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第92話 エピローグ

 メルディアを倒して、十年になる。

 ジークは五十をとうに過ぎ、弱っていた四十代よりも更に弱り、冒険の旅もやめて十年になるので、最早旅に出ることが難しくなっていることだろう。


 だが、彼は何の憂いもない。


「おはようございます、お父様」

「……おはよう、ございます」

「おはよう、お父さん」

「父よ、おはようのハグだ」


 容姿が、性格が変わった者、変わっていない者、いろいろいるが、姉妹全員十年前とは比べ物にならないほどに強くなっていたからだ。

 

「おはよう。オーヴォル、二十歳を超えたから、もうしないと言っただろう?」

「それは拒否するとも言った」


 相変わらず無表情のまま、二十歳のオーヴォルが、ジークを前に手を広げる。

 昔は万歳だったが、身長がみるみる姉妹を追い抜いて、いまやジークをも追い抜いている。


 末の子ではあるが、姉妹で一番長身となっていた。

 装備を着せれば、女騎士と言われても誰もが納得することだろう。


「だからな、お前ももう大人の女で、身体も──むぐっ!」

「問答はしない。父とのハグはこれからも続く」

「やめ……ぐっ!」


 オーヴォルの力は計り知れず、ジークが全力になっても敵うことはない。

 だから、拒絶の姿勢を示す以上の力は、最早入れることはなくなった。


「オー! お父様が困っているでしょう、やめなさい」


 間に入ったのは、エミルン。

 26歳になった彼女は、どこに出しても恥ずかしくはない淑女になっていた。

 多少の人見知りも、笑顔で何とか乗り切っていた。


「エミルンの姉よ。私はこう見えて寂しがり屋なのだ」


 二十歳の少女は少し寂しそうにエミルンを見る。


「そ、それでも、やめなさい」


 少し戸惑いもしたが、再度同じことを返すエミルン。

 すらりと伸びた背は、オーヴォルほどでもないが長身で、二人で並べば、騎士団の幹部のようで、誰も勝てない雰囲気がある。


「どうしましたか?」


 奥から、今朝のメインと思われる料理を運んで戻ってきたのは、シェラナ。


「何もない。いつものことだ」


 最早年長者に見えるオーヴォルが答える。


 シェラナの姿は17歳のまま、マーキィは14歳のまま。

 魔法を使う彼女たちと、武器を使うエミルンやオーヴォルの容姿には差が大きくなってきていた。


 だが、彼女たちには十年前と同じく姉であり妹であった。


「ところで、ジーシェイはまだなのか?」

「昨日遅くまで、オーヴォルが話を聞きに行っておりましたので、寝不足なのではと思います」

「私が起きているということは、それは関係ない。ジーシェイの姉が寝坊なだけだ」


「まあ、どちらでもいい。誰か起こしに行ってくれないか?」

「それはお父様が行かれては?」


 悪戯っぽく微笑みながら、マーキィが言う。


「……いや、年頃の娘が寝ている部屋に、父が行くのはどうだろうか?」

「構わないと思いますわ、行ってらっしゃいませ」

「…………」


 長年の付き合いで、マーキィと議論するのが無駄だと理解している。

 何しろこう見えて姉妹で一番賢いのだ。


 あの死霊使い(ネクロマンサー)は魔法だけではなく小賢しい知恵までも彼女に与えていた。

 何を言っても返されてしまうことだろう。


 ジークは大人しく、ジーシェイの部屋に向かう。

 彼女の部屋は今でもジークの隣だ。

 昔とは違いほとんど入ったことはない。


 ジーシェイは二年ほどでジークを追い抜き、ジークも教えられることがなくなったので、それ以降は頻繁に冒険の旅に出ている。

 もしかしてこの家に居づらいのかと聞いたが、それは絶対にないと答えてはいる。

 だが、実際のところは本人にしか分からない。


「ジーシェイ、朝だぞ、そろそろ起きないか?」

「んー……」


 ベッドの中からは、明らかに起きていない声が聞こえる。


「ジーシェイ、早く起きろ。みんなが待っているぞ?」

「んー……」


 もぞもぞと、オフホワイトの頭がシーツから起き始める。


「おはよう、お父さん」

「……うむ。いつも思うのだが、お前は旅の野宿でも同じように寝ているのではあるまいな?」

「そんなことしないよー。むしろ、宿でも鎧着て寝ることも多いよー。でも、家だったら安心して寝られるからねー」


 ジーシェイは、下着とほぼ変わらぬほどの薄着で眠っていた。


「とりあえず服を着て、起きろ。みんなが待っている」

「分かったー」


 もう一度眠りそうな声で、ジーシェイはそう答えた。


          ■


「そいえば、言い忘れてたけど、今回は古代竜(エンシェントドラゴン)倒したよ?」

「え?」


 朝食を終え、話をしている時、何気なくジーシェイが口にする。


「西の王国で竜王を名乗って人間を支配して苦しめてて、交渉が決裂したからね?」

「一応説得しようとはしたんですね」

「それはそうでしょ、いいドラゴンなら退治する方が悪人だし」


 それは理にかなってはいる。

 だが、ジークの退治したときはどうだっただろう?

 山の奥に生息していたドラゴンを退治した。


 確かに迷惑をかけていたのだが、話し合いという方法を一切取ることはなかった。

 その点において、ジーシェイはあの頃の、22歳の頃のジーシェイよりも上なのではないだろうか。


「それは、凄いですわね。ですが、私たちも修行をしております。どちらが強くなったのか、今日確かめましょう」

「そうだねー楽しみだねー」


「それで、どんな任務があるのですか、お父様?」

「……オーガが一頭発見された。奴らは群生だから巣が移動して来ているのかも知れん」

「オーガ、ですか……」


 マーキィから、少しがっかりした声が漏れる。


「いや、オーガはかなり強敵だぞ? 奴らは残忍な上に知的生物だ。人の肉を食うとも言われている」

「父よ、それは古代竜(エンシェントドラゴン)を倒したり、その姉と互角の戦いをする我々に言っているのか?」

「……いや、油断するなと言う意味だが」


 確かに、オーガが千の集落を作って城塞を築いていたとしても、この中に最も攻撃力に欠けるシェラナを一人で行かせても、何の心配も要らないだろう。


「まあ、やりすぎるなよ? 攻撃は敵の一枚だけ上を心がけるといい。更に強い敵が出てきた時、警戒が薄くなる──」

「そのようなこと、分かってます。それに例えそうあって、絶対に敵わないと逃げていく方が多いので楽です」

「そだねー。圧倒的な力は相手の戦闘意欲をなくすからね」


「……まあ、好きにすればよい。行ってくるがいい」

「お父様、その依頼をお受けになったのはお父様ではなくって?」

「……いや、それは単に昔からの受付先というだけで、私が行けと言われているわけではない」


 街からの依頼は、いまだにユーリィから受けているのだが、必ずジークに依頼される。

 普段常に会っている弟子のシェラナには魔法医専門の依頼以外は依頼することもなく、言伝すらしない。

 必ず直接ジークに会って依頼するのだ。


 おそらく弟子から何かを言われて、面白がってそうしているのだろう。


「さあ、用意いたしましょう」

「う、うむ……だが、私が行く意味が本当にあるのか?」


 急かされるように立ち上がるジーク。


「一番強いのは、体液を吸収した父さんだからねー」

「何度も言うが、十年前にメルディアを倒したのち、その能力は消えたのだぞ? それに、私の潜在能力(ポテンシャル)はお前らの最大の強さだから、今のお前らもそれに近づいているのだぞ? つまり──」

「もう一度試してみないと分かりませんわ?」


「十年も試し続けただろう! 今更戻ることは……待て! 話を聞け!」


 ほぼ無理やり準備をさせられるジーク。

 この中ではもはや比較も出来ないほど弱い彼は、だが、いまだに依頼をこなし続けている。


 おそらく、十年後も依頼をこなしていることだろう。

 娘たちが、彼を嫌いにならない限り。


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