第77話 ベック家の病人
「ふう……」
疲れたジークは、部屋に帰って落ち着こうと思うが、そこにおそらくマーキィやオーヴォルが待ち構えていると思うと、帰れず、玄関の隅のソファに落ち着いた。
武器屋から帰って、剣を振るジーシェイをずっと見ていた。
最初ではあるので、「私の見ていないところでは使うな」と言ったのだが、それが徒となった。
疲れ知らずでずっと振り続け、ジークがそろそろいいだろう、と言ってもそれを拒否した。
結果ずっとジーシェイに付き合って、かなり疲れたジークは、もう一人で振ってもいいと言い残して自分だけ屋敷に戻った。
自分は多少指導はしたが、ずっと立っていただけだが、それでも疲れるものだ。
ジーシェイはまだ振り続けている。
よく体力が持つものだ。
明日は腕が痛いなどと言いそうだ。
「あら、お父様、どうされましたか?」
「ああ、シェラナか。ちょっとジーシェイの稽古に付き合っていてな。それよりお前こそどこかに行くのか?」
シェラナはいつも家にいる時の、動きやすい服ではなく、外出する時、その中でも高貴な人に会うような服を着ていた。
「はい、ちょっとベック邸に呼ばれておりまして」
「ベック!? あいつはまだお前に手を出しているのか?」
「いえ、今日の用事はそうではありません……その、そのようなお話は、時々ありはしますけど……」
「ふむ……」
今のベックなら安全だとは思うが、それでも奴は多数の愛人を持ち、今でもまだ愛人のいる男だ。
そんなところに戦闘能力を持たないシェラナを一人で行かせるのは危険かも知れない。
「私も行こうか」
「まあ、ありがとうございます。ですが、お疲れなのではないですか?」
「いや、これくらいなら何でもない」
どちらかというと精神的な疲れだったのだから、今は問題ない。
「ちなみに何の用で行くことになったのだ?」
「はい、ベックさまの配下の方が、怪我をして、しかも毒が回っているらしく、それを解毒しに行くことになりました」
「魔法医としての仕事か。……こういう言い方はお前を信じていないように思えるが、大丈夫なのか? ユーリィを呼んだ方がいいのではないか?」
「いえ、お師匠からの命で行くことになりましたので」
「ふむ……」
ユーリィが行けと言うのなら問題ないだろうか。
「だが、毒となると急がなければならないな。時間を取らせてすまなかった。行くか」
「はい、行きましょう」
ジークはシェラナを伴って、ベック邸に向かう。
「失礼する。こちらに毒を帯びた怪我をした者がいると聞いたのだが」
「お待ちしておりました、こちらです!」
貴族の邸宅であるにも関わらず、何の身元も示していない者を容易に上げる、というのは、かなりの緊急事態と言える。
「お急ぎください! こちらです!」
従者もかなり急がせている。
このような緊急事態に、ユーリィの推薦があるとはいえ、シェラナで大丈夫だろうか?
何しろ彼女は、潜在能力があるとはいえ、まだ学び出して間もないのだ。
多少失敗しても回復が延びるだけの怪我ならともかく、これはおそらく命に関わるものだと思われる。
これで失敗すればベック家にも申し訳ないし、シェラナもショックを受け、自信を失う事だろう。
「シェラナ、これはかなり緊急事態のようだぞ? お前で大丈夫なのか?」
「はい。私は、私を信じていただいた、師匠を信じております」
自信、とは多少違う、信じているのは師匠。
その師匠が、自分を信じてくれる、だから自分は問題ない。
ならば、父親に出来ることは一つだ。
「うむ、私もお前を信じているぞ?」
「……はいっ!」
少しだけ、シェラナを元気づけることが出来たジークだった。