最終回「罪と罰、最後のお手洗い」
「あ、それと、最後に一つお知らせがあります」
帰りの会終了即部活へGOだと思ってすでに立ち上がっていた粉雪の動きが止まった。
立ち上がりかけたもこ菜が中途半端な姿勢で急停止しようとして失敗し、バランスを崩してよろけると、粉雪にもたれかかりそのままずるずると二人して床に倒れて転がった。
「おにょろろろ~ん……もこちん重いよ~」
「ご、ごめ~ん……足と腰が変になったよー」
床でいちゃいちゃするふたり。
「寿々木さん、立花さん、大丈夫ですかー」かたちだけ心配した先生が声をかけるが、声をかけただけで近寄ってはこない。なにかしら問題を起こすのはいつもこの二人、もとい粉雪が中心なので、もはや慣れすぎてあまり気にしなくなっていた。
その村上先生が続ける。
「ええとですねー、来週このクラスに転校生がきます。みんさん快く迎えてあげましょう」
というお知らせに、にわかに教室内がざわめきはじめる。
転校生がくるというのは、それだけで一大イベントなのである。毎日同じ顔ぶれの中にやってくる新しい仲間。もうそれだけで、ワクワクが止まらない。
「先生っ、その人は女の子ですか? それとも美少女ですかっ!」興奮で鼻の穴を膨らませた国津花麿くんが勢い込んで尋ねた。
「男の可能性って、そんなにないものなの?」花麿くんの席に近い寧が呟く。
「ええ、転校生の子は女の子です。お名前は━━自己紹介の時ということで、この場では伏せておきますね」
「よっ、粋だねっ、村上センセ!」粉雪が拍手する。
それに倣って、なんだかわからないがクラス全員が拍手をした。廊下を通る隣のクラスの先生が、不思議そうな顔をして歩き去る。
「でもこんな、入学早々の時期に転校してくるなら、最初からこの中学にすればよかったのにね?」粉雪は思ったことをすぐ口に出した。
「そこはほらー、お家の事情とかじゃないのかな?」前の席のもこ菜が、うしろを向いて言う。もこ菜はしょっちゅう粉雪と会話するので、授業中なども頻繁にうしろを向く。なのに授業がおろそかにならず、成績もよかった。
「パパが牝獲市支店に左遷されたとか?」
「なんで左遷……転勤でいいと思うよー」
「で、なんの支店?」
「知らないよー」
話す二人の元にきた寧が「部活へゴー!」と言ったので、三人で仲良く教室をあとにする。三人とも文化部で同じく南校舎へ向かうため、いつも途中までは一緒なのだった。
部室へ到着した粉雪を、先にきていた露と桃姫が迎える。露がシートPCをいじっている。珍しいなぁと思いながら、近づく粉雪。
「部長、なにしとるん? エロサイト閲覧?」
「いやん」なぜか桃姫が悲鳴を上げた。
それは二人に無視されて━━
「ノー。ほむぺじ。あっ、こな……かわいい。ぷらいべーと☆こな。あちきこの写真待ち受けにするぅ……」
「え、わたし? なになに? どゆこと? なに見とるのよほんとに……にょ、こりは……な、なんだこりは?」わからなかった。
露が見ている画面には粉雪の写真写りのいい一枚が出ている。どーんと、拡大表示されて。縮小すると、他にもプロフィールが書かれていることがわかった。牝獲市中学校一年・寿々木粉雪。かくれんぼ部副部長、とまで紹介されている。え、ネットで? と、粉雪はそこで気づいた。
「これ、ネット上だよね?」見ればわかるが、それでも訊いた。
「ろんの、もち。もちの、ろん。これ、ほむぺじ。あちきらの……かくれんぶの」
「は……はぁ?」なにそれ、と本音がこぼれる。んな話は聞いとらんよ、とも言った。
「今、言った」
「おつゆ……垂れやがってぇ」なんだか意味のよくわからない文句を浴びせ、しかしすぐに冷静さを取り戻す粉雪。
「これホントに、うちらのホームページ? まさか部長が作った……わけないよねぇ」
「………………」
「誰かに作ってもらったの?」
「もらってないけど、もらった」またわけのわからない返答をする露。
苛立つ粉雪。
そして照れた反動でなぜか仏頂面になっている桃姫が恐い。
「どゆこと?」ちょっとイライラしながらも、先を促す。
「頼んでないけど、勝手に作られた……こなのママに」
「コナノママニって、なんですか? 精霊さん?」今度は桃姫がわけのわからないことを尋ねるも、やっぱり二人に無視された。
「にょっ……わたしのママに? なんで? わたしも聞いてない……え……ママ、そんなこと一言も言っとらんかったのに……あ、でも最近会ってないや。そもそも話をしていなかった。でへへっ!」
粉雪の母親は最近、北欧の国の地下空間整備のための仕事で、ずっと家を留守にしていた。そんなことは日常茶飯事なので、粉雪もすっかり忘れていたのだ。母としばらく会っていなかったということを。
「今朝あちきの家にこなのママがきて、あちきのママと話して、帰る時にホームページ作ってあげたよって言われた。あとお金もらった」
「現っ、金っ!」粉雪が白目になった。
粉雪の母親は露の母親とも顔見知りの仲良しさんで、たまーにお邪魔することがある。その時に露の姿があると、露のことが好き過ぎる粉雪の母親はついついお小遣いを渡してしまうのである。
「いくらもらったんですか?」気になって仕方ない桃姫が尋ねる。粉雪は白目のまま動かない。死んだ魚みたいな顔だ。
「ごまんえん」露が言った。
「ご、ま、ん、え、う~ん」桃姫がぱたりと倒れた。思いの外、高額なお小遣いだったのでうらやまし過ぎて気絶したのだ。なぜか。ついでに白目の粉雪もその上に倒れた。
が、桃姫の豊満な胸でバウンス。床に顔面から落下する。
「じょびっ!」
「あ……こな、だいじょうび?」
「……じょばない……ノーじょび。ぼんってなって、じょびってなったけど、じょばない。額と鼻と口と、いろんなところが痛し痒し。部長、おしり掻いてー」
うつ伏せで倒れたままの粉雪のスカートをぺろりとめくった露は、想像していなかったタイプのランジェリーを目撃したので、わけがわからなくなりお尻を叩いた。
「いでっ! なんで!」それでもうつ伏せ状態から動かない粉雪。めくれたスカートを直そうともしない。
露はそんな粉雪を放っておいて、桃姫の下着も確かめなくては! 部長として! みたいな使命感に駈られて、気絶したままの桃姫の上着もめくりあげたら、左右それぞれが露の顔くらいありそうなバストが飛び出してきて驚く。
「これなに?」露の疑問に答える者はいない。いないけど答えは"胸"でしかないのだが、自分の母親よりもはるかに大きいその胸は、露の情報処理能力を上回っていたらしい。もはやおっぱいをおっぱいだと認識できなくなっていた。
「山」
に見立てて、桃姫の普通ブラジャーの普通じゃない胸の上に、ガラクタの山から持ってきた便器絶叫シンフォニアのヒロイン・緒花罪子のフィギュアを立たせて遊ぶ。フィギュアの台座は平らなので、うまいことバランス良く立った。
「ここがー、わたしたちのー、戦場だー」アニメのセリフを真似てみる露。本人は似せたつもりでいるが、まったく似てなかった。
ふと思い立ち、もう一つのフィギュアも持ってくる。罪子のライバルキャラである鞭鬼罰代のフィギュアは、粉雪の大人っぽいパンティのお尻の上に乗せた。粉雪はまだ動かない。
「にょ……なんか乗せられた気がする」
「でけた、シンフォニアの最終回。『プランジャー・ソード!』ばしゅーん、ずばばばばーん! 『うわー、なんという、やつだー』ごばーん、どっごーん! 『これで、おわりだー〈水洗消臭剤便所神様竈馬換気扇巻紙浄化槽大小分裂破━━!〉』」
「にょにょにょ……お尻の上でシンフォニアごっこがはじまっている気がするぅ!」が、それでも起きない粉雪は様子見を決め込んだ。
トントン、とドアがノックされた音は、ちょうど露が叫んだ最終奥義の叫びでかき消されていた。施錠もされていないので、扉を開けて入ってきたのは顧問の四季野先生だった。先生が訪れるなんて、すごく珍しいことである。よりによって、こんなタイミングで。
「きっ、きみたちィ……ななな、なにをっ、いやぁ~ん!」
ブラジャー丸出しで寝ている桃姫と、セクシーなパンティ丸出しでうつ伏せの粉雪と、その上に乗った美少女フィギュアと、そして倒れたふたりの真ん中で躍り狂っている露を確認してから、先生は恥ずかしくなって逃げてしまった。
「いや~んは、こっちのセリフだし」それでもまだ起き上がらなかった粉雪は、床に向かって呟いた。
かくれんぼはやらず。
その日の部活はそれで終わった……。