第85話 ジーシェイの「過程」
「さて、後はジーシェイだが……」
ユーリィの家からの帰宅中、ジークはぼやくようにつぶやく。
ジーシェイの事を考えようにも、どうにも情報が少なすぎる。
ジーク自身が彼女を教えているのだが、今のところ教え始めたばかりで、その先はまだ伺えない。
この先、彼女はどうなるのだろうか?
ジーシェイはまだ武器を変えたばかりで、覚えることが多い。
そして、ジークもこれまで積み上げて来たものが多く、自分の全てを教えるのはそう短期間で出来るものでもないだろう。
「先は、長そうだな……」
そう、結論付けてもいい、今なら。
だが、考えておく必要もあるかも知れない。
帰ってから、もう一度訓練して試してみるか。
そう、思いながら、ジークは家に帰った。
■
家に帰るなり、誘うまでもなく、ジーシェイに稽古をつけてくれと頼まれた。
ジークはそれを受ける形で稽古をつけることにした。
「もう少し脇を閉めろ。脇が開いていると、力が逃げやすい」
「うんっ!」
まずは素振りを確認する。
まだまだ未熟だ。
だが、ついこの間まで、巨大武器を使っていたことを考えると、かなりの上達だ。
自分専用の武器を作ってやったことが上達の理由の一つだろう。
そして、何より、練習を全く欠かさないのもまた、その理由でもあるだろう。
積み重ねの努力を楽しいと思う事は、一つの大きな才能である。
何故なら、自分のやっていることを「努力」などとは思わないからだ。
その才能に関しては、確かにあると思う。
「よし、では少し組んでみようか」
ジークは来ていた上着を脱ぎ、練習用の、刃のない剣を抜く。
「え? う、うんっ!」
少し嬉しそうに、だが、それを隠すように口元を抑えて、ジークの前に剣を持って寄る。
「まずは、普通に切り込んで来ていい。私を斬るつもりでかかってこい」
「……うんっ!」
一度は躊躇した、ジーシェイ。
実の父を斬ることなんて出来ない、と思ったのだろう。
だが、今の自分の腕で、父を斬り殺してしまうなんてことはありえない、と思い直したのだろう。
「じゃ……」
間合いを取って構えるジーシェイ。
そこから──。
「──っ!」
剣を中段に構えたまま、一気に距離を詰め、ジークに斬りかかる。
「むっ!」
ジークはそれを受け流す。
だが、先程の一撃、それは彼が思っていたそれよりも、遥かに速く強い一撃だった。
確かにその基礎は教えたが、いつの間にそれを体得していた?
「ぁっ! ぃっ!」
「くっ」
気合などの声はなるべく出すな、という教えを守り、多少漏れるが守り切っているジーシェイの剣先は、前に手を合わせた時よりも格段に鋭くなっていた。
そして、慣れてきたのか、一回一回、鋭くなっていく。
教えていないので、戦術そのものは、駆け引きもない、攻撃だが、確かにジークも厳しくなってくる。
そう、来ると分かっていても、それを受けるのはきついのだ。
これに戦術を教えたら、すぐにでもジークなど追い抜いてしまうだろう。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
我慢していたのだろうが、興奮して思わず漏れてしまう声。
「ぐっ!」
軽量な少女が、教えた通りの体重移動、筋肉の使い方を実践し、思い剣戟を繰り出している。
しかも、目にも止まらぬ速度で。
おそらく、ジークが見ていない時もずっと、稽古をしていたのだろう。
朝も昼も、日が暮れるまで。
それは、まぎれもない才能だ。
十二の少女が、脇目も振らず努力し続けることがどれだけ困難なことか。
「よし、もういい」
「…………!」
再び攻撃の機を窺っていたジーシェイを止める。
「成長しているな、そろそろ戦術を教えていこう」
「うんっ!」
近い将来、自分は彼女に追い抜かれることだろう。
だが、それでいい。
それこそが、彼が望んだ道なのだから。
またこの時期なので、しばらく更新がなくなります。