第75話 鍛冶屋の心
「…………」
帰路に着きつつ、ジーシェイは、一体何が起こったのか、よく理解していなかった。
鍛冶屋が剣を造ってくれる、というのは理解している。
だが、何故造ってくれるのか? そこを理解していなかった。
「何が起きたか、分かっていないといった顔だな」
「う、うん……」
それに気付いたジークが口を開く。
「鍛冶屋さんは、どうして私の剣を造ってくれる気になったの? 私は、何も出来なかったのに」
「ふむ。そのためにはまず、何故鍛冶屋が剣を造ることを拒否したか、から話さねばならないだろうな」
「うん」
「彼のような腕の立つ鍛冶屋は、当然自分の造る剣の切れ味が自慢で、それに矜持もある。それは分かるな?」
「うん」
「彼は高い料金に見合った仕事をしている。だから、次々と依頼が来るだろう。彼の仕事には価値があり、彼の造った剣には高い価値が付けられる」
熟練の鍛冶屋は希少であるため、当然その仕事は重宝され、その製造物には高い価値が付く。
「だが、彼のような一部の職人は、その評価自体は喜ぶが、その価値を貴金属と同様に扱われることを非常に嫌うのだ」
「??? どういうこと?」
少し顔をしかめ、首を傾げて訊くジーシェイ。
「つまり、彼らは剣が使いやすい、切れ味がいい、などの評判で高くても買い求めてくれることは喜ぶ。だが、『この剣は有名な鍛冶師が造った、価格いくらの高級な剣だ』などと、客間に飾られたり、可愛い娘に、ただ高級な玩具を与えるために使われることは本意ではない、ということだ」
「……そっか」
「だが、お前はそうではないだろう? それを証明しに行ったのだ。だから、お前の活躍はあれで十分なのだ。お前なら彼の剣を十分に活用すると、彼が思ってくれた、ということだ」
「……うん」
言われて、嬉しくて照れ臭いのだろう、はにかみながら答えるジーシェイ。
「お前に出来ることは、出来上がる剣を使って技を磨き、いつか戦うことだ。それで彼は満足する」
「うんっ」
ジーシェイはまだ見ぬ剣を夢見て、騎乗する。
これで今後の修業にも身が入ることだろう。
とは言え、実際のところ、鍛冶屋がジーシェイの練習を見てその気になった、というのは多少の語弊があるだろう。
あの手の男が気に入らないと思う対象は、与えられた娘ではなく、与えた貴族の方だ。
自分の剣を、よくも知らずに高級品というだけで娘に与えるような輩のために働きたくはないだけだ。
となると、その対象は娘、つまりジーシェイではなくジークだ。
だから、本来話を聞くことすらなく門前払いのはずのジークを庭で待たせたのだ。
彼が最近断った依頼は一つしかなく、その依頼元が彼の思った人物像とは大きく違っていた。
しかも、ここまでわざわざ訪ねてきた。
これはちゃんと話をした方がいい、と考えた。
つまり、見られていたのはずっとジークだった。
そのジークが、娘を厳しく鍛えていたのが、あれだけで理解出来た。
だからこそ、剣を造る価値があると考えた。
もちろんそれを、ジーシェイに言うことはないだろう。
「彼の技術に応えるためにも、もっと剣の技を磨かないとな」
「うん、頑張るから、厳しく教えて?」
「分かった」
元よりそのつもりだ。
いつか、全力のジークが、彼女に負ける日が、楽しみで仕方がない。
もちろん、彼女を含め、娘たち全員に戦う術を教えることに迷ったこともなくはない。
だが、彼女たちはこの先ジークよりも長く生きるし、ジークもいつまでも健在ではない。
自分たちで身を守る術が、どうしても必要なのだ。
「まだ、剣は来ていないが、帰ったらもう少し練習しようか」
だから、彼は術を教える。
彼にはそれしかないのだ。
「うんっ!」
娘も、それを望んでいるのだから。