか、マッチメイク不可能な感じの二人だったが。露としては学校のマスコットガール的な自分の地位を脅かす存在として、夢原エイミーを心の底から恐れている部分があったのだ。
「エイミーちゃん、女子サッカー部があったらそっち入ってたってこと? なに、サッカー好きなの? わたしのママは好きだよ」
いつの間にか立ち直っていた粉雪が参加してきた。露があからさまに安堵の表情に変わる。
「好きなことは好きです。でも、それ以上の理由がありまして━━エイミーはもう、将来的におにゃのこジャパンに入ることが決まっているんです。これはハツユキの意向でもあるんですよ。彼女を通して、契約も済んでいまっす」
「えーっ!」粉雪に衝撃が走る。「おにゃのこジャパンってつまり、女子サッカーの日本代表ってことだよね!」
女子サッカーの日本代表、通称おにゃのこジャパンはサッカー大好きなおにゃのこたちにとっては憧れのチームだ。アイドルさながらの容姿を持った実力者などが増えるに従い、今や男子サッカーとまったく同等の人気がある、国を背負って立つスーパーヒロインたちの代表チーム。
まだ中学生なのに、代表入りが決まっているなんてことは、とんでもない話なのだ。
「エイミーちゃんってサッカーやってたの?」
「やってないデース。というかまだ生まれて間もないので、ほとんどなんの経験もありませんよ?」
「生まれて間もないの?」
「ないです。中学生として中学校に通うことになりましたが、実はまだ一歳です」
「いっさい!」
「あかごベイビー……なのに、あちきより全部おっきい……」ショックを受ける露。
「わたし、頭が痛くなってます」桃姫が報告する。が、無視された。
「正式に一歳です。学年は一緒ですけど、ずっと年齢は下なので、そんなエイミーをかわいがってやってください。人生の先輩方」
そんなことを言われても、誰もエイミーを一歳に見られる人物などいようはずもなく。
そんなエロい身体した赤子がいてたまるかよっ、と、粉雪は言いたくて仕方なかったが言わなかった。代わりに別の疑問を口にする。
「サッカーやったこともないのに代表入るの決まってるって、それダイジョブなの? まさかママの悪ふざけってだけだったら、わたし、今からでも取り消させるよ」
自分の母親が、わりとおふざけが過ぎる質の人間であることは、娘の粉雪が一番理解している。なんでもできる人間だからこそ節度を持ってもらいたいところなのだが、どうにも性格的に我慢できなくなるところがあるらしく、時々バカみたいなことをやらかしたりしているという実績があった。なのでエイミーの話にしても、そのような悪ふざけの一つではないのかと疑ったのだ。
が、エイミーの返答は否だった。
「ダイジョブです。やったことはないですけど、エイミーならやれるので問題ナッシングなのです」
「やれちゃうのか……そうね、それならダイジョブだね」
きっぱり断言されたので、粉雪は無理矢理にでも自分を納得させた。悪ふざけをするとはいえ、悪ふざけだとしても自分には到底かなわないレベルでそれを行う母親のやったことだ。つまりは最初から、母が関係していた時点で自分の負けは決まっていたようなものだった。と、粉雪は諦めとともに思う。
「で?」
「で?」粉雪の疑問符をそのまま返すエイミー。
「でで??」足して倍になった疑問符をまた返し「遊びに来たんだっけ?」と質問する粉夢。
「違いますよー、なにをおっしゃるコナユキー。ワラワラデース、と真顔で言うエイミー。そのこころは? たった今言ったばかりじゃありませんかー。エイミーは入部希望で来たのですよー。入部希望者ですよー」
スカートのポッケに折り畳んでしまっていた紙を取り出し、粉雪に差し出すエイミー。粉雪は受け取ると、それを広げてみた。入部届と書かれている。記憶に新しい、自分も書いた覚えのある書類だ。
「おー、本物だぁ。マジで入っちゃうの?」
「そうデース!」
「こんなクソ陰キャ日陰クラブに、こんなサンセットビーチグラマラスなエイミーちゃんが?
おにゃのこジャパンに入ることが決まっているエイミーちゃんが? かくれんぼするぅ?」
「こな……悪し様に言うな」露が文句を垂れた。
「日陰クラブ……」桃姫がうなだれる。
「そうです。クソ陰キャ日陰クラブに入りたいのデース。これはエイミーの口から言ってもいいよとハツユキの許可があるので話しますが、すでにハツユキによって日本かくれんぼ協会が設立されています。これが主催する全国大会がいずれ開かれることになりますし、近く全国の中高にもかくれんぼ部が増えることでしょう。学生たちの新しいスポーツとして急速に普及するはずです。今はまだクソ陰キャ日陰クラブですが、いずれメジャーなものになりますよ」
エイミーの説明は、誰もすぐには飲み込めなかった。自分たちが半ば趣味でやっているような自称部活動が全国に普及するなどと考えたことはない。そもそも部活動としてやる必要のない、本来ただの遊びである。それをいい歳して本気になってやることを良しとする人間は少ないのではないか。そう思えてならない。が、同時に母親が関わるのであれば、おそらく流行るんじゃないかなという希望も粉雪にはあった。それはほぼ確信に近いほどに。
「ママには聞いてない、ってか、よくよく考えたら聞いてないことのほうが多い気がする。いや、気がするじゃないな、事実だな……フリキュアの声優だってそうだし……なんかちょっと腹立ってきた?」自分自身に問いかけるが、答えはわからない。苛立ちは確かにありそうだが、だからと言って母親に文句を言おうとも思えない。これもわたしの運命なのか、みたいな考えがよぎっただけだった。
「フリキュアはエイミーも出るです」と、エイミー。これも粉雪には初耳で、驚きも大きい。
「なぬっ、エイミーちゃんも出るの?」
「エイミーは超幻夢ガムシャラ次元王の娘のムテッポ姫役になってます。コナユキとオツユとは敵になりマース」さきほどは部長様とか粉雪さんとか言っていたはずのエイミーだが、すでに呼び捨てになっているし露はオツユと呼ばれているが二人とも気づいていない。
「敵おっぱい……あちきが倒す」
下からエイミーの胸を睨み付ける露。胸が大きめなので、やはり顔はよく見えない。
「エイミーも負けませんよ。フリキュアが何人束になってかかってきても、ガムシャラ超時空の中ではガンバッペ・エナジーも本来の輝きを保つことは難しいんです。だから我々ガムシャラ超幻夢帝国が有利となります━━という設定デース」
映画の設定を語ったらしい。粉雪と露はまだ知らなかったので、勉強になった。
「来週からだったよね、収録。一応台本はもらったけどさ、なんか、アドリブ多くない?」特に部長のやつ、と粉雪。
グリーン露が担当する劇場版のみの新キャラ(粉雪とエイミーのキャラも、それは一緒だが)緑ヶ丘草里と、その変身後の姿となるキュアゾウリムシ。もちろん決められたセリフが台本には書かれているのだが、そうではなく「(相手に文句を言う)」とか「(なんとなく思いついたことを言う)」みたいなアドリブのセリフも多く存在した。おそらく粉雪の母が考えたことではあるだろうが、それにしてもいい加減すぎると娘には思えて仕方ない。
「そこがハツユキの狙いデース。オツユの良さをわかっているからこそできる、いい加減な仕事デース!」
「いや、言っちゃってるぅ……いい加減って」
「あちき、バカにされてる?」露がエイミーを睨むけど、やっぱり胸しか見えない。ちょっと真下すぎる。近すぎる。
なんでそんな近いのかというと、間近でエイミーのものすごくいい匂いを嗅いでいるというだけの話だった。ずっと、クンカクンカとやっている。ほとんど股間を嗅いでいるように見えなくもないが、誰も言及しない。
「エイミーはバカになんてしません。誰もバカじゃありません。バカは存在しません。でも同時に、人間はみんなバカー。エイミーママの世界を基準に考えると、地球の人間で本当に頭のいい人間なんて歴史上ただの一人も存在していませーん」
「おお……極論すぎるぅ。でもほら、IQ何百とか何千とか? そーゆー人たちは頭いいっしょ?」
「バカー」IQ何千は、それこそエイミーママの世界の人たちデース。と、エイミー。
「なんなんだその世界。あとエイミーちゃん、部長どころか人類すべてをバカにしてるし……ってか、なにこの会話?」話を戻そうと言って、続ける。「で、エイミーちゃんの入部はもちろんオッケーなんだよね、部長?」まあ、最悪部長関係ないしね。顧問に言えば。と締めくくる。
「むうう……あちきをバカにしていないなら、まあ、許すぅ……?」
「許せぇ」
「許すぅ」
というわけで、露の許可もおりた。なんにしろ顧問に提出すれば通るのだが、そこはエイミーも人間関係を優先した結果だろう。と、粉雪は勝手に想像する。
「よろしくお願いいたします、部長様」
その場で腰を折ってお辞儀したエイミーだったが、そのせいで真下にいた露がおっぱいに押し潰されるかたちになり「むんに」とか言って少し縮んだ。
「じゃあさっそく今日の部活やろっかー。エイミーちゃんもやってくでしょでしょ?」
「やってくデスデス。もうエイミーもかくれんぼ部の一員ですので、断る理由はナッシング」
モモヒメもよろしくお願いいたします、と丁寧に頭を下げると、挨拶は終了。少し縮んだ様子の露が仕切り、初心者のエイミーに露と桃姫のサポートが入り、本日の鬼は粉雪となった。順番的にも、元々その予定だったから問題ない。
「ちぇー、わたしもエイミーちゃんと隠れたかったなぁー。ま、いっか。明日でも明後日でも、すぐに機会はあるからね」
「じゃあこな、カウントは千年」千ね、の間違いである。
「うわまたかよ、千って疲れるんだよ。部長ぜったい数えてないでしょ? 数えてないというか、数えられてないでしょ?」
図星だったが、露は黙って無視した。このやろー、という粉雪の声を背に、エイミーと桃姫を連れて部室を出る。かくれんぼはもう始まっていた。