第71話 娘の剣
「失礼する」
飾り気のない看板に広いとは言えない建物。
ジークはそのドアをくぐる。
「いらっしゃいませ。失礼ですがどちら様でしょうか?」
店の看板が出ている、確実に店舗に入ったのだが、それでも誰何される。
ここはそういう店なのだ。
「私はジークという。今はアルメル子爵の四姉妹に頼まれて、家を守っている」
「ああ、お噂には聞いております。ユーリィ様とも顔見知りでいらっしゃいますね」
「一応は、そうだな?」
ここにいると、本当にどこに行ってもユーリィの名前を聞く。
確かに顔が広いとは聞いているが、気難しい体でいるとも聞いていたのだが、どうなっているのだろう。
「いらっしゃいませ、ようこそ武器の誇り高き騎士亭へ! お子様の練習用の剣から、竜を倒せる剣まで、揃っております。店舗内の武器ではご希望に添えない場合は、どのような武器でもお造り致します」
「それはありがたい」
「それで、本日はどのような武器をお求めですか?」
「うむ。彼女に合う武器が欲しい」
ジークは、彼の後ろでもじもじしているジーシェイを指す。
「こちらのお嬢様は、どのようなタイプの戦闘を行うのでしょうか?」
「ふむ……基本的に片手で振るうが、いざというときには両手でも使う。軽快さと重厚さを一本で兼ね備えたものがいい」
一見矛盾した言葉ではあるが、その意味を武器屋の店主なら理解してくれるだろう。
「なるほど……ですが、お嬢様は成長過程と思われますが、『今』に合わせますか? 『将来』に合わせますか?」
「出来れば、一生の一本を作りたい。将来で頼む」
「かしこまりました」
店主は一礼すると、ジーシェイに歩み寄る。
「大変不躾に存じますが、腕に触れてもよろしいでしょうか?」
「え……あ、はい……」
戸惑いながらも、腕を上げるジーシェイ。
「それでは失礼いたします」
薄いグローブをはめた店主が、ジーシェイの二の腕を、ぐい、と掴む。
「っ!?」
それがあまりにも強かったのか、ジーシェイが腕に力を入れる。
「失礼いたしました。ご年齢ご性別を考慮いたしますと、良質な筋肉をお持ちですね。ご成長なされた頃には腕がこのくらいになり、足がこのくらいになりますから……ふむ……」
あくまでも慇懃に、店主が考え込む。
そして、一礼しては、一度奥へと引く。
「近似といたしましては、これらの武器がお似合いかと存じます」
そして、何本かの剣を持って来る。
それは、装飾の豪華な剣から、見た目は質素な、だが、材質は確かな剣まで、様々な剣だった。
「ふむ……それで、近似とは何のことか?」
「お嬢様に合う最適な剣、この店にある剣は、全て汎用的なサイズ、汎用的な材質となっておりますので。その中で、お嬢様が振るうに足りる剣を集めました」
「そういうことか……ジーシェイ、どうだ?」
「うん……ちょっと、分からないかな」
何本か手に取り、柄を握って見ているが、どれが最適なのか、分からないようだ。
それは当然だ、今の剣を選べ、というのならともかく、将来最適になるであろう剣を選べ、と言っているのだ。
そんなものは、ジークにしても分からない。
「では、造ろうか」
「え?」
「お前のための最適な剣を、この機会に造ろうか、と言っている」
「え……え……でも……!」
「問題ない。店主よ、それで頼めるか? 素材も長さも任せる」
「畏まりました。お嬢様にとって最上の剣をお造り致します」
慇懃に頭を下げる店主。
「では、もう少し詳細な採寸を致します。先ほどは私の目分量でしたので」
「分かった、ジーシェイ」
「え? でも、いいの……?」
戸惑っているジーシェイ。
「何がだ?」
「剣を作るって、お金がかかるんじゃないの……?」
「そんな心配はいらん。剣がなければ、お前の修業が出来ないからな。誰もそれを咎めない」
「…………」
「姉妹の誰も、反対はしない。誰に聞いてもぜひ買ってくれと言うだろう。お前が気にする必要は全くない」
ジーシェイからすれば、あの家の家族になり、自分も姉妹の一人として認めて貰えたことだけでありがたいことだ。
その上、自分だけ特別に剣を特注してもらえるなど、そんなことをしてもらってもいいのかと考えたのだろう。
だからこそ、ジークは聞いてもいない四人の総意を伝えた。
だが、それは間違ってはいないだろう。
マーキィ辺りが「ジーシェだけずるい!」と言うかも知れないが、それは購入の否定ではない。
「うん……分かった。お、お願いします!」
「畏まりました、ではこちらへ」
奥へと誘われていくジーシェイを、背後から見つめるジークだった。