第82話 変わっていく男
「ベックには会って行くか?」
「そうですね。ご挨拶はしようかと思います」
微笑みながら答えるシェラナ。
無理に結婚を迫られ、トラウマになってもおかしくはない相手に挨拶をして行くという。
この子は強いな、とジークは思った。
二人は、ベックに挨拶がしたいと従者に告げ、しばらく通された部屋で待つ。
待つ間もほとんどなく、いつもの部屋に通された。
「やあ、久しぶりだね、二人とも」
ベックがいつものように二人を迎える。
「お久しぶりです、その後ご機嫌はいかがでしたでしょうか?」
「うん、元気だよ? 僕も最近は暇を持て余すだけじゃなく、少しは働くことにしているんだ」
「ほう? 何をしているんだ?」
「僕の従者は大半が元冒険者だ。だから、彼女たちに命じて、この近隣の情報を集めているんだ。元々、女冒険者は情報収集の仕事が多かったようだしね」
「情報? 例えばどのようなものだ?」
「近隣の街の情報や流通などをね。面白いんだけど街の商品や値段が変わっただけで、その街にどんな異変が起きているか分かるんだ」
「ほう……」
情報は戦略の基本だ。
商売はもちろん、産業も戦争も、全て情報の有無が可否を握っていると言ってもいい。
それはだが、貴族でも王族でも気づいていない者も多い中、よくそこに辿り着けたな、と思う。
それは無駄な活動のように思えるが、ある時一気に力になることも多い。
それを利用して商売を立ち上げたり、他貴族を出し抜いて王のために動いて地位を向上したり、そのための力になることも、かなり多い。
「君たちには特別に欲しい情報は提供するからいつでも言って欲しい」
「いや、我々はひっそりと暮らしているだけで何も必要としてはいない。その情報は自分のために使うといい。だが、ありがとう、その気持ちは嬉しい」
初めて会った頃から考えると、彼は変わった。
何か企んでいるのかとも思ったが、そもそもそこまで賢い男でもないだろう。
「ま、いつでも言ってよ。いい情報があったら誰かを使いに出すからさ」
「分かったありがとう」
妙にしつこいが、どうせシェラナの手前だからだろう。
適当に流すことにした。
「ところで、仕事中で申し訳ないのだが、レーナ殿と話がしたいのだが」
ジークは彼がここに来た本題を口にする。
「ああ、構わないよ? レーナ、彼と話していいよ」
「うむ。何の用だ?」
主人の前でもいつもと同じ態度だ。
前は違ったように思えたがそうでもなかったか?
「オーヴォルについて確認したいと思ってな」
「彼女はとても優れた弟子だ。あの歳でどんどん覚えていく。数年もしたら追いつかれるかもしれない、という危惧もあるほどだ」
「そうか」
数年はまだ大丈夫、と言うことか。
だが、見誤りや、年齢的に急成長もありうるので、注意が必要だろう。
「特に気になることはないか?」
「特には。ただ、多少十歳の少女にしては喜怒哀楽に乏しいところがある。確かに冷静なのは重要なことだが、相手の油断を誘うためにも表情は必要」
「………………」
「どうした」
「いや、忠告感謝する」
そこにいる誰もが思った事だろう。
「お前が言うな」と。
レーナ自身、表情に乏しく、何を考えているのか分からないことも多い。
その彼女ですら、オーヴォルには表情がない、と評した。
つまり、それほどまでに表情がないという事だ。
「だが、あそこまで行けば、またそれも武器になる気がしないでもないが」
「踏む。そういう観点もあるか」
逆にあの表情のなさを見たら、そっちを考えそうなものなのだが、彼女は最初から考えてもいなかったようだ。
「まあ、とにかく、これからもよろしくお願いする」
「うむ、任された」
多少の不安も感じるが、信じて任せることにした。