第66話 劣等種だが、最強種族
これはまずい。
ジークは直感で判断した。
レッサードラゴンなど、若い頃ならば鎧袖一触程度の敵ではあった。
古代竜が従えていた竜の中でも最も雑魚の類で、統制の取れた群を為して来るから厄介ではあった。
それに比べれば、今回は一頭、それも大きくもない。
倒せない相手ではあるまい。
せめて、五年前ならば。
「グギャァァァァッ!」
「くっ!」
「お父さんっ!」
レッサードラゴンが、一回転し、尻尾をジークに当てる。
ジークは剣で受けたものの、受け切れず、自ら吹き飛んだ。
ダメージは少ないが、倒すことが難しい敵であることを理解した。
この剣で、倒せないわけではない。
だが、今の腕力では難しい。
もう少し、腕力か強力な武器を──。
「ジーシェイ、武器だ!」
ジーシェイの武器ならあるいは行けるかも知れない。
彼女のやらせることも考えたが、未熟な彼女にドラゴンは危険すぎる。
「え? あ、うん……」
武器を失えばいよいよ役に立たない彼女は、一瞬躊躇したが、ジークに武器を渡そうと近寄る。
「くっ……!」
その意図に感づいたのか、ドラゴンの攻撃が激しくなる。
受けるのが、精一杯。
いや、それを既に超えていた。
徐々に疲労が溜まっていく上半身の筋肉。
このままでは、負けるのは時間の問題だ。
「ふんっ!」
ジークは自分の剣を投げる。
それがドラゴンに届くまでの間、時間を稼げるからだ。
これで、ジーシェイから武器が受け取れないと、彼は武器を失うことになる。
「これっ」
ジークの差し出した手に、的確に武器を押しつけるジーシェイ。
「悪いな……!」
武器を手にして、これはまずい、と感じた。
巨大武器、というものは、どれだけ扱いに長けていようが、自分の馴染んだ武器でなければ、極端に力が失われる。
ジークはそもそも、巨大武器の扱いに長けているわけではない、「使える」程度の実力だ、若い頃ですら。
少なくとも、一度は事前に振り回しておく必要があった。
彼は、この武器を全く知らないのだ。
バランスも、打点も、力点も。
だが、もはや彼には、これしかない。
剣を失うことで作った隙は、もう終わる。
この機に、剣を振り上げて、ドラゴンに切りかかった。
「グギャァァァァッ!」
ドラゴンは、回転して、尻尾でジークを吹き飛ばす。
巨大武器の攻撃に対する、最も合理的な返し技だ。
「お父さんっ!」
ジークは巨大武器を振り回し、速度を落とす。
「ぐぁっ!」
だが、巨木に背をぶつける。
呼吸が止まるほどの打撃を受ける。
「お父さん、大丈夫!?」
ジーシェイが駆け寄る。
「すまない、お前の武器は私には合わないようだ」
娘の手前、なるべくダメージのないふりをするが。
この瞬間、動くのもやっとと言ってもいい。
今、攻撃されたら、出来ることは、ジーシェイを守ることくらいだ。
「グギャァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
挑発のつもりか、勝ち名乗りのつもりか、長い咆哮を上げるドラゴン。
こちらにもう、攻撃手段が皆無なのが分かっているのだろうか。
「さっさと立ち去れ」という意味なのだろうか?
ならば、逃げるなら今のうちかも知れない。
剣を失ってしまうが、命を失うよりはマシだ。
だが、ジーク自身、雑魚だと思っていたレッサードラゴンに負けるのは、自分の矜持が許せない。
方法が皆無ならば逃げる、それは当然だ。
だが、まだ、方法がないわけではない。
だが──それを、やるべきか?
「お父さん、今のうちに逃げよう? 今なら逃げられるかも知れないからさ!」
ジーシェイの言葉。
それは、ジークにも分かっている。
だが、自分はここに来る前に何と言った?
「私に任せておけ」と言わなかったか?
確かに倒しにきたのは、大爬虫だ、話が違う。
だが、それでも、父の言葉を、娘は信じたはずだ。
ならば、やるしかない。
「ジーシェイ、説明の時間はない。ただ、最初にこれだけは言っておく」
「な、なに……?」
戸惑うジーシェイ。
「すまない!」
「…………っ!」
ジークは、ジーシェイの、実の娘の、唇を、奪った。