第69話 帰宅、そして浴室
「うにゃぁぁぁっ!」
帰った途端、ぺたぺたと足音を響かせながら、マーキィが走ってきて、そのまま飛びついてきた。
「ただいま、マーキィ。今はドラゴンを倒してきて、疲れているし汚れているのだ。遊ぶのはまた後に出来んか?」
「そっかぁ。じゃあお風呂に入……ドラゴン!?」
少しがっかりしていたマーキィだが、ドラゴンという言葉に大きく反応した。
ドラゴンは男の子ならまず反応する言葉ではあるが、女の子であるマーキィをも反応させてしまう言葉なのだろう。
「ドラゴン? でも、トカゲって聞いてたけど」
「ああ、大爬虫だと思い、行ったのだが、実はレッサードラゴンだったのだ」
「へー!」
ただただ感心するように驚くマーキィ。
「それで? それで?」
「マーキィ、だから、我々は疲れているのだ。少し休ませてくれないか?」
「じゃあ、お風呂! 一緒に入ろ!」
「やれやれ、しょうがないな」
父と娘に休息はない。
それが五人もいるのだから、休まる時間もない。
疲れる、のではあるが、きつい、などとは思わないのが父親というものだ。
「じゃ、ジーシェイも一緒に入ろ!」
「……え?」
驚くジーシェイ。
無理もない、彼女の歳は十二、一般に子供だが、父親と風呂に入る年頃は遠に超えている。
だが、それを十四の姉に誘われたのだ。
「え、でも……その……」
「ジーシェイとも一緒に話したいからさ、入ろ!」
手を引かれる。
戸惑いが大きいのなら止めようと考えていたジークだが。
「わ、分かりました……」
ジーシェイは決心したようにそう答えた。
「いいのか? マーキィは特殊だから、あまり真似しなくてもいいんだぞ?」
「パパひどい! がぶっ!」
腕を噛まれた。
本気ではないので、これも甘え行為の一つなのだろう。
「ううん、大丈夫。みんなで入りたかったし」
「そうか……」
みんなで風呂に入りたかった。
その、みんなには、おそらくジークは入っていなかったのではないだろうか。
「分かった、ではすぐにでも入ろうか」
疲れているし汚れてもいる。
早く風呂に入りたいのは事実だ。
「う、うん、じゃあ、後で……」
ジーシェイは、ててて、と自分の部屋に走っていっった。
■
ジークが風呂に入ると、まだ誰も入ってはいなかった。
それは、少し助かった。
脱衣所で娘たちの会うのはこれでも気まずいのだ。
例え、毎日のように一緒に風呂に入っているマーキィやオーヴォルであっても。
であるから、いつも先んじて入っておくのだ。
「ふう……」
暖かい湯は、今日の疲れが一気に溶けていくようだ。
実際には疲れはそれでは消えないし、おそらく今日はいつもよりも早く眠くなることだろう。
ジークも知識としては、風呂は疲れを表に出す作業であることは理解している。
だとしても、この気持ちよさはどうだ。
出来れば、このまま一人で長く浸かっていたいところだ。
「パパの次いっちばーん!」
だが、その安寧は、長くは続かなかった。
脱衣所から、マーキィが飛び出してきた。
まさに、後先を考えず、裸を宙に躍らせるのだ。
ジークが抱き止めなければ、大けがをするかも知れないというのに。
「マーキィ、毎日言っているが、危ないから普通に入ってきなさい」
「分かった!」
元気な返事、だが、全く分かっていないのは、毎日の経験で理解している。
14歳にしては子供とはいえ、全裸の少女を全裸で抱き止めるのは、きついのだが、そんなことは全く気にしてもいないのが、マーキィらしいと言えばらしい。
「父よ」
次に入ってきたのは、オーヴォルだった。
こちらは、目に見えて派手にはしゃぐことはない。
「帰ってからはまだ、抱擁をしてもらっていないのだが」
「……上がってからでは駄目なのか?」
「何故か?」
無垢で無表情な瞳で万歳をしているオーヴォルの、ほんの少しだけ、寂しそうな表情。
「………………」
しょうがないので、抱擁をしてやった。
「ジーシェイ、何してんの?」
ててて、と脱衣所に戻っていくマーキィ。
「あ、大丈夫です、今から行きますから」
「なんで、そんなタオル巻いてんの?」
「そ、それは……」
「そんなのいらないよ! 家族しかいないし!」
「で、ですから──あっ!?」
そんな声が聞こえてきた後、マーキィがタオルを持って走ってきた。
「待ってくださいっ!」
その後を、隠す物が何もないジーシェイが走り込んできた。
「………………」
「………………」
目が、合ってしまった。
「あ、きゃ、あ……」
隠そうとして、だが、隠す素振りすらない、マーキィやオーヴォルの手前、隠せないでもじもじするだけの、ジーシェイの表情が泣きそうになっていた。