第68話 魔法医と娘の邂逅
「ふむ。大爬虫ではなく、レッサードラゴンだったか」
その後、ユーリィに報告に行く。
彼女の父と対等に話している幼女に驚いておろおろしているジーシェイには後で説明しておこう。
「うむ。調査とは言ったものの、さすがにあの場から逃げて、被害があったらと思うと、その場で倒すべきだと思ったのだ。レッサー種とは言えドラゴン、一度の対決は必ず覚えているからな」
「とは言え、無理はいかんぞ。この街で今、最も強いのは、潜在能力を行使するおぬしだからな」
「そうだとは思ってはいるし、撤退する機に撤退してきたからこそここまで老いぼれても生きて来れたのだ。だが、勝てる望みがあるなら、それを試して行きたいと思ったのだ。後は、まあ──」
ジークは、ちらり、と、ジーシェイを見る。
「初めて娘と戦闘に行ったのだからな。少しはいいところを見せておきたい」
「そう言うものか。だが、おぬしの娘は一人ではないぞ?」
「ああ、それは分かっている。もちろん五人を分け隔てなく愛していこうとは思っている。だが、それは、一人への愛の手を抜こうというわけではない」
ジークは、五人全員を同じように愛する。
だが、それは愛が五等分されるわけではない。
全員を、全力で愛するつもりだ。
であるから、ジーシェイへの愛も、当然自分が彼女に出来ることを全てやってやるつもりでいる。
それだけの話だ。
「それが分かっているのならよい。まあ、確かにおぬしは全員にいい格好を見せようとしておったな」
「そうだったか? いや……そうだったな」
思い当たるところはいくらでもある。
もちろん、その根底には「娘を守らなければ」があったのだが、そこに「娘にいい格好を見せたい」という感情がなかったかと言えば嘘になる。
「それは、暴走しなければ悪い感情ではない。おぬしの場合、それは娘以外の人のためにもなっている。ならば、そのままで行けばよい」
「うむ。もちろんそのつもりだ」
そもそも、娘には攻撃的な者はいないし、例え娘が人間を殺してとお願いしても、咎めることだろう。
娘が理性的であり、彼が理性的であるならば、彼ら一家は誰にも迷惑をかけない。
街に害をなす魔物以外は。
「そう言えば紹介は初めてだったか? これが娘のジーシェイだ。ジーシェイ、こちらが魔法医のユーリィ。こう見えて百を超えている。今は引退してこの街に住んでいる」
「あ……え!? あっ、こ、こんにちは……」
ジーシェイはやはり驚きはするが、それよりも挨拶が先だと頭を下げた。
「うむ。顔だけは広いので、困ったことがあったらいつでも来るといい」
「はい、お願いします!」
何度も何度も頭を下げるジーシェイ。
ふと、ジークは不思議に感じることがあった。
「そう言えば、ユーリィは初めて私と会ったときはもっと排他的な人物だと思っていたのだが。趣旨替えをしたのか?」
「それは仕方があるまい。魔法医という者はそこにいるだけで気軽に頼られるのだ。私はもう引退したというのに、そう簡単に頼られても困るからな」
魔法医は傷の即時治療、毒や病の緩和など、確かに身近にいるとどうしても医者より頼ってしまいがちだ。
ジークも馴染んでしまってはいるが、普通に考えて、魔法医とは奇跡の存在なのだ。
手をかざしただけで傷が治り、病気が治り、毒すらも解消してしまう。
前時代なら神と呼ばれただろうか。
そんな存在が身近にいると知ったら、どうなるか?
優雅に紅茶でも嗜んでいたら、犬に噛まれたとドアが叩かれ
夕食の食材を買いに行けば、子供が転んで怪我をしたと大声で呼ばれ
長風呂で髪をゆっくり洗っていれば、夫が病気で倒れたと、乗り込まれる
とにかく、隠居してのんびりした生活とはかけ離れた生活になっていることだろう。
だからこそ、あえて知らぬ者には排他的で気難しいと思われている必要がある。
「それは、悪かったな?」
「いや、おぬしは遠慮などするな。娘たちが倒れたら、まず私のところに来い。風呂にでも入っていない限り、すぐにでも駆けつけよう」
「そうか、ありがたい」
「あ、ありがとうございます」
ユーリィが言ったのは、姉妹全員なのだが、自分だけのことと思ったのか、また頭を下げるジーシェイ。
「うむ。おぬしも潜在能力があるのなら、それを鍛えよ。いつか、老いた父を助けられるようにな」
「はいっ!」
嬉しそうに、ジーシェイは笑った。