第88話 余裕の隙
「さて、どうするか……!」
前に戦った時は、一瞬の油断を突いた。
だが、この状況ではそれは無理だろう。
正直前回の勝ち方では、強さも分からない。
物理攻撃をするのか?
それとも魔法中心か?
どうする?
「シェラナ!」
「はいっ!」
ジークはシェラナの名を呼び、彼女は何をすれば瞬時に理解して、ジークの口にキスをする。
「…………!」
戦闘中の短時間の合理的なそれではなく、長く、熱く、愛情を乞うような、そんなキスだった。
注意の一つもしようかと思ったが、これで彼女も怖いのかと考えると、軽く抱擁して頭を撫でるしかなかった。
シェラナの隠された力、潜在能力が、ジークの身体を漲らせる。
どんな攻撃も、即死でなければ回復する脅威の身体。
「よし、これですぐに死ぬことはあるまい」
「あらあら、あなた、妖魔だったのかしら? 体液を吸収して強くなる人間なんていないはずよ?」
「そうだな、その点に関しては、お前に感謝してもいいかも知れんな」
メルディアの血を舐めて得た能力。
このおかげでどれだけ助けられただろうか。
周囲に潜む脅威を討伐できたのも、この能力のおかげだ。
娘たちの適性を見極め、それぞれに師匠を宛がえたのも、この能力だ。
ジークやその周囲が幸せになれた能力であり、自然と感謝という言葉が出てきてしまう。
「だが、私の娘たちに手を出すというのなら、容赦はしない」
この力の源が、目の前のメルディアであるとしても、その力の矛先がこちらの大切な者に脅威を与えるなら、この力を使っても守る。
ただ、大切な者を守る。
純粋にそれだけのために、これまでもこれからもこの力を、悪しき力を使い続けるのだから。
「どちらにしても、その程度では、私には敵わないわよ?」
まだ、余裕のあるメルディア。
それはそうだろう、怪我をしてもすぐ回復するだけでは、敵は倒せない。
「そうだな──エミルン!」
「あ、うん……!」
エミルンが慌ててジークの前に飛び出し、キスをする。
震えているのは、妖魔を恐れてか、それともキスのせいか。
「…………ふむ」
新たな力が漲って来る。
先ほどよりも、視界が優れて見える。
おそらく、エミルンの潜在能力である、高速攻撃のおかげで、動体視力が格段に向上しているのだろう。
今、この瞬間、メルディアが完全に気を抜いているのが分かる。
今なら攻撃が──。
「……しまった!」
その時になって初めて、ジークは剣を持っていないことに気付いた。
当然、鎧の類も着けてはいない。
朝食後にただ様子を見に来ただけなのだ、武装などしているるわけもない。
「パパ! これ、パパの剣!」
「鎧も持ってきている」
マーキィとオーヴォルが、部屋からジークの装備を持って来ていた。
「お前たち……何故?」
「私が言っておいたのですわ。二人が恐怖でお父様にしがみついてはと思い」
それに答えたのはシェラナだった。
「ふふっ、愛されているわね。いいわ、着るのを待っててあげるわ? 」
「…………」
その甘さが命取りになるぞ、などと思ったが、あえて不利になる必要もあるまい。
ここはその甘さを利用すよう。
ジークは、警戒しながら鎧を手にする。
「何もしないわ。ただ、それを着終わったら、あなたは終わるわ。せいぜいゆっくり着なさい?」
「いや、その必要はない」
ジークは普通の速度で鎧を着ていく。
「一つ、疑問に思ったのだが」
「何?」
「街一つ食べて強靭になったのだろう? なのに何故この姉妹にこだわる?」
「愚問ね。彼女たちの潜在能力がそれほどまでに凄まじいからよ。街の一つや二つなんて比較にならないほどね」
「……そうか、それはいい事を聞いた」
ジークは鎧を着用し終え、剣の振りを確かめる。
「あら、何かいい事でもあったのかしら?」
「そうだな……」
ゆっくりと、剣を構えつつ、ジークは言い放つ。
「私は今、その全ての潜在能力をこの身にしている。つまり、お前の言う凄まじい状態だ」
言い終わる前に、ジークは高速でメルディアに飛びかかった。