表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/94

第72話 一生の剣、捨ててもいい剣

 しばらく待機していると、ジーシェイがててて、と戻ってきた。


「終わったのか?」

「うん、握りとか骨格とか筋力とか、色々訊かれたよ」

「そうか」


 本格的に彼女の剣を作ってくれるというのが分かる。


「それで、これからの教育方針についての話が、私には分からないから聞きたいって」

「教育方針?」


 剣を買いに来て何故子供の成長計画を話す必要があるのだ?


「お待たせいたしました。それではジーク様に何点かご確認いたしたい事項がございます」

「ああ、何だ?」

「お嬢様の、今後の剣の育成方針です」

「……それは、剣の作成に関係あるのか?」

「もちろんでございます。お嬢様はこれからどのようなタイプの戦士にもおなりになれます。それにより当然剣の種類や重さも変わります。それを考慮いたしますと、これはかなり重要なことと言えます」

「ふむ……確かにそうだな」


 一口に剣を持って戦う、と言っても、確かに様々な者がいる。

 防御を一切せず、相手に攻撃をさせないほどに攻撃を繰り返す者、逆に、一撃必殺の機会を待ち、防御一辺倒の者。

 それらの者が同じ剣でいいというわけがない。


 極端な例で言えば、彼女を暗殺者のように育てようとしているのに、幅広のロングソードを用意しても意味はない。


「ふむ……方針という具体的なものはまだないが──教えるのは私で、私と同じような者になるように育てたいと思っている」

「畏まりました。不躾ですが、貴方様の剣をお見せいただけませんでしょうか?」

「ああ、構わない」


 ジークは店主に自分の剣を差し出す。


「ほう、これは……」


 ジークの剣は、それほど高いものではない。

 冒険者になる時に、買える値段で買ったものだ。

 その後、伝説になる彼ではあるが、剣を買い替えようとは思わなかった。


 女の方は次々と替えていた彼だが、剣だけは替えなかった。

 大事にしていた、というわけではない。

 別にその必要があるなら、いつでも捨てていた。


 だが、この剣で成功しているのだから、わざわざ捨てる意味がない、というのが正直なところだ。


「材質は安いですが、非常に鍛えられていますね? 元々の形は存じませんが、貴方様の戦闘に特化されたのでしょう」

「ふむ……」


 そんなことを考えたことはなかった。

 傷んだので鍛え直してもらった事なら幾度もある。

 その際に確かに、こうできないか、などと注文を付けたことならある程度だ。


「これで十分に分かりました。これを中心に考えてお造り致します」


 頭を下げる店主。


「では、これから鍛冶屋に発注し、週明けにはお渡し出来るでしょうか」

「分かった、その頃にまた来る」


 ジークとジーシェイは、武器屋を後にした。


「ねえ、どんな剣が出来て来るの?」


 自分の、おそらく一生大切にするつもりの剣の出来が気になるジーシェイ。


「さあな。だが、あの男は信頼してもいいと思う。任せておけば良いものを造らせるだろう」

「そっか……」


 期待と不安をその顔に浮かべるジーシェイ。


「ジーシェイに、一つだけ言っておくことがある」


 その表情を見て、ジークは一つだけ気がかりがあった。


「お前は、今作られている剣を、いつでも捨てる覚悟だけはしておくんだ」

「え……嫌! 大切な剣だし、絶対捨てない!」


 ジーシェイはまだこの世に存在しない剣を思い、珍しく抗議する。


「それは、分かる。剣というのは自分の命を守る武器であり、長く時を共にした相棒でもある。だからこそ、いつでも捨てられる覚悟が必要なのだ」

「……どういうこと?」


「戦いは命がけだ、そして、展開によっては、手から剣を手放すこともあるだろう。その時どうするか? 自分には武器がない、敵はまだそこにいる。徒手で敵うのであれば、そもそも剣を落とすことはなかっただろう」

「…………」


「冒険は生き延びてこそだ。剣を失ってお前が助かるか、剣を助けるためにお前が死ぬか。その瞬間に考えなければならない。それは、それこそ一瞬の判断だ。」

「……うん」

「一瞬の迷いが、死につながることもある。だから、普段からその覚悟だけはしておけ。失ってから、いくらでも後悔しろ。後悔出来るのは生きているということだからな」


 ジーシェイはジークの言葉を十分に吟味して、考える。


「……分かった」


 そして、そう返事をした。


 その覚悟が、冒険者としての初めての覚悟かも知れない。

 だが、本音を言えば、剣を捨てなければならないほどの危機が来なければいいと願うジークだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ