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第7話 魔法医ユーリィ。

「…………っ!」


 強力な感情がジークを支配する。

 これは何だ?


 両隣で彼を抱きしめる、娘たち。

 彼女たちに対する強烈な感情が、ジークを支配していた。


 無抵抗無防備な少女たち。

 いや、起きていて、全力で抵抗したところで、ジークの前では何の役にも立たないだろう。

 その彼女たちを、強烈にどうにかしたいと思っていた。


 これは、性欲ではない。

 征服欲でもない。


 食欲だ。


 強烈に彼女たちを食べたいと思う。

 人間を食べたい、などと過去に思ったことはない。

 これではまるで妖魔ではないか。


「む……そうか……」


 昼に浴びた、妖魔メルディアの血のせいか。

 

「まさか、呪いか?」


 この強烈な食欲は、それしか考えられない。

 必死に抑えて寝ようとするが、気分が昂って眠れない。

 うまそうな料理の匂いの中眠りに付けないような、そんな高揚がどうにも抑えられない。


「落ち着け、俺は人間だ、そして、人間は人間を食べない……」


 自分に言い聞かせて目を閉じる。

 密着した二人の身体を噛み千切ったらうまそうだと、どうしても思ってしまう。

 だが、徐々に眠気が勝り、眠りにつくことが出来た。



「なあ、近くに教会か魔法医はいるか?」


 翌日、朝食の時、シェラナに訊いてみた。


「教会か魔法医……? どうかされたのですか?」

「昨日の妖魔のせいか、夜寝る時に苦しくなってな。呪いだと思われるから解除したい」


 ジークは二人を食べたくなった事は黙って伝える。


「え? だ、大丈夫なんですか……?」

「問題はない。だが、苦しくなることもあるから解除しておきたい」

「それって、マーやオーの寝相が悪くって苦しかっただけじゃないの?」


 からかうようにエミルンが言う。


「そんなことないよ! 私はじっとしてたよ! オーヴォルは知らないけど!」

「両姉よ、私はそんなことはない。死んだように眠るのだ」

「うむ、まあ、二人とも静かだったぞ?」


 食べたくなるくらいに、と心でのみ付け足すジーク。


「呪いなら近くにユーリィさんっていう魔法医がいらっしゃいます」

「そうか、場所を詳しく教えてくれ」


「案内します……あ、申し訳ありません、今日は少し用事で出ますので……エミルン? 代わりに案内して?」

「え? 私?」

「そうよ。ユーリィさんのところ、分かるよね?」

「分かるけど……」


 戸惑うエミルン。

 彼女は四姉妹で一人、ジークを父と認めてない子だ。

 二人でどこかに行くのは気まずいのだろう。


「いや、場所さえ教えてもらえれば一人で行こう」

「ううん、大丈夫! 私が教えるから」


 ジークが言うと、エミルンは慌ててそう言った。


「別に無理しなくてもいいんだぞ?」

「無理はしてないわ……。ただ……ううん、何でもない」


 エミルンはそう言って笑って何かを誤魔化す。


「それなら頼む」

「うん、じゃ、準備したら行くから……」


 そう言ってエミルンは準備のために食堂を出て行ったので、ジークも準備のために部屋に戻った。



「ユーリィさんの家は向こうの方でちょっと遠いけど」

「問題ない。俺はこの前まで冒険者だったからな」

「そっか、そうだったね」


「…………」

「…………」


 それからはしばらく黙って歩くことになった。

 ジークは別にそれに何も気にはならない。

 冒険で移動している最中、ずっと喋っているわけにはいかない。

 若い頃でも体力温存は必須だからだ。


 だが、エミルンの方は妙に気にしていた。

 先程から、気まずい表情でジークをちらちら見ていた。


「……ユーリィさんは、子供みたいに見えるけど、百歳は超えてるって言われてる人で」

「そうか」

「? 驚かないの?」


「魔法使いの若返り術(アンチエイジング)は基本だからな」

「ふうん……」


 それで会話が途切れた。

 その後もエミルンは気にしていたが、話はないままユーリィの家に着いた。


 そこは、ジークの知る魔法使いの屋敷、というものとは異なっていた。

 見る限り、一般の裕福な市街の家、と言ったところだろうか。


「失礼する。魔法使いのユーリィ殿はいらっしゃるか?」


 ジークは入り口から奥に呼びかける。


「何じゃ? 私に何の用じゃ?」


 奥から面倒そうに出て来たのは、確かに百を超えているとは思えない容姿。

 まさに幼女、としか思えない小さな女性が出てきた。


「あなたが優秀な魔法医と聞いてきた。話を聞いてくれるか?」

「おぬしはどこの誰だ?」


「名前はジーク。今はアルメル家に身を置いている」

「ふむ……では中に入れ」


 ジーク、そしてエミルンは、ユーリィについて家に入っていく。

 家の中も、特に魔法使いのような道具も、全くないわけではないが、ほとんどない。

 センスのいい調度や置物、そして、そこかしこに脱ぎ捨てた衣服が掛けられていた。


 まさに、女性が一人で住んでいる屋敷のそれだ。

 本当に彼女は優秀な魔法使いなのだろうか?


「最初に言っておくが、私は既に魔法医を引退し、余生としてここに住んでいる。本来なら断るところだが、アルメル卿には恩もある」

「そうだったのか。感謝する」


「それで、何の用なのだ?」

「昨日の夜、強烈に人間を食べたいと思うようになった。これは妖魔の呪いなのではないかと相談に来たのだ」


「ふむ……食べたいと思ったのは、エミルンか?」

「え? え?」


 ユーリィが後ろのエミルンを見ながら言い、エミルンが戸惑ったような声を出す。


「いや、違う。マーキィとオーヴォルだ。昨日一緒に寝たからな」

「ふむ……」

「彼女たちはおそらく断っても私と寝たがるだろう。危険だと思っている。だから早急に対処したい」


「それは確実に妖魔の習性だな。あの四姉妹には妖魔が食べたいと思う莫大な潜在能力(ポテンシャル)を持っているからな」

「確かに妖魔も潜在能力(ポテンシャル)と言っていたが、それは何なのだ?」

「言い換えると、才能(ギフト)だな。きちんと今のうちから鍛え、育てればその分野で誰も追いつけないような能力を得る。妖魔はそれを我が物にしようと食らいたくなるのだ」


「では私は、妖魔になってしまったという事か?」

「調べてやろう。顔を貸せ」


 ユーリィはそう言うと、ジークの顔に両手を触れる。

 その手の平は、冷たい、と思ったのは一瞬で、やけに熱い何かを頬に感じるジーク。


「ふむ……呪い、ではないな。半ば妖魔になっている、というところか」


 納得するようにユーリィがつぶやく。


「おぬし、妖魔を食べてはおらんか? 妖魔は獣や魚の姿をしているものもおるでな」

「そう言われれば分からんが、少なくとも体調が悪くなった昨日から今日に食べたのは、ここ十日ほど食べている干し肉と、アルメル家の料理だ。アルメル家の料理なら私だけに出るのはありえない」


「そうか……では、妖魔の血を飲んだりしたことはないのだな?」

「それならある。昨日妖魔を倒した時、全身に血を浴びたし、その際血を舐めた」

「では、それであろうな。おぬしは半妖魔となっておる」


 後ろにいたエミルンは驚いたように息を呑むが、ジークはそこまで驚くことはなかった。

 一時的に半妖魔になることは初めてではない。


「半妖魔とは言っても、基本は人間であるし、日常生活に支障はない。当の妖魔が死ねば元に戻るしな。まあ、多少人を食べて能力を奪いたいとは思うだろうな」

「何とか抑えることは出来ないか?」

「妖魔になっておることを抑えることは出来んが、妖魔の欲求を抑えることなら可能だ」


 つまり、半妖魔であることはどうにもならないが、妖魔としての欲求、つまり、人を食べたいと思う事は抑制できるということだ。


「それをお願いしたい」

「よかろう。では、背中を見せろ」


 ユーリィがが言うので、ジークは服を脱いで背を向ける。

 すると、後ろにいたエミルンと目が合い、エミルンは慌てて逸らす。


「では行くぞ……」


 ユーリィの小声での呪文。

 先程と同じように、背中に若干の熱さを感じる。


 いや、それは熱い、というよりも暖かいと言った方がいいのだろう。

 とにかく穏やかな何かを感じる。


「こんなものだな。これでおぬしの妖魔としての欲は抑えられた。だが──」


 衣服を着るジークに背を向け、ユーリィは続ける。


「人は不足している栄養を欲しいと思うものだ。汗をかけば水が欲しいと思うし、塩辛いものを欲しいと思う。無意識に欠けてしまったものを補おうとするものだ」

「そう、だな?」


 ジークは何が言いたいのか意図が分からず、頷くことしか出来なかった。


「おぬしの身体は、無意識に四姉妹の潜在能力(ポテンシャル)を欲しがったのではあるまいか? かつての自分にあり、今は失った能力を求めて」

「…………!」


 それは、ジークにとって青天の霹靂とも言うべき言葉だった。

 確かにジークにはかつての能力は失ってしまった。

 そして、あの頃に戻りたいと思わないわけもなかった。


 つまり、一部妖魔となっている今、自分は彼女たちの潜在能力(ポテンシャル)を心理のどこかで欲しいと思っており、それが「食べたい」という欲求として顕現したのではないか、という事だ。


「そう、かも知れない」

「であろうな。おぬしの年齢の冒険者でそう思わない者の方が珍しい。後は老いて(さらば)えるだけであるからな、冒険者としては」

「…………」


 言い返すことは何も出来ない。

 その通りだからだ。


「一つ、面白いことを教えてやろう。その者を食らえばおぬしはその者の能力を得られる。だが、それをすれば、私もおぬしを退治せねばならん。じゃが──体液を口にすることで、その者の能力を一時的にではあるが得られることが出来るようじゃ」

「体液……ああ、そうか」


 体液と言えば血の事だ。

 妖魔が血を吸いたがるのはそのせいだろう。


「おぬしが一時的にでも能力が欲しいと願うなら、誰かの体液を口にするといい。ただし、暴力的な事はするなよ?」

「ああ、分かっている。そのようなことをするつもりはない」


 もちろん、ジークはそんなことをするつもりはない。

 恩がある四姉妹の血を口にして、自分が強くなろうなどとは思わない。


「ならばよい。また様子が変わったら来るといい」

「分かった、ありがとう」


 それでユーリィと別れ、ジークはエミルンと家を出た。


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