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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
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非売品だから買えない

 日曜の夜━━寿々木家。

 粉雪の自宅は、資産を考えると普通過ぎるくらいに普通の民家ではあったが、それでも一般家庭三棟分くらいの大きさはある。そこに、家族三人と住み込みの料理人、家政婦さん、セキュリティスタッフまで揃っていた。


 そのセキュリティスタッフは生身の人間ではなく、人造人間である。名前はセニョール・アーネストといい、セニョールの愛称で親しまれている。粉雪の母がまだ少女の頃からの付き合いらしく、今ではすっかり粉雪の父親代わりとしての役割を果たしていた。


「父親はいますよ!」粉雪の父・雪彦の言葉は誰にも届かない。


 もうすぐ休日も終わろうかという時刻になり、慌てて宿題を片づけていた粉雪の自室に、セニョールがやってきた。彼は、部屋のドアをノックしない。入る必要がないからだ。粉雪の室内にある無線のスピーカーと同期して、部屋の外から語りかける。


「お嬢様、あと三分三秒後に初雪様がお帰りになられます」その報告だった。わずか三分三秒前に報告するあたりが、彼らしい。


 粉雪は思いながら、ちょうどいいタイミングで最後の答案を埋め終わり、宿題をスクールバッグに押し込むと、勢い良く部屋のドアを押し開けたらまだそこにいたセニョールをドアでぶっ飛ばしてしまった。

 いつ頃の話だったか、全身のパーツを超軽量の新素材に変えていたセニョールは、非力な粉雪の力でも数メートルふっ飛ばせるくらいの体重しかなかった。


 広い廊下の壁に激突し「ずんもっ!」とかなんとか声を漏らし、動かなくなった。


「あっ、ごめーんセニョール、ありり、ぶっ壊れてもうた?」心配そうに見下ろす。

 人造人間であるセニョールを修理する場合、自宅では無理なので専門の施設へ運ぶ必要がある。連絡すれば迎えにきてくれるのだが、連絡するのも面倒だ。

 思っていると、セニョールはすぐに起き上がった。


「ご心配には及びません。わたくしはこの通り、いつも通りの健康な黒人男性そのものですから、ご覧になりますか? 我が主が大人になり大人の悪ふざけで装着した本物そっくりな股間のものを。お嬢様にはまだ早いかと思いますが、実際に使用もかのうぼんっ!」


 粉雪に股間を蹴られて、今度こそ動かなくなった。その辺も無駄に忠実に(?)作られていて、ウィークポイントに大ダメージを(こうむ)ったセニョールはしばらく起き上がることができない。セキュリティスタッフの、しかも人造人間としてどうなのかという話だが、実のところそこまで本気で警備を任せてはいないので、弱点があろうがなかろうが、どうでもよかったのだ。

 彼の他にも、万全のセキュリティシステムは完備されているし。問題はなかった。


「ただいまー、こなっこ(・・・・)発見!」


 三分三秒なんてあっという間で、粉雪がセニョールを蹴り終わる頃には経過していた。

 粉雪の母━━寿々木初雪が汚れた作業着姿で廊下に立っている。


「ママ! てか、きちゃないね。着替えてこなかったの?」


「うに。一刻も早くこなっこに会いたかったから、着替える暇も惜しかった」


「嬉し恥ずかし」


「愛し恋し」


 変な親子だなぁ、と思って見ているのは影の薄い父親・寿々木雪彦である。ドアの隙間からそっと見ている。ちなみに母・初雪が娘を呼ぶ時には「こなっこ」の他に「うちのパウダー」とか「ゆきんこ」といったパターンもあるが、ほとんどの場合は「こなっこ」だった。


「そういえばさぁ、ママが作ったっていうホームページ、部長に見せられたんだけど。あれ、どゆことよん?」


 先日驚いた出来事の真相を聞ける機会が訪れたので、さっそく訊ねる粉雪。


「ああ、あれねぇ。おつゆちゃんが『みんなでかくれんぼしたい』って言ってたから、人が集まるように、まずはその手始めにね、作ってみた。他にも考えてんだけど、とりあえずこなっこたちのかくれんぼ部に部員が増えるといいかなぁーって思ってね。それはそうと━━」勝手に急に話を変えて、違うことを話しはじめる「明日こなっこのクラスに転校生がくることになってるでしょ?」


「だった、忘れてた!」本当に忘れていた粉雪。宿題に追い詰められていたので、翌日のことといえば、これで宿題が提出できるということしか頭になかった。


「その子ね、エイチシステム社の子だから、よろしくね」


 エイチシステム社というのは、世界的に普及したVRシステムを運営する世界最大の企業であるのだが、そこの最高責任者が母親の友人で、しかも粉雪の母自身も"相談役"として関わっているものだ。

 が、エイチシステム社の子という言葉の意味がわからず、聞き返した粉雪。


「どゆこと? 社員ってこと? 中学生なのに?」


「ちがうにょ。お家がエイチシステム社ってことで、エイチシステム社出身。生まれも育ちもエイチシステム社ってことなのだよ」


「???」ますますわからなくなる粉雪「エイチシステムの会社の中で生まれたの? ママはまさか、あの人?」


「あ、正解だけど違うし、違うけど正解、みたいなやつ!」


「意味がわからん。パパは?」


「おらんね。パパもママもいないけど、言うなればママがホニャ子ちゃんでパパがキーちゃん、みたいな?」


「なぬそれ……確かこの世を救った宇宙人美少女だったよね、ホニャ子って人。キーちゃんはしっとるけど。ホニャ子ちゃんは見た時ないからなぁ」


 かつて夢原ホニャ子という名前で地球に住んでいた超絶美少女異星人がいたらしいのだが、その映像記録などは残されていないらしく、実際に会ったことのある人間の記憶の中にしか姿が残っていないという。いわく、写真に写らない、写せない人だったらしい。なので、粉雪は話でしか聞いたことがないのだが、母親が今のような活躍ができる力を得た原因が、その美少女異星人だということはしっていた。


 キーちゃんこと水沢(みずさわ)季瀬姫(きせき)は母親の古くからの親友で、エイチシステム社のトップとして長年君臨している、おそらく世界一の大富豪だった。結婚もせず、かといって豪遊するわけでもなく、平々凡々な生活をするという、ちょっと、いや、かなり変わった人物である。まあ、ママのダチンコだからなぁ、と粉雪などは納得しているのだが。


「ネタバラシすると、ホニャ子ちゃんの残した遺伝子の欠片みたいなやつを元にして、キーちゃんが『今がその時です!』って言って秘密の研究施設で秘密裏にこっそり造ったのが、その転校生の子だってわけだっちゃ」


「人造人間……セニョールみたいなやつ?」


「違うにょ、黒人女性じゃないよ。まあ、見てのお楽しみ。とにかく元がホニャ子ちゃんのスーパー遺伝子だから、とにかくもう、いろいろすごいよ。なにもかも。全部チートみたいな。チーター的な、ね」


「え~……なんか恐いんですけどぉ……」さすがの粉雪も、ちょっと不安だった。なんだか得体(えたい)のしれない奴がやってきて、クラスが、学校が影響を受けるのではないか。そんな心配をしてしまう。


「大丈夫だべさ。みんなのデータ(個人情報)は渡してあるし、その子はホニャ子ちゃんの遺伝子から造られただけあって、性格もいいからね。心配するようなことはなにもないにょ」


 まだ心配顔の娘の頭をなでなでして、粉雪の母は話題を変えた。


「ところでさ、新しい"おつゆ"は? まだ読んでないんだけど」と、新聞も購読していないのに、それだけは毎月欠かさず読んでいるグリーン露ファンクラブの会報誌を欲しがる。


「そだった。お部屋にあるから持ってくるにょ。待っとって~」


 粉雪が〈月刊おつゆ〉を手に戻ってくると、廊下に母の姿がなくなっていたので、仕方なくリビングに行って待った。

 少しして、着替えた母が戻ってくる。


「はい、今回の部長マガジン」


千級(センキュー)! ありがとう千級(せんきゅう)。ありがとうが千級になると、一回の感謝で千回分の感謝に相当するから、もう感謝しなくてよくなる」


「んなアホなっ!」感謝されたい粉雪は絶望した。


「ひょおお……おつゆちゃんのクロスワードパズル、今回もまた難問すぎるべよ……なにこの横のカギ、『あちきの今日はみ出したやつ、なあに?』って、わかるかいっ! ってか、いつの今日だよっ!」


 このクロスワードパズルの正解者の中から抽選でプレゼントの当選者が決まるのだが、まず正解できた人間がいないし、応募する人も少ないのでいまだにプレゼントの当選者が生まれていないという、インチキクイズなのだった。言うまでもなく、応募した人の答えはことごとく間違っているので、抽選すら行われたことがない。ほとんど意味のないクイズに挑戦する粉雪の母。


「縦のカギの2番……『こなのおっぱいの大きさ』ってこれ、こなっこのことだよね? ってことは、ここは"びいかっぷ"か」


「にょおおお⁉」


「今のところは」


「正解っ!」まだこれから成長するので、本人的には結果的にGカップまでいっちゃったよ、でへへへっ! という未来を希望していた。


「あーダメだ、やっぱわからん。おつゆちゃんの非売品写真集"神の(しずく)"が欲しいんだけどなぁー! こなっこ、どれか解けるのない?」言って、月刊おつゆを娘に渡す母。


「写真集、マジでこのクロスワード解かないと貰えないみたいだよ。神様みたいな……なんだっけな、なんとかっていう先輩が言ってた。売り物でもないのにちゃんとした本作ったから、すごい高級品だって言ってた。自分と、もう一人のなんとかっていう副会長の分も含めて、この世に十冊くらいしかないってよ」


「うわーん、ますます欲しいっ!」なんとかお金で買えないかね? と、最低な提案をしてきた母だったが、さすがにそれは無理だと粉雪は(さと)した。

 自分のしらないところで、なんとかっていう先輩にこっそり話を持ちかけて、とんでもない大金で買おうとする可能性もなくはないので、それは絶対やめろよなと釘をさしておくことも忘れない。母は「は~い」と言って、自室へと戻っていった。月刊おつゆを忘れていった。


「しかしこのクロスワードパズル、ほんっとに難しいなぁ……これ絶対、景品あげる気ないよねぇ……なんだよ『しげぞうがいつもうんちするところ』って。誰なんだよしげぞう。トイレでするんじゃないのかよ! 8文字もあるやんけ!

 えー……なんだろ……びょういんのトイ……ひと文字おおいなぁ……あー、わっかんね! ママー、ゴミクズマガジン忘れとるよぉーっ!」


 母親に聞こえるようにと叫び、その場にぽいっと会報誌を投げ捨てて、粉雪も自分の部屋へと帰った。いつも通りに起きるためには、そろそろ寝る支度をしなくてはいけなかったから。


 そして粉雪がすっかり忘却していたファンクラブ会長と副会長の名前は、月刊おつゆの最後のページにちゃんと載っていた。

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