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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
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戻るおつゆ

「じゃあアスレチックやるべよ」


 その粉雪の提案に、全員が賛成する。アスレチックの入口には大きな立て看板があって、設置されているアスレチックとそのコースがわかりやすくイラストで描かれていた。

 自由に取っていいパンフレットとスタンプカードをゲットして、最初のものに挑む。


 丸太の橋を渡るだけのものだが、それが三本あってそれぞれ太さが異なっている。細いものがやはり一番難しく、しかしあえてそれを選んだ桃姫はおっぱいを揺らしながら難なく渡りきった。


「おー、さすが姫ちゃん。左右のおっぱいがバランスよくて、安定してますなー」


「え、あの子は胸でバランス取ってるの?」真に受けた万千が驚く。


「みなさーん、この丸太は3ポイントもらえますよー!」


 丸太を渡った先にはスタンプ台があって、自分がクリアした丸太のポイント分、スタンプを押すというルールらしい。桃姫が渡った細丸太が、最高点をもらえるルートだった。


 その他、普通の丸太が2ポイントで、太丸太が1ポイントになっていた。万千と寧は普通の丸太を普通に渡り、無難に2ポイントをゲットする。

 少し考えた粉雪は思いきって細丸太に挑戦した。紐子もその背につづく。


「これはなかなか……縦に足を並べるか、横を向けるしかないにょ……前見てないと、バランス崩れるにゃ~、よっ、とっとっとっとっ━━ほいっ、クリアー!」すとんっと着地して、決めポーズ。粉雪も3ポイントを獲得した。


 で、うしろにいたはずの紐子は「のわおほーん!」と叫び、細い丸太の上ではもはや立て直すのは不可能と割り切り、隣の普通丸太に飛び移る。そしてそのまま、半分からうしろを普通の丸太にて渡りきった。


「よっしゃ、あたいも3ポ━━」


「あんたは2ポイントでしょ、紐子。いや、2ポイントもどうなの……この場合?」


「いいんでないですか、2ポイントで。3ポイントではなさそうだけど」


「そっか、じゃああたいは2ポイントで!」


「これで全員━━」じゃねえな、と粉雪は太丸太のほうを見る。


 そこにはカブトムシみたいな姿勢でデカイ丸太にへばりついている露の姿があった。一応、へこへこと前に進んでいるようではあるが、とにかく遅い。普通に歩いてもほとんどバランスなど崩れないくらい太い丸太なのに、全身で必死にしがみつくようにして、ちょっとずつ前進している。


「おつゆ部長、虫みたいですね」


「緑虫だ、緑虫。いや、青汁ちゃんだから青虫か?」


 鞭毛虫の仲間であるミドリムシが存在するけど、おそらくそのことではなさそうだ。青汁ちゃんだから青虫も、よくわからないし。しかもその昔は緑のことも青と言っていたそうなので、どちらにしても同じようなことだった。


「部長、がんばれりー! も少しだぞー!」


「あちきがんばれりる!」


 粉雪の声援を受けてスピードの上がった露は、もっこもっことお尻と頭をくねらせながら、あっという間に丸太を渡った。最後はくるりと反転して、お尻から降りてきた。露の背丈では、ちょっと高すぎたのかもしれない。


「やった、1ポイント!」


「よかったね部長。まだまだ先は長いから、もっとポイントもらえるよ」


 ちなみにこのポイントは、ただの自己満足にとどまらず、先ほどガチャガチャが置いてあった店舗にて景品と交換することができる。その景品が思いの外魅力的だということもあって、スタンプの不正をやらかす客も大勢いたが、それらはすべてその場で不正を暴かれ、失格扱いとなり景品どころかなにももらえなくなってしまう。

 スタート地点で顔認証がなされ、ゴールまですべて隠しカメラで追跡され、不正ができないようになっていた。

 隠しカメラも、いったいどこにあるのか、人の目で見破れるものではなかった。


「次は丸太ブランコで、的をゴチーンすればポイントもらえるやつだね。これは逆に太い丸太のほうがポイント高いみたい。重いから、的まで届きにくいのか……どれか一個当てたら、そのポイント以上はもらえないって」


 粉雪が看板の説明文を読み上げて、ルールを教える。なぜか露が真っ先に丸太に乗った。


「ブランコみたいに揺らして、あの的にゴツンってやればいいんだよ」粉雪がアドバイスする。


「わかった、揺らす」


 何度か揺らし、丸太に勢いがついてきたところでぽとりと虫みたいに落下した露が仰向けで地面に寝た。その上にロープのついた丸太が迫る。


「部長、危ないっ!」


 思わず寧がきゃああと目を覆ったが━━丸太は身動きひとつしなかった露の上を通過した。太めの成人男性ならわからないが、露くらい小さな女の子であれば、落下しても衝突の可能性がないように、ちゃんと高さが計算されていたらしい。

 露の寝ている地面が粉雪たちの見守る地面よりも低い位地にあったため、ぶつかりそうに見えただけだった。


「だいじょーびだった……またやる」


 くじけない露はもう一度挑戦し、一番軽くて簡単なお子さま用丸太で無事に的当てを成功させる。的に書かれたポイント分のスタンプを、スタンプ帳に押した。

 あるいはスタンプを押し忘れても、前述した追跡機能で記録されているのでポイントは加算されているのだが、やはり目に見える成果は嬉しいのだ。参加者は必ずスタンプを押しながら遊ぶ。


 その後は切り株の上を飛び移るものや、ロープやシートの上を渡ったり滑り落ちたりするアスレチックをクリアして、そろそろみんなお腹が空いてきた。時刻は正午少し前だが、ちょうどいい時間だ。


「一回戻って、お昼にするにょ」


 粉雪の指示でひとまず中断すると、アスレチックのコースに沿うよう伸びている脇道を使いスタート地点の広場まで戻る。ただ平坦な道を戻るだけなので、すぐに到着した。


「パパ、出番がきたよ!」大人しく荷物番をしていた粉雪の父は読書の途中だったが、粉雪の声にビクリと反応すると本を放り投げて昼食の準備にかかった。


 シートを広げ、さらにその上にフカフカマットを敷き、豪華すぎる弁当を並べる。重箱六段にぎっしり詰まったおいしそうなオカズ類と、さらに十人分はありそうなサンドイッチに人数分あるおにぎりまで揃っている。

 全員でがんばって食べても食べきれるかわからない量の、すごい昼食が出てきた。


「うわぁ……うわぁ……あちき、なにか食べていいの?」やや混乱ぎみの露が粉雪に尋ねる。


「なにかもなにも、全部食べていいんだよ?」


「え、これ全部……うわぁ……あちき、じゃあ、葉っぱ食べる……」やはり完全に混乱していたらしい露は唐揚げの隙間から出ていたへにょへにょレタスをつまみ上げた。


「青汁ちゃん、マジで青虫ちゃんになっちゃった!」と、紐子が言った。


 その後は正気に戻った露が、とりあえず高そうな肉から食べるという、食べ放題攻略法みたいな感じで食事を楽しむ。

 他のメンバーも各々、豪華な弁当を堪能していた。


「うちのシェフがこしらえたお弁当だから、間違いないにょ。これがパパの作ったお弁当だったら間違いもあったかもしれないけど、ママのお婿さんなパパは料理なんてできないし、荷物持ちくらいしか役に立たないからね」


 その言葉にがっくりとうなだれた粉雪父は、肩を落として伊勢海老の殻をしゃぶっている。なんだか悲しいその背中。


「た、食べたー!」


 いっぱい食べた。

 いっぱい食べた寧の腹が出産間際なのではと思うくらいに膨れていたが、数分寝転んでいたら見る間に萎んだ。


「寧ちゃん、消化が鬼速いっ!」


「えへへ、わたしってそうなんだ。でも別にそんなに大食いってわけじゃないし、もう食べられないよ。満足満足」


「もうお腹の膨らみ戻ってる、さすが寧ちゃん。それに比べて部長は少食だよね。唐揚げとサンドイッチくらいしか食べてないんじゃない?」


「エビとホタテと……あとなんか、うんこみたいなやつも食べたよ?」と露。


「青汁ちゃん……いつの間にうんこみたいなやつ食べてたの……ってか、それってどれのこと?」

 万千の疑問に、露は答えた。


「ここにあったやつ」


「ここにあったやつは……キャビアかな?」


「キャビアかよ。あはは、青汁ちゃん、キャビア知らなかったん?」紐子が笑う。


「カビア……聞いたことは……あ……ない」なかった。魚卵の類自体、そんなに食べたことのない露は、せいぜいイクラぐらいしか知らない。


 知らなくても美味しく食べられればなんだっていいし、多かれ少なかれ高級レストランなんかは説明されてもいまいちわかんない料理とかもあったりするから、気にすることないよ。とは、粉雪のフォローである。


 こうして食べるだけ食べた少女たちはお昼休憩を挟んで、午後の部へと移行した。午前中の続きから、アスレチックを攻略していく。


 わざわざこのために、人工的に作られた池(かなり浅いので、事故の心配が少ない)に浮かべた桶に乗り、対岸へ渡るというものがあった。


 露以外がなんとか対岸へ渡る中、最後に挑戦した露だけが、なぜかクリア不可能状態に陥っている。

 桶を(桶にくっついている小さなパドルで)漕いで池を渡るわけなのだが、露だけが、なぜか真ん中あたりまで進んだところでスゥーッと、うしろに戻ってしまうのである。

 変わらず漕いでいるのにも関わらず。

 風もないのに、なにもないのに、なぜか真ん中あたりでうしろに戻される。


「部長……なにそれ……なんで戻るん?」対岸で待つ粉雪にもわからない。意味も原因も、なんにもわからない。辺りは確認するまでもなく無風だったし、もちろん池には波もなく、水の流れなんてないのに。

 どうしてか、露はうしろに戻される。なにか、目には見えない力のせいで。もはやそうとしか考えられない。


「すげー。あれ、どうなってんだ?」紐子はすでに感心していた。マジックを見ているような心境で、その不思議を楽しんでいる。


「おつゆ部長、ちゃんと前に漕いでますもんね。わたしたちはちゃんと渡れたのに、なんででしょう?」桃姫が考え込むが、おそらく考えても仕方ないような気がする。

 露はまだ諦めていないようだったが、そろそろ腕の力がなくなりそうな頃合いだ。


 案の定、十数回目に戻されたところで、露の腕がぴたりと止まった。

 息も上がっていて、その時になってようやく泣きそうな顔になる。


「あちき……なんで戻るの?」


 訊かれても、誰も答えられない。答えられる人間がいない。


「青汁ちゃんが無意識に超特殊な漕ぎかたをしてたとか?」


「いや、普通に漕いでたようにしか見えなかったですよ……」万千の苦しい見解も寧に即座に否定される。


「まあ……こんなこともあるよね」多分、ないけど。「部長はかわいそうだと思うけど、仕方ないんだよ。きっと、これはこうゆうことなんだ。部長はこの池の真ん中で、絶対に戻る。最初から、そう決まってたんだよ。この宇宙ができたその時から、わたしたちが生まれた瞬間から━━これは、そうゆうものなんだよ。ね?」


 ね、って言われても。とは誰もが思ったが、他に落としどころも考えつかず、みんな粉雪の言葉に同意してみせるのだった。

 もちろん露当人は納得いかない様子だが、本人でさえ原因不明なままなので、なんとも言うべき言葉がない。

 露だけは何度も何度もその池を振り返りながら、次のアトラクションへと進んだ。

 そして、それ以降は特に変な出来事もなく、それぞれの実力に応じた結果を残して、なんとかすべてのアトラクションを攻略することができた。設定されたクリア時間よりはやや遅く、しかし想定内の時間を要して。


 最後に━━最終的に集めた合計ポイントを景品に交換してもらい、楽しい一日が終わる。


 メンバー中、最高得点(というか、パーフェクト)を記録した粉雪が交換したのはなんと大人一人分くらいの大きさの、ブラックヴァレイくんジャンボぬいぐるみであった。


【ブラックヴァレイくん:闇谷市のマスコットキャラクター。ブラックホールをイメージした頭部に、マントで隠した身体が特徴的なゆるキャラ。マントの下にはかつて食人時代に食した人間の頭蓋骨コレクションが隠されており、人を食べるのをやめた今でも、捨てられずに持ちつづけている(という設定)。考案者は現市長となってはいるが、実際は別の人物らしいという噂もある(真偽は不明)】


 そして、最低ポイントを叩き出した露が交換できる景品は━━『ガチャガチャ一回無料券』しかなかったので、もう一回例によって例のガチャガチャをやり、今度こそレアな『死因・十三個の部分に分けられる』が出て、嬉しそうではあった。

 特に紐子がすげーすげーと騒いでいたが。他のメンバーにとって、なにがすごいかっていうと、それはまあ、その人形のヤバさのほうだったんだけど。


 なんとなく粉雪がネットで調べてみたところ、なんだかよくわかんないけどすごい高値で売られていた。

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