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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
11/42

宇宙人広場へようこそ

「このバス停に8時で間違いないんだよね?」


 本数が少なく、なおかつ利用者が少ないそのバス停は牝獲市たにし(ざわ)とひよこの額の境目にあって、ぶっちゃけショッピングモールの送迎バスくらいしかやってこないし、それも午前と午後で一回ずつしかこない。


 少なくともこの時間にやってくるバスの予定はない。粉雪からは「迎えに行くから」とだけ伝えられていた剣崎万千と藤堂紐子の軽音部三年生コンビは信じて待つしかなかったのだが、やはりどこか不安だった。


「ちょっと心配だよな。あたいたち、忘れられてたりしてな!」かくれんぶじゃねーし、と言って笑う紐子。


「だとしたら悲しすぎるでしょ……せっかく楽しみにしてた日曜のイベントに、おいてけぼりなんて」


 寂れたバス停の文字が薄れた時刻表を見ながら、万千はため息をついた。

 同じ部の一年生である真中寧からペクニックだかの誘いを受け、なにそれと問い返すとどうやらそれはピクニックのことで、ピクニックなんて小学生以来経験のなかった万千は前のめりで参加希望を訴えたのだった。

 万千が行くならと、紐子も参加することになり、しかし二年生の二人は用事があって無理だったので、軽音部からは三人がお邪魔することになった。

 なぜかすべて面倒を見てくれるという寿々木粉雪に了承をもらうと、その日から万千は今日という日を楽しみにしていた。だから、置いていかれるのだけは、絶対に嫌だと顔に出ている。


 たにし沢に住む紐子と、ひよこの額に家のある万千の二人だけが、このバス停で待つように言われていた。

 粉雪とグリーン露の家は共に市の南に位置するきつねヶ丘(がおか)にあり、小泉桃姫と寧の家もその周辺の地区にある。いずれも学校から見ると南側にあり、北寄りの西側にある二人の地区とは離れているのだ。


「お迎え、車なんだよね?」


「なんであたいに尋ねて答えがわかるって思った? 万千こそ、聞いてなかったのかよ?」


「うん、迎えにきてくれるってことしか……」


 なんだかすごく不安になってきた万千の目に、角を曲がって現れた小型のバスが映る。


「あっ、あれかな」


「ほんとだ、マジでバスきたじゃん……つーか、えー、なんだよあのバス……かなりやベーぞ」言って、紐子は少しうしろに下がった。

 遠目にもハデなそのバスに気圧されたのだ。


「わぁ~、すごいね……」万千も圧倒されて、そんな感想を言うのがやっとだった。


 二人の待つ停留所に、バスが到着する。

 歴代のいろんなフリキュアのキャラクターが描かれた超絶イタいラッピングバス━━それが、どうやら粉雪の用意した送迎バスのようだ。

 ドアが開き、その粉雪が出迎える。


「こにちわー、迎えにきたにょー」


 おいでおいでと手招かれ、バスに乗り込む万千と紐子。

 運転席には見知らぬ大人の男性が座っているが、バスの運転手さんなので気にしない。と思ったら、粉雪が「うちのパパです」と紹介するので二人は慌てて挨拶をする。


 すでに乗車していた他の参加者たち(とは言っても粉雪以外に三人しかいないのだが)はみんななぜか後方の席に集まっていたので、万千たちも自然にそちらへ向かった。


「先輩、おはようございます。ピクニックへようこそ」と寧が言う。


「ペクニックへようこそ」桃姫も真似する。


「ペクヌック・ウェ・ヨコソー」座席の下から現れた露が見上げていた。


「のわっ、青汁ちゃんだ!」紐子が飛び退く。


「青汁ちゃん、なんでそんなところに」


「ベスコ落としたから、拾ってた」


 ちょっと埃っぽくなっているように見えるお菓子を見せて、それを口に放る露。せめて埃を落としてから食べたほうがいいような気もしたが、アドバイスをするには遅すぎた。

 万千はなんだか疲労を感じながら、空いている座席に座る。


「部長ぉ、またお菓子落としたの? というか朝から食べるペース早すぎるにょ。もちょっとセーブしないと、午前中でなくなるのでは?」


「ある。一理。さすがこな、冷静チンポコ」


 露がもう完全にアウトなヤバい言い間違いをしたので、さすがの粉雪も「その言い間違いはフォロー不可能だから、これからはちゃんと『冷静沈着』って言ってね」と厳重注意した。


「あちき、言ったよ?」


 言ってなかった。


「気を取り直してババ抜きでもやろっか!」


 粉雪はそう言うが、どうやら気を取り直せそうもない万千は苦笑いで応じる。青汁ちゃんことグリーン露のおかしさは理解しているつもりだったが、その想像を軽く越えてこられたので、まだ対応しきれていないのだ。


「あちき配る。あちき、でーらー」


「ディーラーな」と、粉雪。


 さすがにこの二人は、息が合っているなと万千は観察する。


「おつゆ部長って半分外人さんなのに、英語ダメなのなんでなの?」桃姫が訊く。「お父さん外人さんなんだよね?」


「パパ、なに言ってるかわかんない。あちき、英語喋れない」


 そもそも一人称が日本過ぎるので、だいたいそーだろーなぁとみんなわかっていたけど、露の口からはっきり聞くことができた。

 おそらく母親の影響が強いということなのだろう。あとは、日本で生まれ育ったから、こうなったに違いない。


「負けた人、お菓子くれる」


 勝手にルールを作った露が、ゲームの開始を宣言する。露から左回りに決まったので、その順番でカードを引いていった。


 最終的に残った万千と寧の手には、それぞれ一枚ずつのトランプ。

 つまり、万千が引いた瞬間に寧の勝ちが決定するけれど、同時に万千の手札も揃うので上がりとなる。

 で、実際にその通りになった。


「あ?」顔を歪める粉雪。「つーか、誰かジョーカー引いた人いる?」


 誰も手を上げない。粉雪も、ゲーム中ただの一度もジョーカーを引くことがなかった。


「いや、ジョーカーどこ行った?」


 すると、露がおしりの下にあったジョーカーを持って、言った。


「抜いてた。ババ抜きだから」


「ちっ・がっ・う~んっ!」


 ババ抜きの意味が違うし、露はどうやらルールをちゃんと理解していなかった。言葉だけ知っていたようで、とりあえずジョーカーを外していたらしい。ババを抜いてババ抜き━━確かにそうだけど、そうじゃない。


「意味ねー!」と紐子は叫び、そして笑った。


 バスに備え付けのカラオケでフリキュアの主題歌をみんなで歌っているうちに、バスは闇谷市へと入り、本日の目的地には三十分やそこらで到着する。

 山道の入り口前にちゃんと駐車場があって、すでに何台かの自家用車が止まっている。

 いつの頃かここが整備され、有名なスポットになっていたので休日ともなれば朝から家族連れなどが訪れる。お金をかけずに子供も満足させたい親にとっては、絶好の場所なのだ。


「とんちゃ~っく、みんな降りれ~」


「みんな無賃乗車。誰も払わない」露が言う。


「うわぁ、なんか、ひさびさに『休日』って感じがする。やっぱこーゆーとこも来ないと、青春じゃないよね」


 伸びをした万千は目を輝かせている。中学三年生の女子ともなると、こういった外出の機会は少なくなる。友達同士で出かけるにしても、ショッピングや街歩きばかりで、少なくとも山に行こうなんてことは誰も言わない。それでなくとも受験生なので、今回のようなイベントは、万千にとっては本当に貴重なものだった。


「山ってだけで、ロックだしな」


「いや、それはわかんないけど」


 三年生の二人が喋る横で、露は風に流されたクモを目で追っている。どこかから糸が伸びているのか、微妙にカクついた不思議な動きに目を奪われていた。


「ほんじゃ荷物は全部パパが持ってくれるから、みんな預けてちょ」


「はーい!」と、真っ先に声を上げた寧が粉雪の父親に荷物を渡した。「お願いしまーす」


「はい。他のみんなも、荷物はぼくが持ちますよ」


「あっ、わたしは大丈夫です。リュックですし、お菓子くらいしか持ってきていませんから」言って、桃姫はぴょんと跳ねてみせた。


「あたいたちも特に持ってもらう必要はないな」


 ほぼ手ぶらの紐子と、手提げ一つの万千は見ただけでわかる。露も肩にかけた幼児用にしか見えないウサギさんバッグだけなので、持ってもらう必要はなかった。

 結局娘に押し付けられた大荷物と寧のバッグを肩に下げて、粉雪の父が歩き出す。


 道は整備されていて、さほど高さのない山の頂上まで簡単に歩いて行けるようになっていた。間隔が広く段差も少ない階段の他に、バリアフリーの道も併設されていて、とても歩きやすい。

 それらの工事はすべて、粉雪の母が計画したものだった。

 隣町の人間なのだが、元々こちらの市民であり、どうやら影の支配者らしい粉雪の母なので、そういった計画には積極的に関わっているそうだ。

 一説には現市長が粉雪母の下僕に等しいみたいな噂もあるが、それはあくまで噂なので真偽のほどはわからない。


「へはっ、へはっ、なんか、ひさしぶりに運動して疲れたかも……」普段あまり運動をしない寧は疲れていた。


 万千や紐子も同じ軽音部なので、体力的には寧と変わらないような気もするのだが、こちらの二人は平気だった。というか、緩やかな坂道なので普通に歩いていればそんなに疲れるはずはない。

 寧は気合いが入りすぎて、ちょっと早足になっていたことに気づいてなかっただけだった。


 頂上の広場入口には『ようこそ、ここが異星人来訪の場所です』との立て看板が設置されている。

 通称「宇宙人広場」と呼ばれているこの場所は、かつて地球侵略を目論んだ異星人がやってきた、宇宙船の着陸地点なのだそうだ。


 その場所を粉雪の母親が整備して、記念公園的な遊び場としたのである。


 自然を残しながらも拓かれた広いスペースには、飲食店でもある小さなお店まであって、ジュースの自動販売機やガチャガチャまで設置されている。

 遊具はフィールドアスレチックとしてもなかなかに本格的かつ種類が豊富にあって、子供だけでなく大人もしっかり楽しめるくらいに、立派な物が揃っていた。


「うわー、うわー」なにから遊んでいいかわからなくなった露は、小刻みに震えた。「あちき、とりあえず……ガチャガチャする」


「そっちかい!」粉雪がツッコミを入れた。


「さすが青汁ちゃんだな、思考がロックンロールだわ。普通そっち行かねーもんな。目の前にアスレチックあってさ」


「でもガチャガチャって、なんだかやっぱり気になりますよね。あるとつい見ちゃうかも」桃姫も露のあとについて行った。

 なので粉雪もついて行き、ならばと全員がガチャガチャの前に向かった。


 ちなみに粉雪の父親はすでに休憩場所に座っていて、やさしい眼差しを向けている。荷物番と子供たちの保護者役としての責務を真面目にまっとうするようだ。


「へー、こんな場所のわりに、いろいろあるんだなー」上下に二台重なって、それが五列━━計十台のガチャガチャマシンを順に見ていく紐子。


『世界の山脈』とかいうガチャは山のミニフィギュアらしいのだが、全種類、どれも同じように見える。おそらく標高が高い有名な山の山頂付近を切り取ったものに違いないが、ほぼ同じような雪山でしかなかった。よほど詳しくなければ、その違いはわかりそうにない。


「あちき、これやる」


 そんな中から露が選択したガチャは『断末魔コレクション』とかいうやつだった。


「部長……今一度考え直す気は━━」


「ない」


「くぅぅ~、無念!」


 一回二百円するので、二百円の無駄使いだなぁと思いながら露を見守る面々。

 ガチャガチャっとハンドル回して、ゴトリと景品が転がり出る。露はカプセルを取り出すと、開けようとした。

 開けようとしたのだが、セロファンがぴっちり隙間なく厳重に巻いてあるタイプのやつで、露には開けることが難しかった。


「開かね……こな、開けて」カプセルを粉雪に託す。


「しょーがねえなぁ……あ、でもほんとに開けにくいかも……おっ、ここ破ける……でけた、開いたよ部長」


 半分開いたカプセルを露に戻すと、すぐに中身を取り出した。


 中身は━━完全に斧で脳天をざっくりやられちゃってる男の人形で、両目はもう飛び出していて鼻や口や耳から血が流れ出ているような、とんでもなく趣味の悪いものだった。


「『死因・斧』だって……これなに?」


「いや、あんたが欲しくて買ったやつだろ……」


 さすがの粉雪も気の利いたツッコミができなかった。


「それ、なんかいいな」


 突然そんなことを言い出した紐子が、自分のお財布から二百円を出して、露と同じガチャガチャにお金を入れる。


「えー、紐子先輩も買うのかよ?」


「なんかよくない、これ?」


「いや、まったく……」粉雪にはよさが理解できない。商品化してる時点である層のターゲットは想定されているのだろうが、もしかしたら露や紐子みたいな人間がそうなのだろうか。


 ロックンロール回しとか言って腰を振りながらハンドルを回す紐子。出てきたカプセルを取り出すと、すぐに粉雪に渡した。「寿々木ちゃん、開けてくれ」と、自分では試しもせずに。


「なんスか、わたし、開ける係なんかい……」仕方ねーなーと洩らしながらも、要領よく開ける粉雪。「はい、開いたにょ」


「サンキュー、どれどれ……おっほ、きたー!」


 紐子が手にしたフィギュアは━━ドアに挟まれた顔がぐにゃりと歪み、やはり血を吐いている男の人形だった。


「『死因・何回も挟まれる』これ、レアじゃん?」


 レアじゃなかった。


「ってゆーか、なんなのこのシリーズ」万千は心底嫌そうな顔で言う。


「あ、これってもしかしてJの犠牲者シリーズじゃないですか」桃姫が断末魔コレクションの文字の上を指差す。そこには確かに小さい文字で『ジェイソンの犠牲者』と書かれていた。正式な商品名が『ジェイソンの犠牲者 断末魔コレクション』だった。


「だから部長やったんか」


「Jのガチャ、めずらしい」


「確かに、はじめて見たにょ。ってか、あっても誰も買わないよな……部長とか紐子先輩みたいなイカレ……もとい、変態……じゃなくて、頭悪そうな……これも違うな……当たり障りのないマイルドな表現が出てこないなぁ」


「寿々木ちゃん……もう一通りだいたい言いたいこと言ってるから、そのへんでやめてあげて」万千が制止する。


「っていうか、ガチャガチャやりにきたわけじゃないんだし、みんなであっちに行って遊ぼうよ」


 寧の言うあっちには、アスレチックの入り口があった。

 おにぎり山こと平見土山の広範囲に広がる本格的なフィールドアスレチックは、その規模から実は全国的に有名なもののひとつだった。

 好きな人間などはわざわざ県外からもやって来るし、外国人の客も少なくない。


 その前方の広場━━アスレチックの入り口とガチャガチャなどが並ぶお店の間の空間には、ひときわ異質なオブジェクトが置いてある。


『宇宙船のレプリカ』だ。


 粉雪の母と、その友人たちが当時見たという宇宙船をできる限りリアルに再現したもので、上にのぼることも可能だった。はしごがかかっているので、誰でも簡単にのぼれる。


 ただし、柵もなにもないので気をつけてくださいという注意書きはあるのだが、それでものぼりたい人は自己責任でのぼるのだ。


「あちき、あれにのぼる」


「UFOの上で写真とる?」


「わたしは遠慮しとく」


「わたしもいいや」


「あたいもやめとく」


 と、万千、寧、紐子はノーと言ったが、桃姫はのぼる気満々だ。


「粉雪ちゃん、行こう!」と、積極的である。アスレチックがあるから動きやすい格好で、スカートは絶対にダメだよと粉雪から言われていた桃姫は、わりとちゃんとしたスポーツウェアを着用しており、本格的ないでたちである。元から運動は好きだと聞いてはいたが、本当に楽しそうにしている。テンションも高めで、いつもとちょっと違かった。


 かくれんぼ部の三人で、UFOの上で写真をとる。自撮りしたものと、下から寧にとってもらったものと、遠くにいた粉雪の父親がズームで撮影したものとの三枚に、思い出の一場面として刻まれた。


 粉雪と桃姫はピースサインだったが、真ん中の露だけは断末魔コレクションの斧で頭割られ人形を構えていたということを、あとになってから知った彼女たちであった。

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