第72話 一生の剣、捨ててもいい剣
しばらく待機していると、ジーシェイがててて、と戻ってきた。
「終わったのか?」
「うん、握りとか骨格とか筋力とか、色々訊かれたよ」
「そうか」
本格的に彼女の剣を作ってくれるというのが分かる。
「それで、これからの教育方針についての話が、私には分からないから聞きたいって」
「教育方針?」
剣を買いに来て何故子供の成長計画を話す必要があるのだ?
「お待たせいたしました。それではジーク様に何点かご確認いたしたい事項がございます」
「ああ、何だ?」
「お嬢様の、今後の剣の育成方針です」
「……それは、剣の作成に関係あるのか?」
「もちろんでございます。お嬢様はこれからどのようなタイプの戦士にもおなりになれます。それにより当然剣の種類や重さも変わります。それを考慮いたしますと、これはかなり重要なことと言えます」
「ふむ……確かにそうだな」
一口に剣を持って戦う、と言っても、確かに様々な者がいる。
防御を一切せず、相手に攻撃をさせないほどに攻撃を繰り返す者、逆に、一撃必殺の機会を待ち、防御一辺倒の者。
それらの者が同じ剣でいいというわけがない。
極端な例で言えば、彼女を暗殺者のように育てようとしているのに、幅広のロングソードを用意しても意味はない。
「ふむ……方針という具体的なものはまだないが──教えるのは私で、私と同じような者になるように育てたいと思っている」
「畏まりました。不躾ですが、貴方様の剣をお見せいただけませんでしょうか?」
「ああ、構わない」
ジークは店主に自分の剣を差し出す。
「ほう、これは……」
ジークの剣は、それほど高いものではない。
冒険者になる時に、買える値段で買ったものだ。
その後、伝説になる彼ではあるが、剣を買い替えようとは思わなかった。
女の方は次々と替えていた彼だが、剣だけは替えなかった。
大事にしていた、というわけではない。
別にその必要があるなら、いつでも捨てていた。
だが、この剣で成功しているのだから、わざわざ捨てる意味がない、というのが正直なところだ。
「材質は安いですが、非常に鍛えられていますね? 元々の形は存じませんが、貴方様の戦闘に特化されたのでしょう」
「ふむ……」
そんなことを考えたことはなかった。
傷んだので鍛え直してもらった事なら幾度もある。
その際に確かに、こうできないか、などと注文を付けたことならある程度だ。
「これで十分に分かりました。これを中心に考えてお造り致します」
頭を下げる店主。
「では、これから鍛冶屋に発注し、週明けにはお渡し出来るでしょうか」
「分かった、その頃にまた来る」
ジークとジーシェイは、武器屋を後にした。
「ねえ、どんな剣が出来て来るの?」
自分の、おそらく一生大切にするつもりの剣の出来が気になるジーシェイ。
「さあな。だが、あの男は信頼してもいいと思う。任せておけば良いものを造らせるだろう」
「そっか……」
期待と不安をその顔に浮かべるジーシェイ。
「ジーシェイに、一つだけ言っておくことがある」
その表情を見て、ジークは一つだけ気がかりがあった。
「お前は、今作られている剣を、いつでも捨てる覚悟だけはしておくんだ」
「え……嫌! 大切な剣だし、絶対捨てない!」
ジーシェイはまだこの世に存在しない剣を思い、珍しく抗議する。
「それは、分かる。剣というのは自分の命を守る武器であり、長く時を共にした相棒でもある。だからこそ、いつでも捨てられる覚悟が必要なのだ」
「……どういうこと?」
「戦いは命がけだ、そして、展開によっては、手から剣を手放すこともあるだろう。その時どうするか? 自分には武器がない、敵はまだそこにいる。徒手で敵うのであれば、そもそも剣を落とすことはなかっただろう」
「…………」
「冒険は生き延びてこそだ。剣を失ってお前が助かるか、剣を助けるためにお前が死ぬか。その瞬間に考えなければならない。それは、それこそ一瞬の判断だ。」
「……うん」
「一瞬の迷いが、死につながることもある。だから、普段からその覚悟だけはしておけ。失ってから、いくらでも後悔しろ。後悔出来るのは生きているということだからな」
ジーシェイはジークの言葉を十分に吟味して、考える。
「……分かった」
そして、そう返事をした。
その覚悟が、冒険者としての初めての覚悟かも知れない。
だが、本音を言えば、剣を捨てなければならないほどの危機が来なければいいと願うジークだった。