ハイパーコズミックヒューマン七次元七乗倍鶴亀光線
美少女過ぎて混沌を巻き起こした夢原エイミーは、放課後になるとクラス内外の女子生徒からそれぞれの部活への勧誘を受けまくっていた。
寿々木粉雪としても、自らが所属するかくれんぼ部へ勧誘したいという気持ちはあったが、なんとなく言わないことにして、生徒がひしめく教室からの脱出をはかった。
ちなみに男子生徒はあまりの美貌に気後れして、まともに話しかけることすらできずにいた。
粉雪が部室の扉を開けると、すでに部長の露とおっぱい部員の桃姫が揃っている。
「こな……めちゃんこ美人きたって、ほんと?」
露が“河童の海老スナック”を食べながら訊いてきた。しかもエキスが二倍入っているという濃い味バージョンだ。
「ほんとほんと。めちゃんこ美人過ぎてなんだかもう、わたし、なんなのって感じ」
「こなは、こな」
「姫ちゃんはお胸で勝るからいいものの、わたしなんて……わたしなんて……あっ」と、なにかに気づいた粉雪「わが校でただ一人だった白人系ハーフである部長の存在意義が薄れたのではないか! いや待てよ、エイミーちゃんは外人っぽいだけで外人でなし、言うなれば宇宙人ハーフだから、ギリギリセーフ? いやいや待て待て、ハーフだろうがなかろうが、ちっこくてかわいいだけが取り柄の部長の取り柄が魅力を失ったのでは、もはや部長の人気は地に落ちたようなものではないのかっ! だってエイミーちゃんは(背が)でっかくて(胸も)でっかくてなおかつ部長よりかわいいから、やっぱり部長の意味はもうなくなっているのかも!」
「あちき……意味なし…………」露が泣きそうになった。
なので、桃姫がすかさずフォローする。
「意味はあります、大丈夫です! 部長さんはその、あの、小さいままだから、ええと、大きい人は小さくはなれませんから!」
「そうだよ部長、部長はまだこれから大きくなれるかもしれないけど、もう大きい人は部長みたいにちいちゃくてかわいい物体には戻れないのだから!」
「あちき、物体X」
そんなこんなで部活がスタートして、部活が終わった。
ちなみにこの日は粉雪が鬼を担当して、男性教員用トイレの個室に潜んでいた露と、図書室の奥に位置する本棚の裏側に大きな胸を潰してまで隠れていた桃姫を、およそ三十分の時間で見つけてフィニッシュした。
一躍時の人みたいになった夢原エイミーはすでに下校したらしく、かくれんぼ部の面々が帰宅するまでには、混沌の様相だった人混みも解消されていた。
★★★★★
粉雪が帰宅すると、母親の愛用しているボロっちいスニーカーが置いてあった。マブダチの春風さんから貰ったやつだ、と粉雪は記憶している。
「おにょ、今日もママがおる。珍しいな。そして誰かお客さんがきとるかな?」
もう一足、見慣れない靴がある。女性用の物に間違いないが、この靴の持ち主はしらない。
多分、はじめましてな人かなぁと思いながら、母親たちの姿を探す。
半裸の黒人男性がうろついていたので「セニョール、ママはどこー?」と尋ねたら、すぐに居場所がわかった。
地下階につくられたシアタールームにいるらしい。粉雪は自室に荷物を置いてから、着替えもせず制服のままで地下に向かった。一応エレベーターはあるのだが、健康のため階段を使うようにしていた。
「ママー、なにしとるのっうほおおおお?」目の前に飛び込んだ映像に、目を見張る。「はじめて見るフリキュアの映画が上映されとるぅぅぅ、しかもこれわたし見たことないやつだぁぁぁーっ!」と、一度のセリフで二回も見たことがないことを説明するくらいに驚く。
その時点で公開前の新作映画だと感づいた粉雪は、見たいけど見たくないような、とても複雑な心境になった。が、冷静になって見ると、なにやら音が聞こえない。まったくの無音である。ただ、見たことのない映像だけが流れている。
粉雪がきたことを悟って、母親は上映中だった映像を止めた。スクリーンが真っ暗になる。
「おかえりー、こなっこ。今の映像は夏ごろ公開予定の新作『フリキュアアナザディメンション・超時空間の覇者』の映像だにょ。ただし、音入れがまだの未完成品で、これからアフレコが行われるのよねー」
「ほ~、へ~、そーなんだぁ、それを見てたんかぁ」
その時、母の隣にもう一人の人物が立っていることに気づいた。めちゃくちゃ細身の女性で、一瞬針金かなにかのお化けかと思ったというのは言い過ぎだが、すぐには気づかなかったのも確かである。存在感を薄める秘技でも持っているのかというような、スラリとしたスレンダーウーマンだ。
「こちらは“ヒナちゃん”、こなっこが小さい時に好きだった〈ビチグソくんとウサギがふんっ!〉の作者(絵を担当。文章は別)で、占い師界の重鎮で魔界親善大使を8期連続で務めたことでも有名な、ひな月雨音さんだよ。っても、わかんないかな?」
ピンとはこなかったが、幼少期に読んでいた絵本のことはうっすらと覚えていた。その作者だと言われれば、なんとなくすごいような気になるし、親近感も湧く。ただ、粉雪は占い師の業界なんてまったくわからないし、魔界親善大使にしても、前年度までの日系ブラジル人ダブルドリル後山田をかろうじてしっているだけで、現在誰が大使なのかもわからない。
でも、母親の知人だけあって、すごい人なんだろうなぁというのは、なんとなく感じた。
「でね、そのヒナちゃんが今回のフリキュアムービーの監督をすることになって━━」
「か、監督っ!」粉雪がビビる。ビビる粉雪。
彼女にとってフリキュアは魂のフェイバリット作品であり、その監督ともなれば神様仏様のような存在と言えなくもないのだ。
「あれ……粉雪ちゃん、はじめましてじゃないんだけどもぉ……小さい時に一度会ったきりだから、忘れちゃったかなぁ」
ひな月さんに言われ、粉雪はがんばって思い出そうと試みたが、やはり記憶になかった。よほど小さい頃の出来事なのだろう。粉雪など、そもそも自分の母親が超のつく有名人だとはっきり認識したのが、小学校も高学年になろうかという時期なので、たとえ外国の大統領と会っていたとしても、きっと忘れているはずだった(そして実際に彼女は、その幼少期に某国の大統領と会ったことがある。本人はまったく記憶していなかったのだが)。
「ごめんなさい~、覚えとらんですぅ」申し訳なく、頭を下げる。
「気にしないで。わたしも歳のせいか、近頃物忘れが多くなってきたし……お仕事の物忘れはないのだけれど、プライベートが酷いのよぉ」
「そうなの? 全然そんな風には見えないけど。まっ、わたしもヒナちゃんも、中身は確実に老化してますからなっ、にょほほほっ!」
と、粉雪母が独特な笑い声を上げる。
「ひな月さんって、何歳なの?」粉雪が母のほうに尋ねた。
外見と先ほどの喋りから考えて━━どんなに歳上に見たとしても━━二十代後半、もしくは行っても三十代の前半にしか見えない。母親ほどではないにしろ、老化なんて言葉はまだ早いお姉さんとしか思えなかったのだ。
「ヒナちゃんはねぇ……言ってもいい?」ひな月さんのほうを向いて確認する粉雪母。オッケーサインを見て、続ける。「実年齢は四十七歳なんだけど、わたしとは違う手法のチート的アンチエイジングな“魔法”を使ってて、見た目まだ大学生でも通用する感じなんだにょ」
粉雪の母・初雪は異世界の冒険を経験した際の副作用(と、本人は話していた)として得た、超常スキルの一つとして、けして歳を取らない外見を維持していたが、ひな月雨音のそれは魔界の神の一柱と契約することで得られた、悪魔的魔術の効果だった。
「ちょっとなに言ってるかわかんないかもだけど、一つだけはっきりと言えることがある。それは、ママとママの仲間はぶっちゃけ見た目が若すぎるってことだ! 多分だけど、キーちゃんとかは、ナチュラルに若々しいだけだよね」
「正解っ! キーちゃんはナチュラルに若く見えるし、ララちゃんは昔から変わらんし、シャモちゃんも歳のわりにはエロかわいいし……春ちゃんくらいかな、歳相応な見た目って……」
「確かに……でもそれ、本人の前では言わないほうがいいと思うよ。絶対気にしてるから。最悪ママ殴られるから」
「だね、気をつけますぅ」
「あの、そろそろ話を進めたいのだけど」ひな月さんが言った。
「あ、そだった。本題があったんだった」
「本題があったのかよ、ダメだよママ、本題のほうが本題なんだから、忘れてちゃ」
「スミマ━━」
(粉雪)「孫マジヨシ・ハイパーコズミックヒューマン七次元七乗倍鶴亀光線ーっ!」
(初雪)「ぐわぁーっ、裏宇宙裏神様のオレ様にかすり傷を負わせるとはーっ、な、なんというダーク魔パワーだ! 裏宇宙の神が表宇宙で負ったかすり傷は裏宇宙における上半身爆散と同じであるのだぞぉーっ!」
(ひな月)「あ、あのぅ~、お話を進め……」
(粉雪)「オラだづ田舎宇宙のコズミックヒューマンをあからさまに見くびっていたから、こんなことになったんだべよ! 裏宇宙だかなんだかしんねーけどよ、他人を見下してバカにしてるような奴らは、いつか必ず立場が逆転して痛い目を見るようになってるって、天国王のじっちゃんも言ってたべさ! さあ、お遊びはここまでだべ━━行ぐど、これがオラの残り全部のアストラルダーク魔パワーを込めた、好き勝手の極意百億万倍ワガママボディ神の領域だっちゃ!」
(初雪)「なんだとーっ、まだそれほどのダーク魔パワーを隠していやがったなんて、聞いてないぞぉーっ!」
(ひな月)「ちょっと……おい……バカ親子……おいってば…………」
なぜか突然はじまったドラゴンホールごっこは、その後も数分間つづいてから急に終わり、ようやく本題とやらに行き着いた。
「それでですねぇ……粉雪ちゃんたちにも参加してもらえないかなっていうご相談なの」
「え、参加?」
先ほど見たばかりの劇場版フリキュアの新作。それに参加してもらえないか、というのがどうやら母親の言う『本題』らしかった。
「そう、参加。つまり、出演」
「出演って、でももう映像は完成して━━あ、参加ってつまり、声優でってことかぁーっ!」そのことに気がつく粉雪。
もちろん声の出演で、つまりは声優ってことだった。キャラクターボイスである。世の中夢のような美声を持ったたくさんのプロ声優がいる中で、わざわざ素人の女子中学生に頼むなんてことは、もちろん映画を半ば私物化したような母親のコネなくしては実現しない話だった。
親子共々大ファンだったフリキュア作品に、いつか娘を参加させてあげたいという思いは、母の中にはかなり以前から━━それこそ、娘がまだお腹の中にいた頃から━━あった考えで、それがひな月さんという旧知の人物が監督になったタイミングで、ついに実現の運びとなったわけなのだ。この時代、中学生だろうが小学生だろうが、できる場合に限ってはいかなる労働も自由だったので、中には小学生のプロ声優も存在している。それとは別に素人が素人の演技で好き勝手にアニメの吹き替えをする遊びも、かなり昔から一つの文化として根付いていたが、それでもやっているのは過去の遺産となったマイチューブの中くらいなものである。プロフェッショナルの作った商業作品の中でそれをやるには、やはりリスクもあるだろう。
等々、ファンだからこその不安もあるにはあったが、それでも喜びのほうが上回った粉雪はもちろんやる方向で考えていた。
「やったね、こなっこ。フリキュアの声優だけは、わたしですら経験がないのに。あ、それとこなっこの他におつゆちゃんにもオファーが行ってるはず」
「は? え、部長も出るにょ?」さらに思いもよらなかった情報が追加されて、ちょっと頭が追いつかなくなる。
「出る。つーか、おつゆちゃんを想定した新キャラが出とるから、おつゆちゃんに断られるのはツライのだ。まあ、やってくれると思うけど」
「いや、部長そんな話はしてなかったよ?」
「うん、だって今だもん、出演交渉してるのって。担当のスタッフが、おつゆちゃんちに行ってるはず。わたしもおつゆママには連絡したんだけど、あとで改めておつゆちゃん本人とも話すつもりだから。で、こなっこはやる? やらない?」
「そりゃもちろん、やるしかなさそうな話ではありまするが……いやマジか……わたしと部長が声優やるフリキュアって……今ってもしかして、シリーズを破壊する時期ってことなのか? つーかさ、出演者とかって普通、全部決まってから作りはじめるもんじゃないの?」
「普通はね。うちは、普通じゃないから」
「なんなんだよー!」
そんな粉雪の諸々の文句や心配も当然のことではあったのだが。
結果として映画はいつも通りの成功をおさめたし、粉雪と露の超ド素人な演技もそれはそれで味があったらしく、一部の熱烈なファンから支持されることとなる。
特にグリーン露が演じた緑ヶ丘草里ことキュアゾウリムシが話題になり、伝説のおバカフリキュアとして将来的にも語り継がれることになるのだった。