第86話 再び、襲撃
その日は、何の変哲もない普通の朝で始まった。
「おはようございます、お父様」
「ああ、おはよう、シェラナ」
「おはよう」
「おはよう、エミルン」
「おはよー……」
「おはよう、マーキィ」
「おはよう、お父さん」
「ああ、おはよう、ジーシェイ」
「父よ、おはようのハグだ」
「おはよう、これでいいか?」
オーヴォルへのハグを終えたところで朝の挨拶が終わる。
「朝ご飯をいただきましょう」
ほとんど変わらないいつもの朝。
マーキィが昨日も聞いた昨日あったことを話し、オーヴォルがそれを指摘して。
ジークが話してくれないエミルンに昨日あったことを聞き、シェラナがそれを補足する。
輪に入れないジーシェイが入れるよう、ジークやシェラナが話題を振る。
そんないつもの朝食の後、今日は何をしようかを考えていた時。
「父よ、食後のハグを要求する」
目の前で万歳をしているはずのオーヴォルが、見にくくなっている事に気付いた。
「……今日は雨か? それにしても、あまりにも暗いな」
オーヴォルをハグしながら、灯りなしでは見えにくくなるほど周囲が暗い事に気付いた。
「そうですわね……雨音は聴こえませんのに」
不審に思ったのは、ジークだけではない。
シェラナをはじめとして、ここにいる全員が、外の暗さを不審に思っている。
何しろ、先程までは明るい、普通の朝だったのだ。
自然現象か、作為的なものか、それは分からないが、明らかに「何かが起きている」事だけは、全員理解出来ている。
「どうしよう……大丈夫?」
マーキィが不安げにジークにしがみつく。
「ああ、何か分かるまでは家から出るな」
とにかく、この現象が何なのか。
そして、これはこの家にとって友好的なものか敵対的なものかだけでも確かめる必要がある。
「しばらく一ヵ所に集まれ。様子を見に行く」
ジークがそう言って、玄関口に向かう。
「……何故ついてくる?」
すると、全員が彼についてきていた。
「だって、一ヵ所に集まるんでしょ?」
「一人では、危険です」
「…………」
確かに彼女たちはある程度訓練を受けていて、中にはすぐに師匠を追い抜く者もいる。
だが、現段階ではまだ力が不足している。
行かせるべきではない。
「お前らが協力してくれる気持ちは本当にありがたい。だが今はまだ──」
「でも、私たちがキスをすれば、パパが強くなるんだよね?」
「それは、そうだが……」
ジークは時々街の仕事で討伐をしているが、現役の冒険者の頃のように常に戦いをしているわけではない。
どうしても鈍っているし、弱くなっていることだろう。
それを補う上で、彼女たちの補助は欲しいところではある。
「邪魔しないし、駄目だと思ったらすぐ逃げるから。ね?」
「……ならば、私のそばから離れるな。ただ、私が死にそうだと感じたら逃げろ」
苦渋の判断だが、何が起こっているのか分からない以上、用心しておくに限る。
何しろ討伐の仕事も大抵は彼女たちの補助あっての事だ。
「では、行く……マーキィ、オーヴォル、くっつき過ぎだ」
「えー、でも、そばから離れるなって」
「少しだけ離れろ」
本当はもう少しきちんと教えながら叱りたいが、今はそんな暇もない。
多少嗜めてからそのまま玄関へ向かう。
迎賓の間に来ると、先ほどよりも更に暗くなり、灯も点けてないことから、夜以上に暗くなっている。
さすがにそこまでの暗さは天候の問題ではない。
何かが起きている。
それが何かは分からないが、少なくとも警戒すべきことだろう。
「まずは、外に出て、様子を伺おう」
ジークは警戒しつつも、入り口のドアの前に立ち──。
「お邪魔するわね?」
突然入って来たのは、恐ろしいほどに肌の白く、長い銀髪、爛々と輝く紅い瞳。
「お久しぶりね。約束通りまた来たわ」
それは、妖魔メルディア。
四姉妹の潜在能力を食べる、ジークに今の能力を与えることになった妖魔だった。