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第6話 娘たちと寝る。

「ふう……」


 やっと一人になれたので、ジークは腰を下ろしてため息を吐く。

 客用宿泊の間は今日だけで、明日からは、家族の寝室がある寝室へと移動することになる。


 そう、ジークは彼女たち四姉妹の家族に、父になったのだ。

 その実感はまだ薄い。


 何しろ、今日会ったばかりではあるし、やっと名前を覚えたくらいなのだ。

 いや、明日になるともう忘れているかも知れない。

 四十の記憶定着の悪さを、ジークは身に染みて自覚している。


 ジークも長い人生、家族ごっこのような真似事をしたことも過去にはある。

 知り合ってしばらく住ませてもらった女が、子持ちだったのだ。

 ジークはその、血のつながっていない子供を可愛がったし、自分の子供のように優しくした。


 とは言え、疑似は疑似だ。

 それは確かに親子の疑似経験ではあったのだが、例え義理であったとしても、本当の親子関係とは決定的な違いがある。

 それは、将来の責任の有無だ。


 父親の責務は、娘たちを守ることだけではない。

 良い環境を与え、間違った道に行こうとするなら正し、将来誰もが認める淑女に育てる責任がある。


 父親を請け負うという事はそういう事だ。

 下手な育てかたをしたら、死んだザーヴィルに申しわけが立たない。


 そんな重い責任を背負ってしまったことに後悔はないが、多少きついな、とは思う。

 何しろ、四人もいるのだ。


「パパー!」


 ドアの向こうからノックと共に声が聴こえる。


「どうした? 入っていいぞ?」

「うんっ!」


 ドアを開けて入って来たのは、パジャマ姿のマーキィだった。


「パパ、一緒に寝よ?」

「いや、それは……」


 子供っぽく見えるが、マーキィは十四歳の少女だ。

 既に父親と一緒に寝る年齢ではない。


「今日は、パパと寝る―!」

「あ、おい」


 マーキィはそう言うと、ベッドに潜り込む。


「うわーい!」


 布団から顔を出し、喜びの声を上げる。

 これを引きずり出すのは可哀想だろうか。


「パパ! 早く!」


 そして、ジークにも入ってくるよう促す。


「分かった分かった」


 ジークは諦めて布団に入る。

 十四歳の少女は普通、父親と一緒には寝ない。

 だが、この子は父親と一緒に寝る年ごろには既に、父親がいなかったのだ。


「パパ―、えへへー!」


 ぎゅっと抱きついてくるマーキィ。

 食事の時もそうだったが、本当に甘えん坊な子だ。

 そうか、自分はこの子の父親になったのだ。

 この子を育てていく責任があるのだ。


「マーキィは、ザーヴィルを、本当の父を覚えているのか?」

「んー、覚えてるはずなんだけど覚えてないよ?」


「どういうことだ?」

「多分これなんじゃないかな? って記憶はあるんだけど、それがパパだったかどうかは分からないの」


 幼いころの記憶というものは、日が経てば曖昧になっていくのは仕方がない。


「だから、ないのと同じ! 今のパパといっぱい遊んで思い出を作るのっ!」


 マーキィはぎゅっとジークに強く抱きつく。

 ジークはそれを片手で軽く抱き返す。

 たったそれだけで喜んでくれる。


「よし、じゃあ今夜はこうして寝よう」

「うんっ!」


 そうして、ジークはマーキィと二人で寝ようと──。


「父はいるか?」


 していたところ、再度ドアがノックされた。


「いるぞ? 入ってきていいぞ?」

「うむ」


 その口調と声で分かっていたが、ドアの向こうにはオーヴォルが立っていた。

 パジャマで、しかも、身体にしては大きめの枕を抱えている。


「オーヴォル、どうした?」


 そのいで立ちで用件は丸わかりなのだが、一応聞いてみた。


「父と一緒に寝ようかと思ったのだ。隣に寝かせてはもらえぬか?」

「いや、俺は構わないが……」

「駄目っ! もう私がいるから!」


 ひょこ、とジークの肩越しにマーキィが顔を出して先住を主張する。


「マーキィの姉もいるのか。私はそれでも構わないが」

「駄目っ! 私が構うの!」


「まあ、落ち着け、マーキィ。ほら、こっち側ならいいだろ?」

「んーんー……」

「マーキィの姉よ。私も父を知らぬ身。甘えたい年頃なのだ。理解してくれぬか?」


 オーヴォルは、口調以外は女児のように懇願する。


「んー……じゃあ、いいよ?」


 マーキィもその気持ちが分かるのだろう、もう片方をオーヴォルに譲ることにした。


「うむ、感謝する」


 そう言うと、オーヴォルは、ててて、とベッドに枕と共に潜り込む。


「むふー」


 表情をあまり変えないままだが、なんだか嬉しそうだ。


「……パパも! 早く早く!」

「うむ、分かった」


 正直なところ、まだジークが寝るには早すぎる時間なのだが、そう急かされては仕方がない。

 これが育児という事なのか、などと思い、寝ることにした。


 実際、十歳と十四歳の少女は、父と寝ることはもうないのだが。


「パーパ!」


 右からマーキィに抱きつかれる。


「私もそれがしたい」

「それは駄目! 今日は私!」

「ならば、明日は私にして欲しい」


「んーんー、いいよ?

「ちょっと待て、お前ら毎日一緒に寝るつもりか?」

「もちろん!」


「さすがに毎日は……」

「えー! なんで?」


 ジークとしても、父親になる覚悟はしたものの、少し準備期間も欲しい。

 それに、一人生活が長かった彼は、誰かと共に寝るという事がどうにも落ち着かないのだ。


「そういう日を設けるというのでは駄目なのか?」

「毎日がいい!」


 おそらくこのまま言い続けても、マーキィ、そして、黙ってはいるがオーヴォルが譲るとは思えない。


「……まあ、その件は明日、みんなで話し合おう」


 ここは自分以外の、これまで彼女らを教育して来たであろうシェラナやエミルンに諫めてもらおう。


「じゃあ、寝よっ!」


 マーキィが言う頃には、左からは寝息が聞こえてきて、やがて、右からも聞こえて来た。

 抱きしめられて身動きが取れないジークは、取り合えず目を閉じて、眠りを待った。


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