第74話 鍛冶屋の矜持
「失礼する」
ジークは鍛冶屋の工房に足を踏み入れる。
むわっとした熱風が、全身を覆う。
ジークが選んだ時間は、ちょうど鍛冶を終えているであろう時間だった。
だが、それでも作業が残っていたようで、用具の手入れをしつつ、窯の消火をしているところだったようだ。
「誰だ?」
「私はジークという。隣の街から来た」
「あの街の者なら、武器屋があるだろう。そこから注文してくれ。武器屋に不義理なことは出来ねえ」
鍛冶屋はぶっきらぼうにそう答え、作業を続ける。
どうやらただプライドの高いだけの鍛冶屋でもないようだ。
「その武器屋に、貴方に断られたと言われたから直接来たのだ」
「ふむ……話を聞こうか」
ちょうど窯の消火をしていた鍛冶屋が、手を止める。
「外の方が涼しいだろう、奥の庭に行くといい。そこで待っていろ」
「分かった」
ジークは鍛冶小屋の奥のドアを出て行く。
向こうにおそらく母屋と思われる建物と、小さな庭があり、そこに簡素なテーブルと椅子がある。
それは珍しく金属だけで出来たもので、風雨の下に長年置いてあるというの、錆が見当たらなかった。
「座っていよう。お前は奥に」
「う、うん……」
ジークに従い、ジーシェイが座る。
「ふう……少し早く来過ぎたかな? 仕事が終わるタイミングで来るつもりだったのだが」
「そう、なんだ」
せっかく意気込んできたジーシェイとしては、その気が殺がれ、少し緊張が戻って来たジーシェイ。
何もしなくてもいいと言われても、先ほどのあの鍛冶屋との対峙となるのだ。
緊張もする。
ジーシェイが深呼吸をする。
それをジークは見ているが、鍛冶屋がいつ来るか分からないので、何も言わず、ただ、その背を撫でた。
「待たせたな」
「いや、大丈夫だ」
鍛冶屋が一通りの作業を終えたのか、鍛冶小屋から汗を拭きながら出て来る。
「それで、俺が最近断ったのは一件だが、それでいいのか?」
「それがどれか分からんかが、娘の剣の鍛冶を断られた件だ」
「では、それだな」
鍛冶屋は立ち上がる。
「俺は女子供のお遊びの剣を造るつもりはない。だから断った。それだけだ」
「私はこの子にお遊びで剣術を教えるつもりはない。それを伝えに来たのだ。ジーシェイ」
「うん?」
ジークが立ち上がると、ジーシェイも立ち上がる。
「少し、立ち合いをしようか」
「え……? あ、うん……」
ここで、彼女が遊びで剣術をやろうとしていないことを伝えるための立ち合い。
それは、ジーシェイも理解していることだろう。
「構えろ」
「うん……っ!?」
構えた瞬間、ジークが鋭く攻撃して来た。
慌ててその剣先を自分の剣で躱すジーシェイ。
「い、いきなっ!」
いきなりの攻撃への文句を言おうとした瞬間、問答無用で次の攻撃。
それを躱すと、またすぐ攻撃。
ジーシェイはただ、防御に徹するしか出来ていない。
このままでは、鍛冶屋にいいところを見せつけられない。
何とか返そうとはするが、ジークの攻撃の鋭さに、防御で精一杯だった。
ジークは老いぼれていると、自分でも言っているほど、手が鈍っていると聞く。
それに全くかなわないとなると、鍛冶屋を失望させるだけではないのか。
そう、思うものの、何も返せず──。
「あっ!」
ついに、剣を弾き飛ばされた。
「…………っ!」
飛ばされた剣を取りに行くジーシェイ。
居たたまれない気持ちに満たされていた。
「ふむ。大体分かった」
もういい、とばかりに背を向ける鍛冶屋。
「あの、いつもならもう少し……」
「ああ、分かる。親にいきなり奇襲されるなど、普通は考えないものだ」
背を向けたまま、鍛冶屋は答える。
「だがそれでも、お前は全てしのいだ。その歳で、あの動きの相手を前に避け切った。その歳では腕は相当なものだ」
他に比較対象がいないので、考えたこともなかったが、ジーシェイは十二歳の少女で、普通に考えれば、大人と対峙すること自体あり得ない力の差があるはずなのだ。
事実、ジークには勝てなかったのだが、その善戦に、鍛冶屋は実力を見出したようだ。
「分かった。その子の剣を造ろう」
そう言って、鍛冶屋は母屋に戻って行った