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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
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全解除ダイナマイトヘヴン

 例によってなぜか……一学年上のグリーン露が一年生の、粉雪たちの教室に遊びにきていた。というか、これも例によって給食の時間にだ。


「あちきの席、どこ?」


「ねーよ……ってか部長、このやり取り二回目だにょ」仕方ねーなぁ、と今回早めに切り替えた粉雪はとっとと先生の教卓まで行って、椅子を抱えて戻ってきた。


「ほいっ、部長席完成」


 遠くのほうから「あれっ、椅子がない!」という先生の声が聞こえたので、粉雪がよく通る声で「先生ごめんねー、今日も立ち食い給食になりましたー!」と教える。

 そんな粉雪の隣に自分のクラスの生徒ではないはずのグリーン露を見つけ、理解した様子の先生。諦めて、立ち食いを受け入れるのだった。


「なんか……教師イジメにならないかなぁ、これって」立ち食い先生を見ながら、もこ菜が心配する。


「確かに。先生に訴えられたら、分が悪いな」粉雪もそこは認める。が、この学校にイジメがあってはならない。その対象が先生であったとしても、それは変わらない。粉雪の、母親直伝の矜持があった。"わたしがいる限り、悪いことはさせない"という思いが、常にある。

 母親のような力はないけれど、粉雪にも気持ちはあった。


「椅子を返そう……」


「えっ、あちきの席……」粉雪のセリフに不安そうな顔を向け、ちょっと涙目の露。


 そんな顔を見せられては、露のことが大好きな粉雪には、彼女の椅子を奪い返すことなどできなかった。元々先生の椅子だという事実は抜きにして。


「……いや、やはり返さないでこのまま様子を見ることにしよう。村上先生がイジメられてると自覚するまでは、イジメにはならない━━はず。ってゆーか、イジメてないつもりなんだけどなぁ……」と、さすがに自信なく、それでも露から椅子を奪い返すことのできない粉雪の、精一杯の解答がそれだった。


「だね」ややこしくなりそうだったので、もこ菜も余計なこと言っちゃったなと自覚しながら同意する。そもそも悪意があってやっていることじゃなし、先生も仕方なくではあるが、許可してくれたわけだし。問題にしなければ問題ではないのだ。


「部長さん、今日はこのクラスで給食もらってたみたいだけど、ちゃんとみんなに行き渡ったのかな?」寧ちゃんが言った。露が教室に入ってきたところから、ずっと観察していたのだ。


「えっ、そうなん?」知らなかった粉雪は露に注意した。「ダメだよ部長。せめて自分の教室からもらってこないと。誰かの分足りなくなったら、部長のせいになっちゃうんだよ」と。


「スミマソン……でも、こな、今日の給食これあるから、こぼれそうだったから」


 そんな言い訳の理由は。汁物のオニオンスープだった。階段を降りてここへ来るまでに、こぼさない自信がなかったらしい。


「おつゆ先輩がおつゆこぼす……うふんっ」もこ菜が我慢しようとして失敗した気味の悪い笑いを方をした。


「じゃあ、いただきまぁーっす!」寧が一日の中で一番元気よく言って、オニオンスープをガブガブ飲む。


「寧ちゃん、そんな勢いつけて飲むとまた━━」


「ごばぁーっふ!」寧がまた、爆発した。口から大放出されたスープは、そのほとんどが対面にいる露に向かって飛ぶ。


「キッタネス!」


 とか言った露が椅子ごと後ろに転倒し、パンツが丸見えになったところへ粉雪が咄嗟に取り出した道徳の教科書を乗せた。


 露の股関にある"道徳"を見て、もこ菜が笑う。


「うふっんっふっんっ、あっふぅ~ん!」


 彼女の笑いかたは、そんなだった。独特を通り越して、すでに神の領域へと到達している。

 意味がわからん。


「もこちんの笑いかたって、独特を通り越して神ってるよね」


「意味がわからん」と、もこ菜。


「いや……なんかそんな文章で表現されたような気がしたから……って、なにこのメタってるセリフ、マジで意味がわからん。わたしたちの世界は小説かなにかの中なのかよっ!」


 立ち上がって叫んだ粉雪に股関が道徳な露が「こな、立たせて~」と助けを求める。股の上に乗せられた道徳の教科書もあって、どうやら自力で起き上がれないらしい。


「うっふんあっふん、んふっんふっ!」もこ菜が笑いつづける。股間に道徳が完全にツボにハマったようだ。口元をおさえて、身体を震わせている。涙さえ流しながら。


「げぼっほ、げほっ!」

 ようやく落ち着いてきたと思った寧も、もこ菜の視線の先に気づき、やはり笑いの発作を起こした。まだオニオンスープの影響下にあるので、喉が苦しそうだ。


 叫んだり喚いたり笑ったりしてやたらうるさい粉雪チームはもちろん目立っていたが、クラスメイトたちは慣れたもので、たいして気にもかけずに食事を進める。いつもの光景といえば、いつもの光景だった。


 ━━昼休み。


 しつこく居座る露は、みんなでトランプ遊びをしていた。今度こそジョーカー入りのババ抜きだ。

 そこへ、来客があった。

 三年生の神原(このはら)紅葉(もみじ)先輩と、二年生の鴇田(ときた)神子(みこ)先輩━━グリーン露の校内ファンクラブ〈みどりのおつゆ〉会長と副会長。メカ中(牝獲市中学校の略称)のツインゴッドと称される、ちょっとおかしな二人組。


「ごきげんようでございます露様!」


 神原先輩が深々とお辞儀をする。それに倣った鴇田神子も「露様、ごきげんよう」と頭を下げる。


「でたっ、部長ファンクラブの……神様みたいな名前の……なんだっけ……時を(かげ)る少女?」


「どんな少女なのよ。それで『とき』だけは合ってるし━━わたしは二年の鴇田神子。会長は神原紅葉よ。ってか前に自己紹介したことあったじゃない。寿々木ちゃんに忘れられてて、ちょっとショックなんだけど」


 一年生ながら有名人な粉雪のことはもちろん鴇田も神原も知っていた。露と併せて、校内では知らない人間などはいなかった。


「すんまそん、先輩……ママにも校内の人間は全員一人残らず把握しなさいっては言われてたんだけど、わたしはママみたいにはできないから、やっぱり覚えきれないんだにょ。でももう覚えたから、次からは大丈夫です!」


「うん……いや、別に、責めたりはしてないからいいよ、うっかり忘れてても」


「では露様━━」神原紅葉が手帳を広げ「来月号の『月刊おつゆ』用のインタビューをお願いしてもよろしいでございましょうか?」と尋ねた。


「いえす、よろしいでございまする」露が承諾する。

 毎月なにかしらお願いされるので、もう慣れっこだった。先月は写真も撮られたが、今日も撮られるのだろうか程度のことを考えただけで。


「ありがとうございますですわ━━それでは露様、ええと、じゃあまずは今月挑戦された"削りんこ"の当選結果をお教え願いますか?」


「いえす。今月の削りんこは……孫マジヨシのやつで……千円……五百円……千円? たぶん、千円と五百円と千円と……二百円? あとは……にゃんこのやつが……二百円? あっ、あちき五千円当たった。うんと……一枚三百円もするやつ……ゲロゲロ鬼太郎(おにたろう)の、けうけげん(・・・・・)にめっかったら即死するやつで、四人死んだから、五千円だった!」


 露の言葉を一字一句書き留める、速記能力者の神原紅葉先輩。ペンの動きが尋常じゃない。そしてそんなスーパースキルには申し訳ないが━━申し訳なくもないが━━それとは別に鴇田もボイスレコーダーでちゃんと録音している。なので、必ずしも完璧にメモる必要はないのだが……。


「先輩たち、毎回そうだけど……部長の説明に文句ひとつ言わないよね。理解でけてる?」


「ええ、もちろんですとも。わたくしたちを誰だとお思いですの。わたくしたち、露様ファンクラブの会長と副会長ですのよ。露様のお言葉が理解できないわけがございませんわ」


「はあ……そーですか。まあ、要するにコンスタントにスクラッチ当ててるってだけの内容だしね。五千円当ててたのは知らなかったけど」どうやら粉雪と一緒ではない時にも、宝くじ売り場に行っているらしい露。おもしろいように当たるから、味をしめた部分もありそうだ。


「さすが露様ですね会長。スクラッチくじのハズレを引くことのほうが珍しいですよ、もう。このままいくと、高額当選も時間の問題ですね」


「ええ。わたくしたちの露様は、現金の神様にも愛されているのは間違いありませんわ」


「現金の神様とか……そんな俗っぽいやつ、ろくな神様じゃねーだろ」ぼそりと、粉雪。隣のもこ菜だけがそのセリフを拾ったが、なにも言わなかった。実際にそんな神様もいるのかも知れないが、粉雪の家にとって実在の有無は関係ないし影響もないだろうと思い、なにも言わなかった。


「では次に━━来月号の格言を一言、いただけますでしょうか」


 この格言とは、厳密には格言でもなんでもない。露がほざいた、イミフな一言とか、そういう類いのものである。

 ちなみ先月号の"格言"は『ソバのカスがソバカス?』だった。イミフというか、頭が悪そうな……でもその実ちゃんとした疑問な上にほぼ正解と言ってもいい、そんな言葉だ。

 さて今回はなんと言うのか。ファンクラブの二人は固唾を飲んでその時を待つ。


「…………」露はちょっと考えてから━━「ツチノコ食べたい」と言った。


「素晴らしいですわ、露様!」


「ツチノコってあれですよね、すごいスピードで移動する、異次元ヘビ"ボトルスネーク"の日本名。異次元ヘビを食べた人がいるとは聞いたことないけれど、露様は食べたことがあるんですか?」鴇田が尋ねる。


「ないよ?」なかった。


 ちなみに異次元ヘビがどーのこーのという知識は、すべてオカルト系雑誌の月刊シャンバラから取り入れた知識で、鴇田がシャンバラの愛読者であることを示している。


「なるほど、ではどんな味なのか興味があるということですのね。露様は未知の食材にも興味がおありとは、とても先走っていらっしゃいますわね!」


「先走ってって……なんだよそれ」またぼそっと、粉雪は呟いた。今度はもこ菜にも聞こえない声で。


 その後も愚にもつかないような露の言葉をちょうだいした二人は、無事に取材を終えて帰っていった。実に昼休みの半分以上をもっていかれた露だったが、本人は気づいていない。


「月刊おつゆ、わたしはちゃんと……一応、ちゃんと読んでるんだけど、もこちんとか寧ちゃんって、これ読んでんの?」机の中にまだあった今月号のおつゆを取り出し、粉雪が訊いてみた。


「読んでるよぉ、興味はあるし」と、もこ菜。


 寧も「わたしも読んでる! わたしの部長さんの知識は、ほとんどここから仕入れてるから」と言う。

 露の知識など、なんの役にも立ちそうにはないのだが……。


「みんな意外と読んどるのね……なぜかうちのママも読んどるし。読んでるというか、もはや愛読してるしね━━あっ、これ持って帰る約束だったの忘れてた……ママに読ませねばならんのに」思い出した粉雪は、また忘れないうちにとスクール鞄におつゆを移した。


 〈月刊おつゆ〉はいわゆる同人誌のように、ちゃんと製本された薄い冊子である。しかし神原紅葉らが資金を費やしているというわけではなく、実のところ神原の親が印刷会社を経営しているために実現した結果だった。親に頼んで、神原自身は金をかけずにやってもらっている仕事なのだ。

 主な読者は、当然ながら校内の生徒並びに教師のみに限られたが、粉雪の母親のように、その家族の中にも少なからず読者は存在していた。


「粉雪ちゃんのママってヤバいよね。あ、もちろんいい意味で」


 話題が粉雪の母親に移る。

 寧も、もこ菜も実は粉雪母のファンなので、わりと頻繁に話題にのぼっていた。


「うちの親も言ってたよー『初雪さん同い年のはずなのに異常に若すぎておかしくない?』って」もこ菜が、おそらく親の声色を真似て喋った。


「そうそう。ミント先生と同い年くらいに見えるよね。うちのママのほうが若いのに、うちのママのほうがオバサンぽくて……不公平じゃないのさ!」寧がちょっと怒った。


「ご、ごめんなちい……。確かに、チートというかルール違反というか、不老不死的な秘密があったりなかったりで、うちのママって永遠の二十四歳なんだけど……でもあれだよ、内部的にはちゃんと人並みにカウント進んでるみたいだから、永遠の命じゃないからさ……だから大目に見て……見れなさそうだね……見れないね。うん、だよねー」


「ちょっとなに言ってるかわかんないよぉ」


「見た目は年を取らないってこと?」


「そうそう、そんな感じ。仮に百歳まで生きたとして、多分百歳まで今の姿のままだけど……ってゆーか、その気になれば実は永遠に近い人生いけるみたいなこと言ってたけど、そんなに生きてもしゃーないし、みんなと同じに生きて死ぬってママは明言しとる。その時が来たら全解除ダイナマイトヘヴンだって言ってたにょ。スキル的なアレをすべて無効化して、年齢的なアレやコレやを一気に取り戻してほぼ即死するみたいな説明されたんだが……実はわたしもいまいち理解しきれてないんだけどね」


「うん、やっぱりなに言ってるかわかんないよー」もこ菜は理解を諦めた。


 寧も同じく諦めて「なんでもいいよ。とにかくずっと若くて綺麗なのがうらやましいってだけだからね」と、やはりちょっと怒って締め括る。


「あちき帰る」


 昼休み終了一分前に、露は一年生の教室からようやく去っていった。粉雪母の話題で盛り上がっていた三人は、露がいなくなったことにも気づいていなかった。

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