第60話 部屋選び
アルメル家の部屋は数部屋は余っている。
であるから選択の余地があるのだが、シェラナがどの部屋か指定しなかったという事はこちらで決めろという事だろう。
「あの姉妹の部屋が、この並びだ。そして、私の部屋は向こう。それ以外は空いている。どの部屋か選ぶといい」
「え? う、うん……」
あちらのドアの前に行ったと思ったら、こっちのドアの前に行く、文字通り右往左往しているジーシェイ。
「どこでもいいのだぞ? 中に入って確認してもいい」
「う、うん……分かった」
とりあえず、目の前のドアを開けるジーシェイ。
「わあ……広い」
感嘆の声を上げるジーシェイ。
その部屋は、この屋敷では普通の広さなのだが、その気持ちはジークにも分かる。
ジークも初めてこの家に来た時には部屋が広いと思ったからだ。
とは言え、ジークは過去に王族貴族の家に招待されたことも多いし、少し前までは貴族の家に頼んで一日泊まらせてもらう事も多かった。
だが、彼女はこれまでの生活も良くはなかったようであるし、初めて見るのかも知れない。
「ここでいいか? 掃除するか?」
「え? 掃除って? ここって掃除する必要ないんじゃ」
「いや、多少埃が積もっているだろう。シーツも定期的に替えてはいるんだろうが、基本使っていない部屋だから、頻度は低いだろうし」
「…………」
驚いて目を見開いて部屋を見ているジーシェイ。
忙しい母、幼い娘。
おそらく、これまでのジーシェイの生活はそこまで清潔な環境ではなかったのだろう。
「すまんな、知らなかったとはいえ、苦労をかけた」
「…………」
12歳の少女。
まだ親の庇護の下生きている年齢だ。
その時期に唯一の親を失ったのだ。
ジークを探して殺そうとしていたのはただの口実。
彼女には他に目的がなかったのだ。
ジークを殺しに来て、おそらく殺されるつもりだったのだろう。
他にやることがなかったのだ。
それほどまでに絶望していたのだ。
「ここは私の家でもない。たまたま助けたあの四姉妹が、私の昔の友の子供という事が分かり、庇護を求められ住んでいるだけだ」
「うん……でも、みんな、お父さんって……」
「うむ……そうだな。友が既に死んでいることから、父になって欲しいと言われたのだ。悪かった、私に本当の娘がいるとは思わず」
「………………」
ジーシェイの表情は読めない。
なにを考えているのか、見当がつかない。
自分の父が、自分の知らない血のつながっていない姉妹の父になっていることを怒っているのか。
自分に姉妹が出来て、戸惑っているが嬉しいのか。
血のつながっていない裕福な姉妹の一員になることに戸惑いがあるのか。
或いは、ジークのことを父とも思っておらず、身寄りが他にないから来ただけで、何の感情もないのか。
12歳の娘の心境など、今は知る必要もないのかも知れない。
「ジーシェイ、今すぐ使えそうな部屋は、この三つだ。姉妹の隣の部屋、私の隣の部屋、そして、どちらからも離れた、静かな部屋だ」
だが、ジークは娘の心境を知るために、あえてそのような言い方をした。
これで彼女が自分を、姉妹をどう思っているのか、少しは分かるかも知れない。
ジークの方も戸惑ってはいるのだ。
いきなり出来た実の娘にどう接すればいいか。
他の娘たちと違って扱うべきか同じに扱うべきか。
なにも見えてこないが、出来る限り娘の意向に添いたいと思っている。
そのための、質問、でもある。
「じゃ、じゃあ、ここ……」
ジーシェイの選んだ部屋は、ジークの隣の部屋だった。
「そうか、ではここを掃除しよう」
「うん」
まだ、ぎこちない親娘の会話で、二人は部屋に入った。