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かくれんぶ!  作者: 鈴木智一
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かくれんぼ部

 公立★牝獲市(めかくし)中学の二年生、グリーン(つゆ)と、同一年生、寿々木(すずき)粉雪(こなゆき)のふたりは『かくれんぼ部』、通称<かくれんぶ>に所属している。


 ━━が、ふたりしかいない!


 それでも部なのだ━━部として認められているのである。まったく稀有で奇特な学校であり、心の広い教師たちがいらっしゃるもので。


 軽音部の隣にある部室━━というか元物置の部屋で、露と粉雪が向かい合っていた。ミーティングらしいが、なにを話しているのやら。


「今日はわたしが鬼の日だから、こな(・・)がどっかに隠れてちょんまげ」


「ほぉい……内部だけですか、それとも外部を含みますか?」


「内部だけにしてね、大変だから」


「ほぉい、では内部だけに隠れまぁす」


 十センチ以内の至近距離で顔をつき合わせていたふたりが動きだす。

 正座の姿勢から、のそりと立ち上がった黒髪ポニテの粉雪が、物置、もとい部室の扉を開けて出ていった。


 取り残された金髪おかっぱの学内ハーフタレント露はいーち、にーい、とゆっくり数を数えはじめる。


 律儀にちゃんと、しっかり数える。


 さーん、しーい━━きゅうじゅきゅー、ひゃぁーっく!


(じぇい)始動━━きんきんきん、たんまっま…………」


 JはジェイソンのJで、露にはあのキキキ、マママという音が変な風に聞こえていた。


 廊下に出ると軽音部の紀依(きい)ちゃんがいたので、さっそく尋ねる露。


「見なかった?」


「え、なにを?」


「……餌食(えじき)


「えじき? なんだろう……たぶん見てないと思うよ」


「さんくす、ばいなら」


 なんだったんだろ、と紀依ちゃんは不思議がっていたが、まあいいかと綺麗さっぱり忘れて部室に向かった様子だった。


 露はとりあえず部室のある南校舎の三階から潰していくようだ。

 美術室の扉をガラリ━━美術部の面々がほとんど全員露のほうを振り向いたが、露だとわかるとまた自分の作品に意識を戻した。

 かくれんぶとしての露を、みんな理解していたのだ。


 露は勝手に美術室に入って、勝手に立花(たちばな)さんのスカートをぺろりとめくったが、そこに粉雪の姿がなかったので退室する。


「おのれこしゃくな……三階いなそう」呟いて、とぼとぼと階段を下りていく。


 二階の視聴覚室に入ろうと思った露だったが、施錠されていて入れなかったのでピッキングで解錠してから中に入った。

 ポッケに忍ばせているピッキングツールは、昔泥棒をしていた父親から譲り受けたものである。


「へい、がいず」


 三人の男子が固まるようにして画面に見入っていた背中に、露は遠慮なく声をかけた。


「うわあっ!」

「どわあっ!」

「ひひーん!」

 と、三者三様に驚いた男子たちは、急いでリモコンを操作して映像を止め、テレビを消し、DVDのケースを背中に隠した。


「見なかった?」露が尋ねる。


「なっ、なにも見てないよ!」


「見てない見てない、ほんと見てないから!」


「ぼく目が悪くてなにも見えませんから!」


 慌てた三人は、それだけ言うと露を恐れるように身体を寄せ合い様子をうかがう。


「さんくす、ばいなら」


 露はここにはいないと判断し、部屋を出た。しかもちゃんと外から鍵をかけ直してから去っていく。

 残された男子たちの「カギかけた?」「かけたかけた」という声が、むなしく響いた。


 用務員の緑川さんに出会った露は、ここでも粉雪の行方を尋ねる。もちろん自分で探す意志はあるが、ヒントは大切だと考えていた。

 隠れる側も、鬼にヒントを与えないようにする技術が必要だという考え方が、露たちかくれんぼ部には存在した。


「あらぁ、かくれんぼ部の━━」


「つゆ」


「つゆちゃん、部活中?」


「いえーす。見た?」


「見た……ああ、確かあの子だったような……あの子なら、たぶん一階じゃないかしらね」


 おそらく目撃していたのだろう、緑川さんから重要なヒントを得た露は、さっそく現場へと向かった。

 職員室のある一階だ。


「気配がする……怯える子羊」


 職員用の男子トイレを開けたら、露に気がついた佐藤先生が「のわっ!」と叫んだ。


「子羊……どこだ」


 呟き、扉を閉める。男子トイレではないと判断し、次に向かった。


 隠れられる場所は限られている。廊下にいなければ、いずれかの室内くらいしか、逃げ場所はない。


 露はガラリと職員室の扉を開くと「シツレシマス」とわざとカタコトっぽく言って入室する。

 どの教師にも用事はなかったが、一番あやしい村上先生のところに向かった。


 露に気がついていない風にして、デスクに向かっている姿が実にあやしい。

 そろりそろりと近づいていった露は、ここぞというタイミングで一気に距離を詰めると、村上先生のデスクの下を覗き込んだ。


 すると━━村上先生の足と一緒に、体育座りの粉雪がいるのを発見する!


「ミツケマッ! ミツケマッ!」


 右、左、右と交互に左右の人差し指で差しながら、露はこれまた交互に左右の足をかくかくやりながら警告音のような声を発した。


「めっかったぁ!」粉雪は愕然とした様子で這い出てくると、その場でくるくる回りはじめる。しかも両手を上げて。


「めっかったぁ! めっかったぁ!」


「アウトっ、セーフっ、よよいの━━アウトっ!」


 やっぱりアウトだった。露にとっ捕まった粉雪が腕を掴まれて連行されると、職員室には平和が戻った。


 ただ、粉雪のアシストを大失敗してしまった村上先生はちょっぴりショックを受けたようで、いったいなにが悪かったんだ、机に向かい過ぎたか、などとしばらくひとりで悩むのだった。


 ★★★★★


「反・省・会」またしても粉雪との距離が十センチ以内の露が、ほぼ無表情で言った。「こながなんで見つかったか」


「ほい━━たぶんですけど、村上先生の演技がダイコンすぎた」


「ある。机に向かいすぎ」


「わたしがいたから、村上先生の椅子の位置が少しだけ下がりめだった」


「ある。下がりめだった」


「あとは、わたしのいい匂いが隠せなかった」


「ない。無味無臭」


「………………」


「では、今日の部活を締める。締めのご挨拶━━アタマ隠してぇ」


「オケツぷりぷりぃ!」


 ぷりぷりとお尻を振ったふたりは、帰り支度をはじめた。スクールカバンを持って、戸締まりオーケー、火の用心。とはいえ火気はない。窓のカギだけ確認。あとはなんもない。壁に貼られたタロットカードの<隠者>のポスターに手を合わせて「明日も見つかりませんように」とお祈りしてから、部屋を出る。


 ちなみにふたりはご近所さんで、帰り道も一緒だった。普通に並んで帰宅する。


 階段を下りる途中で軽音部の井坂(いさか)(みつ)ちゃんとすれ違い、立ち止まった三ちゃんがふたりに声をかけた。


「そーいやつゆちゃん、カジキ探してんだって?」


「???」無言で顔面を歪ませる露。


「なんで学校でそんなもん探してんの?」


「探してない」


「え、そう? じゃあ聞き間違いだったかな……確かにカジキって聞いた気がすんだけど。まあいいや、ほいじゃねー」


 言って、活発な三ちゃんは元気よく階段を駆けのぼっていった。


「部長、お腹すいたの?」


「お腹はすいたけど、カジキはノー」


 なんだったんだろ、と粉雪は気になったけど気にしないことにした。露といるとこういうことは日常茶飯事といえるのだから。


「今度のフリキュア、魔女っ娘らしいですぞ」母子ともに大好きな幼女向けアニメの話題を持ち出す粉雪。


「知っとる。見る」


「わたしのママ、もうストーリーだいたい知っとるそうな」


「知っとる。ぷりーず」露もそのアニメは好きで、たまーに制作者のひとりでもある粉雪の母親と喋ったりするのだ。


「あー、でも極秘だから、部長にも教えらんないです……わたしにも教えてくれんしね」


「裏山……の秘密基地」


「学校の? あれは秘密基地じゃなくて単なる山小屋ですが」


「あそこも部室に」


「ならねー」


「明日はこなが鬼の日」


「だっちゃ」


「ふっふっふ━━ふっふっふ」


「前回は部室出て2秒で見つけたから、アレはなしで」


 というのは、前回露が"隠れた"と言い張った、廊下のスミに丸くなってしゃがんでいた話だった。


「気配は消したはず」


「いや、消えとらんでした」


 毎回同じフィールドで隠れる場所もそうそう選択肢があるわけでもないので、前回の露のようにちょっとトリッキーな隠れかたを試したくなるのは、やむを得ないことではあった。

 物理的にではなく、精神論的方法で"隠れ"ようとしてしまったりするのだ。

 というか、露の場合はたとえ気配を完全に消せていたとしても、普通に丸見えだったのだが。


「なんなら明日もわたしが隠れ━━」


「ノー、順番守るべし」


「だね。スミマー」


「ふたりだから交互。三人だと、じゃない」


「え、もしかして部員募集します?」


 でも、この時期にわざわざ他の部辞めてまでうちに来る人なんているんかなー、と粉雪は大きな独り言を言った。


「募集━━IKKO(一考)の余地」


「あり。募集しないからいないだけかもしんないしね」


 それもいいかも知れないと、ふたりはここにきて急に、部員を集めてみようかなと思い至るのだった。

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