第61話 実の娘の実力
「このくらいでいいよ?」
「シーツも変えたし、掃除も多少埃を落としたくらいだが、いいのか?」
まだ疲れるどころか、働いた、という実感もないままに、掃除を終えた。
「十分よ、これまでもっと汚くて狭いところに住んでたから……そこも、追い出されたけど」
「そうか……」
それに関しては何も言えない。
悪いな、とは既に言ったし、しつこいのも逆に怒らせるだろう。
いや、怒らせるかすら分からない。
ジークは女というものを知っていたつもりだが、娘というものは全く理解出来ていないのだ。
娘が出来たのもここ数か月ではあるし、彼女たちは無条件で自分を慕ってくれるが、それこそ彼も彼女たちの心の内までも理解出来ているわけではない。
「とにかく、ここが今日からお前の部屋だ。肩身の狭い思いはしなくていい。ここの住民はみな優しいからな」
「うん、そうだね……」
嬉しそうに、だが少し不安そうに微笑むジーシェイ。
父も含めて知らない人たちの中で暮らすのは不安もあるのだろう。
「大丈夫だ。あの子たちとお前が対立したら、私はお前の方に付く。それでここを追い出されても、構わない。どこかで二人で住もう」
「あ……うん」
今度は、先ほどよりも嬉しそうに微笑むジーシェイ。
仲良く、やっていけそうだ。
■
「お、お、お父さん、私の腕を見て!」
意を決したように、ジーシェイがジークに言ったのは、昼下がりの事だ。
その時、ジークはいつものようにマーキィやオーヴォルと遊んでいた。
いつもなら、ジークを取られると怒る二人も、ジーシェイの表情に許すような態度だ。
「分かった。何を見ればいい?」
「素振りとか、見て欲しいって言うか……」
「分かった、庭に行こうか」
ジークとジーシェイは庭に向かう。
マーキィもそれについて来た。
オーヴォルは遊びに出て行くようだ。
おそらく、酒場に行くのだろう。
ジークは一応自分の剣も持って来た。
場合によっては手合わせしようと思ったのだ。
「さて、それで、私は何をすればいい?」
「とりあえず、見てて? 何か思うところがあったら言ってくれれば……」
「わかった。見ていよう」
ジークが言うと、ジーシェイは武器を振りかざす。
小柄で幼い彼女が手にすると巨大な武器であり、それを振りかざす彼女は、筋力だけでなく魔力も乗せているのだろうか。
その辺りはオーヴォルの師でもある、レーナが言っていた。
そう言う意味で彼女に師を与えるなら、レーナだろうか?
いや、彼女は怪力であり、巨大武器を扱う者とはまた、違うのだろう。
「行くよっ! はっ!」
巨大な武器を、ジーシェイはぶん、と振り回す。
「はっ! はっ! はぁぁぁっ!」
右、左、中央と、何度も巨大な武器を振り回す。
「すごいね?」
マーキィが感嘆する。
「そうだな……」
だが、ジークはその小柄な身体から振り下ろされる武器にどうにも違和感を覚えていた。
「どう?」
一通りの素振りを終えた後、ジーシェイがジークに訊く。
「うむ……その歳でそこまで扱えるのはなかなか凄いと思うのだが。武器の軌道が歪んでいる」
「…………」
「それが、あえてそうしているのではないならば、ギリギリの打点を競うような敵を相手にすると勝てないだろう」
巨大武器を含む剣技の基本は、切っ先もしくは打点を、思うように敵に当てることだ。
鈍重な敵を相手にするなら、彼女の剣は素早く、負けることはないだろう。
だが、その打点は正確性に欠けていた。
つまり、剣先を見極められるような者ならば、容易く避けてしまう。
更に、鎧や、固い皮を持った相手となると、打点をもっとも力が乗っている時に、もっとも破壊しやすい場所に当てなければならない。
つまり、相手が強ければ、フロックでなければ勝てないだろう。
「……わかった」
「だが、その歳でその力は十分に素晴らしいと思う。今後の修行次第でいくらでも強くなれるだろう」
「……うん」
だが、ジーシェイが微笑むことはなかった。