第80話 その先の将来
「分かりました。全力を尽くしますし、教えられなくなっても、出来る限り寄り添うようにします」
エイシャの頼もしい言葉。
「そうか、それはありがたい」
「私は実年齢よりも大人と言われることも多いですので、母代わりに相談に乗ることも可能です」
「いや、さすがにそこまでの年齢ではないと思われる。姉のように、で構わない」
エイシャの年齢を聞いたかもしれないが覚えてはいない。
だが、見た目からも言動からも十代後半から二十代だと思われる。
そんな若い、ジークから見れば少女と変わらない娘を、十六歳の娘の母親としてしまうのは酷とも言えるだろう。
「そう、ですか……」
少し寂しそうに微笑むエイシャ。
彼女はそこまで大人に見られたいのだろうか?
妙齢の女性は、若く見られたいと思い、そのための努力を欠かさない、というイメージがあったのだが、彼女はそうでもないのか。
それとも、ジークが思う以上に若いのだろうか。
幼き子供の「早く大人になりたい」という欲もまた、共通のものだ。
とは言え、さすがにそこまでは若くないだろう。
単純に、理知のある大人になりたい、という欲望だろうか?
「エイシャ殿は、もっと大人になりたいのか?」
「はい? いや、その……そうですね。出来る限り早く、ジーク殿に追いつきたいと思っています」
ジークの問いに、エイシャは想像以上に狼狽えて、だが、はっきりとそう答える。
「貴女はもう既に私を超えているのではないか? おそらく老いた私が命懸けで戦っても勝てるかどうか、いや、確実に負けるだろう」
「そ、そう言うことではなくてですね……もっとこう、精神的に対等になりたいというか、その……」
「私は大抵の者は対等と思って相対している。貴女の仕えているベックも、貴女も、私の中では対等だ」
ジークは冒険者をやっており、また、過去には王族とも話したこともある。
さすがに王族や上流貴族を対等と思ったことはないが、歳の二〇以上も離れた若者も、下流の貴族も、自分と大して違わないと思っている。
だが、もちろん、エイシャの言いたいのはそうではない。
「…………そうですか」
迷いに迷って、だが、何も言わず苦笑するエイシャ。
その意味を、かけらも理解していないジーク。
彼も若い頃なら、エイシャの思いに感付きもしたのだろうが、今となっては自分が若い娘にそんな対象で見られているとは思っていないのだ。
「エイシャ殿、これからもエミルンをよろしくお願いする」
「お引き受けいたしました。私の教えられる限りを教えさせていただきます」
だが、娘の師匠として話すと、その威厳はなんとか保った。
彼女にとって、与えられた任務をこなすことは何より重要なことなのだろう。
ジークは紅茶をストレートで飲む。
それは茶葉だけでも甘みのある、女性が好きそうな飲み口だ。
凛とした彼女ですらやはり、年頃の女性と言うところか。
「いずれ私は彼女の師匠たりえなくなります。私も師匠としての矜持がありますが、どうにもならない時が、そう遠くない時に来ることでしょう。差し出がましいようですが、その時にどうするか、早いうちから決めておくといいと思います」
「うむ……」
近い将来、エイシャでは剣術を教えることが出来なくなる。
彼女はそう言っているのだ。
その時にどうするのか? それを考えておけと言っているのだ。
剣はそこで打ち止めにして、パーティーに行っても恥ずかしくないような、可憐な令嬢になるための師をつけるべきか。
それとも、更に上級の師匠をつけるべきか。
今から考えておいた方がいいだろうか?
「考えておこう」
これは、本人とも相談して、その先を考える必要もあるだろう。