第90話 もう一つの、プラス
「ふむ……まずいな」
これまでの戦いで分かったことは、妖魔との実力は拮抗しているということ。
いや、少しだけ向こうの方が上だろう。
そして、他人の潜在能力に乗っかっているジークにはその能力に終わりがあり、更に言えば、体力には限界がある。
長引けば確実に負ける。
だが、もはや出し抜く方法も思い浮かばない。
「形勢は逆転したようね! 人間にしてはよくやったわ!」
「くっ……!」
時間がない。
だからと言って焦って攻撃しても体力を奪われるだけだ。
だが、このままというわけにも行かない。
何らかの解決策が思いつくことを期待して、ジークは高速で低めの攻撃を繰り出す。
「無駄ね! もうあなたの奇襲は見切ってるわ!」
「ちっ……!」
攻撃を弾かれて、足元がおぼつかなくなる。
まずい、ここを攻撃されれば──。
「ふんっ!」
「っ!?」
ジークと、メルディアの間に割って入り、攻撃を加えたのは、エミルンだった。
完全にジークのみと戦っていたメルディアは、その攻撃を受けてしまう。
「……!」
エミルンは、メルディアがその攻撃を理解するより前に、来た時と同じように高速で後ろに下がった。
「こんなものは、かすり傷よ……!」
いきなりの攻撃に面食らったであろうメルディアは、それでも何とかそう返した。
確かに、すぐに傷が治るメルディアには大した影響もないだろう。
だが、ジークに刺そうとしていたとどめを止められたのは事実だ。
「小癪なっ!」
エミルンを攻撃しようとするメルディアを牽制するジーク。
「わ、私たちも、お父様をお手伝いしましょう!」
シェラナの声で、他の姉妹たちも頷く。
「やめろ、危険だ!」
彼女らの支援はありがたい。
ありがたいのだが、ジークは彼女らを守るために戦っているのだ。
その彼女たちの身を危険に晒したくはない。
「大丈夫! 自分の身は守れるから!」
マーキィの言葉に、もちろん根拠はない。
だが、それだけでも、ジークの支えになった。
「注意しろよ!」
「うむ」
あまり多く、彼女らについて考えている暇はない。
彼女たちに手伝ってもらうことにした。
「その程度では、変わらないわ! ただ、倒れるのが遅くなるだけ! あなたには時間制限があるのでしょう?」
「…………っ!」
メルディアの指摘に、返す言葉はない。
確かに、隙を突かなければ勝てない、期限がある事実には何も変わらない。
将来の彼女たちならともかく、今の彼女たちには、先ほどのような助けにはなるが、ジークの戦力の底上げにはならない。
シェラナのおかげで、攻撃を受けて回復するのも、これまでより早く回復するだろう
エミルンのおかげで、マーキィのおかげで、オーヴォルのおかげで、助けにはなる。
だが、それでジークが強くなるわけではない。
彼女らはもう十分にジークを強くした。
その上で、やっと均衡出来たのだ。
「はぁっ!」
攻撃を繰り出すが、跳ね返され、今度は弾き飛ばされる。
「お父様っ!」
「パパッ!」
飛ばされたジークは廊下の向こう側に──。
「あっ……え? あっ!」
それを受け止めたのは、ジーシェイだった。
だが、待ち構えていた、というより、たまたま通りがかったような声を上げた。
「ジーシェイ、今までどこにいた?」
「部屋に、武器と装備を取りに行ってて……」
そう言えばさっきからいなかった事に今気づいた。
戦いに集中していたので、背後は気配でしか感じていなかったので、一人いなくなっても気づけなかったのだ。
「そうか……まだ、お前がいたか!」
「え? え!?」
戸惑うジーシェイの肩をつかむジーク。
「この、均衡した状態に、お前の力が加われば……!」
「え? ええっ!?」
戸惑っているジーシェイ。
メルディアはシェラナ達がこちらに来れないようにガードしているが、怪我をさせたくないので時間もない。
説明している暇は、ない。
だから──。
「すまない、ジーシェイ!」
「え……? むぐっ……!」
ジークは実の娘の唇に、自らの唇を押し付けた。