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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
10/42

いいことをしても誰の目にも触れないが、悪いことをするとすぐに見つかる

「さて、部活の時間なのだが……部長がまだ来とらんね」


 粉雪と桃姫が間近に顔を突き合わせている。いつもの狭い部室だが、部屋の主とでも言うべきグリーン露の姿がなかった。


「部活、はじめられないね」


「うに。でも今は姫ちゃんがいるから、部長がいなけりゃいないでやれるんだけど……とにかく姫ちゃんのでっけぇ胸が視界を奪って仕方ないよね」ずっと相手の目ではなく胸元を見ていた粉雪は言った。


「ごめんなさい、これ、邪魔だよね?」


「え、そーゆうことじゃないよ。邪魔だなんてとんでもない。姫ちゃんのお胸は学校の宝だよ。完璧にトレジャーってるよ!」


「完璧にトレジャーってるの?」


 両手で重たい胸を持ち上げ、ぽよぽよさせる。揺れがすごい。地震かっ!


「のほおっ!」粉雪は男みたいな反応を示して白目になった。


「それはさておき━━」


「さておかれた~」


「部長来なさすぎだから、ちょっと探しに行こうか。多分トイレで寝てると思うから」


「おつゆ部長、なんでトイレで寝られるのかな。すごいよね?」


 どうやら露のことは『おつゆ部長』と呼ぶことに決めたらしい。桃姫もだいぶ馴染んできて、今では完全にかくれんぼ部の一部として完成されていた。

 三位一体、しかし鬼的には標的が一人増えたわけなのだが、彼女たちは自分らの熟練度が上がったという認識でいた。


 難易度イージーからノーマルに戻したと、露は語っていた。


 そんな露を探すため、とりあえず彼女のクラスがある北校舎の二階まで行って、そこの女子トイレに入ってみる。


 いなかった。


「あっれ~、ここかと思ったのに」アテが外れた粉雪は、首が折れそうなくらいに傾げてみせると、その姿勢のままでトイレから出た。


「うわあああーっ!」出会い頭に粉雪を目の当たりにした平山紀依ちゃんがしりもちをつき、さらに後方にごろんと転がりパンティ丸出しの姿勢で止まってしまった。


「エロい!」粉雪が指差して叫ぶ。


 桃姫に助けられた紀依ちゃんが泣きそうな顔で見上げながら「こなちゃん、おどかさないでよ~」と抗議するが、無視された。


「紀依ちゃん、うちの部長見なかった? 部活に来ないんだけど?」一学年上の先輩なのだが、粉雪にとって一学年上の先輩はほぼタメなためタメ口なのはなんのため?


「この世のため」


「なにが? つゆちゃんなら教室にいるよ」


「えっ、そうなん? なんか放課後の犯人探しクラス会かなんかあったん?」


「クラス会はないし、なんの犯人もいないよ~。そうじゃなくって、なんか佐々木くんとボードゲームやってたよ」と、紀依ちゃんは教えてくれた。


 は、ボードゲーム?

 粉雪はものっすごく顔を歪め、その顔で隣の桃姫を見たら「ひいっ」って言われた。


「遊んでんのかよ、まったくぅ~」プンプン怒りながら、露の教室を目指す。なぜか紀依ちゃんもついてきた。トイレに用事ではなかったのか。さては尿意が引っ込んだな、と粉雪は頭の隅で考えた。


 教室に入ると、確かに露が男子と向かい合ってボードゲームに興じている。ギャラリーも数人いて、教室の真ん中がちょっとしたイベント会場になっていた。


「なにバトルだよ。バトるならカードバトルでもすればいいのに……なぜにボードゲーム」


「あ、こな」


「こなじゃねーよ部長ぉ、なしてこげなところでボードゲームなぞ……な……ぞほおっ?」粉雪はそのボードゲームがどんなものだか認識すると、途端に興味が湧いてきた。というか、見た瞬間に自分もやりたくなった。


「フリキュアオールスターズボードゲーム・妖精の国へようこそ」露がご丁寧に商品名を一字一句漏らさずに読み上げた。


「こっ、こいつはなんて素敵なゲームをやっていやがるんだ……こいつら、イカレてやがる(褒め言葉)!」


 露の相手をしていたのは男子生徒なのだが、粉雪は見ていない。ボードゲームに夢中で、それどころではなかった。


「部長ぉ、こんな素敵なもん買ったんなら、すぐ部室に持ってきてくれたら一緒に遊んであげたのに!」


「ちがう、こな。これあちきのじゃない。ごじろーのやつ」


「あん? ごじろー?」


「オレが五時朗だ、ナメんなよ」と、ナメられるようなことを言う、佐々木五時朗。そう言いながらもルーレットを回し、フリキュアのミニフィギュアを出た目の数だけ進ませる。1マスしか進まなくて、しかもその升目に書かれた言葉は『妖精の国が一夜にして闇に包まれた。十回休み』だった。


「あちき勝ち確」露の勝利宣言も飛び出す。


 まあ、相手が十回も休みでは、それも当然だ。


「ははっ、ざまぁ。最後の最後で十回休みとか、ありえねー」


 粉雪の向かいにいた紫メッシュの女の子、北斗由梨愛が笑った。それを受けて五時朗が肩を震わせ、今にも爆発しそうに揺れている。


「ぅぅぅぅわああああーっ!」爆発した。


 が、机を引っくり返そうとでもしたのか、下から思い切り持ち上げた両手はスカッと外れて、その勢いを五時朗自身に還元する。

 椅子ごと後ろに転倒した五時朗は後頭部と腰をひどく痛めて転げ回った。


「いってええええーっ!」


 派手に転げ回り、粉雪の足元を強襲した五時朗を蹴って止め、粉雪の安全を確保してくれたのは北斗由梨愛だった。


「助かりまんた━━えっとぉ……」


「わたしは北斗由梨愛。五時朗が露っちに何するかわかんないからさ、見張ってたのよ。よろしくね、寿々木ちゃん」


「ほーい」粉雪は軽い返事をした。


 結局露の圧勝に終わったボードゲーム。全身をまんべんなく痛めた五時朗はそれを片づけると、そそくさと教室を去っていった。

 自分も遊びたかった粉雪は残念だったが、男子生徒の持ち物である以上、仕方ないと諦める。


「こな、自分で買えばいい」


「うん、あれは買うかも。いや待てよ、もしかしたらママがすでに持っている可能性も……」


 なにしろ粉雪の母親もフリキュアが大好きな人間で、いろいろグッズを所持している。歴代作品のブルーレイはすべて揃っていた。


「まあいいや、ボードゲームはやりたかったけど、わたしら部活せにゃ。部長、行くべよ」


「今日は誰が鬼?」


「今日は部長ね。姫ちゃんは、まだ新人研修期間だから、今日も隠れのほうで」


「しょうがない。これだから新人は」なんて、偉そうに言う露は、三人でやるかくれんぼが楽しくて仕方なかったのだった。


 ★★★★★


「わたし、二年生のお姉さんたちにも知られてるよね」と、自分自身の有名具合を桃姫に尋ねるフリして教える粉雪。


「それはそうだよ。粉雪ちゃんのお母さんが有名だから、粉雪ちゃんも有名になるよ」


「なるか、やっぱし」


「仕方ないよ。親が有名人だと、その子供も有名人になっちゃうよ」


「仕方ないか。それはそうと、姫ちゃんのおっぱいもまったくもって仕方ないね。もう、ほんとに仕方ないよね。わたし首動かないよ? え、こんなに挟む力ってあるもんなの? おっぱい別に生きてる? 姫ちゃん本体とは別の生き物?」


 狭くて暗いロッカーの中━━二人でいっぺんに隠れたものだから、身動きもなにもできない。それに加えて桃姫の胸が大きくて、その谷間に首を挟まれた粉雪は本当に顔も動かせない状態だった。

 息ができることだけが救いだが、あまり長くもいられない様子。


「これさ、もし部長に見つかんなかったら、わたしの棺桶になるよね」


「ならないよ、粉雪ちゃん」


「これで棺これの仲間入りだね、わたしも。姫ちゃん知ってる、棺桶これくたーず。略して棺これ。元々スマホのゲームなんだけど、ゲーセンの棺これアーケードが流行ってる。わたしこないだ木製棺桶改の中身百五歳中破ホロのカード当たったんだよ!」


「ちょっとなに言ってるのかわかんない……」


 桃姫は知らない単語ばかりで、なんのことやらさっぱりだった。ゲームの話だという以外、なにも伝わらなかった。


「そんでさー、ネットで相場調べたら━━くるっ!」


 突然黙った粉雪。その反応に反応した桃姫も身を固くする。


 気配━━音はないが、何者かの気配がする。


 ぎぃぃぃ……と、化け物か殺人鬼の類でも来たような感じでゆっくり静かに扉が開き、足音もなく何者かが一見して無人の教室へと侵入してくる。


 カタッと、粉雪たちが隠れているロッカーの、ちょうど正面のあたりで音がした。

 粉雪は桃姫に埋もれているのでどうしようもないが、桃姫はロッカーの隙間から、かろうじて外の様子を見ることができた。


 なので、見ている光景を、彼女は粉雪に小さな声で伝えてあげる。


「……よく見えないですけど、なんか、誰かがリコーダーみたいなのを……ペロペロしてる?」


「なぬぅっ!」それを聞いた瞬間、正義の粉雪は思わず大声を上げた。


 ついでにロッカーもガタガタッと揺れたので、教室内にいた何者かが慌てて逃げる様が、入ってきた時とはうって変わった激しくドアが開いた音からうかがえた。


「ぷはあっ!」ロッカーから転がるようにして背中から飛び出した粉雪。すぐさま辺りを確認するが、すでに誰の姿もない。


 ただ、教室の床に、隠れる前にはなかったはずの、誰かのリコーダーが転がっていた。


「姫ちゃん、ほんとにコレ、ペロペロしてたん?」


「うん。それは間違いないです。横向きで、舌がペロペロ出てたのが見えたから」


「顔は?」


「それは、ちょっと暗くて見えなかったです。あ、でも━━眼鏡かけてたかも。大きめの眼鏡?」


「大きい眼鏡……? なぁ~んか、心当たりがあるな。それってもしや、普段は大人しい優等生の梃子杉(てこすぎ)くんでは? いやでもまさか、あんな優等生に限って……あり得るなぁ」


 人は見かけによらないと、子供の頃から母親に教わってきた粉雪は、人を見かけだけでは判断しない。どんなに外面がよくても、裏でなにを考えて、どんなことをやっているかなんてわからないのだ。


 とはいえ、粉雪はそれ以上追及することはしなかった。


 粉雪はリコーダーを拾うと、その入れ物が置いてある机を確認した。

 ここは粉雪のクラスだったので、別のクラスの桃姫にはわからないが、粉雪にはそこが誰の席なのか、すぐにわかった。

 寧ちゃんの席だった。


「寧ちゃんのか~……こんなことも考えられるから、リコーダーはちゃんと持ち帰れって言われてたのにぃ、仕方ないなぁ……」


 それでも、悪いのはリコーダー置きっぱの寧ちゃんよりは、悪質な変態リコーダー舐め舐め野郎なのだが━━今はそれを考えても仕方ない。犯人の証拠もなく、被害だけが残っているのだから。


「姫ちゃん、このことはわたしたちだけの秘密にしとこう」


「うん、わかった」


「犯人探しをするべきなのかも知れないけど、わたしは寧ちゃんの心を守ることを選択する」


「粉雪ちゃん、かっけ~」桃姫が珍しい口調で言った。


「ほんじゃまあ、リコーダー洗ってくるにょ。そんで元に戻しておこう」


 粉雪の考えに賛同した桃姫と一緒に、二人は寧ちゃんの憐れなリコーダーを洗浄するため洗い場に向かった。


 で、丁寧に洗っている途中でうしろに立った露に「……めっけた」と声をかけられる。


「あ、部長……だった、かくれんぼの途中……」もうすっかり忘れていた粉雪。桃姫も同じで、そういえば、みたいな顔をしている。


「真面目に隠れるのやめた……こな、もも、あちきのことキライになったの?」


 今にも泣き出しそうな表情で、ちいちゃい露がさらにちいちゃくなったような佇まいを見て、粉雪は胸がきゅううう~んと締めつけられる思いがした。


「ぶっちょぉ~ん! そんなことないよ~ん、わたしたちみんな、部長のことは大好き好き好きスキューバダイビングだにょ~っ!」


「そうですよ! 深海の気持ち悪いお魚さんくらい好きです!」ゲテモノ好きな桃姫の気持ちは、あんまり伝わらなかった。


 それでも粉雪がちゃんと隠れてたんだけどリコーダーペロペロ妖怪ペロリンスキー伯爵が出現して寧ちゃんのリコーダーが汚染されたから━━という理由を丁寧に説明してあげると、さすがの露も理解した様子で、納得した。


 三人で寧ちゃんのリコーダーを戻してから、その日はそのまま帰宅したのだった。

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