第4話 四姉妹の紹介
「それでね、この方が妖魔メルディアを追い返していただいたのよ」
「凄い! この人凄いね!」
ジークが服を着たタイミングで、少女たちが玄関で出会った少女を引き連れて戻って来た。
「それならそうと、言っといてくれない? お風呂に入っちゃったんだけど!」
「ごめんなさい。でもいつもなら、もう入ってる時間だからとおもったから」
「そりゃ、メルディアがいたからね! 私もマーやオーと隠れてたのよ!」
「そうだったわね。ごめんなさい、忘れてたわ。助かってほっとして、ジークさんにおもてなしをしようとご飯を作ってたの」
「……うん、気持ちは分かるけど……!」
責められない事情に、妹と思われるショートカットの声が小さくなり、困ったように言う。
それはそうだろう、さっきまで妖魔に襲われていて、死ぬかもしれない状況で逃げまどい、隠れていたのが助かったのだ。
気も抜けるし、助けてくれたジークに最大限のお礼をしたいと思う気持ちは分かる。
「──でも、一言でいいから言って欲しかった」
言いにくそうに、ではあるが、だが、自分の意見を言う。
「ごめんなさい。そうね、それくらいは言わなきゃならなかったわね。どうかしてたわ」
「ううん、済んだことはいいわ」
すっきり晴れて、という表情ではないが、妹は姉を許す。
ジークには姉の気持ちも妹の気持ちも分かる。
妹は、もちろん風呂場にジークがいたことは怖かっただろうし、あの時も強がってはいたが震えていた。
妹たちがいなかったら、泣きながら怯えていたことだろう。
だが、本当のところはそこではない、とジークは思っていた。
何しろ先ほどから事あるごとにジークを睨んでいる。
こういう言い方は語弊もあるが、ジークは彼女たちを救った男だ。
別に尊敬して欲しいわけではないが、睨まれる筋合いはない。
彼女がジークを睨む原因として思い当たるのは、裸を見られたことにある、というのは分かる。
そして、それが理不尽であることは、彼女自身、理解しているのだろう、だから彼自身に文句を言ってくることはない。
昔付き合っていた女が言っていた事だ。
女が裸を見られて恥ずかしいと思うのは、「見られても構わないと心のどこかで思っている相手」に限られる、それ以外の者に見られた場合は、悔しいと思うらしい。
「悔しい」というのは、「自分の裸を見たことで相手が得をするのが悔しい」と思うのだと言っていた。
それは一人に聞いただけの話であり、彼女がそれに当てはまるかどうかは分からないが、そうして見ると確かに当たっている気がするのだ。
だが、ジークとしては得をした、などと思ってはいなかった。
彼は過去に数え切れないほどの女性を見て来たし、そもそも彼からすると彼女は子供に過ぎない。
それを見ても興奮したかと言われれば、さすがに何も思わなかったとは言えないが、少なくとももう一度見たい、じっと見たい、と思うことはなかった。
多少乳房が膨らんだだけで大人の身体だと思っているならそれは間違っている。
ジークほどに若い頃女を抱きまくり、一度は飽きたと言えるほど快楽溺れつくした男からすると、子どもの裸など、正直何の感慨もないのだ。
だが、それを彼女に言おうものなら更にキレるのは間違いない。
得したと思われると悔しい癖に、何も思われないと、それはそれで腹が立つ、という事もジークは理解している。
だから、こちらから謝っておいた方がいいだろう。
「事情が事情とは言え、俺も脱衣所に誰か入った時、声をかければよかった。悪かったな?」
「え? う、うん、でも、うん……悪いのは、こっちだし……あの……」
先ほどまで姉としていた声よりも更に音量を落とし、聞き来れるかどうか微妙なところまで小さな声で答える。
「ジークさま、お食事の用意をさせていただきました。そちらでこの子達を紹介させていただき、あと、お願いもあるので、まずは食堂に来ていただけませんか?」
「ああ、分かった、すまない」
おそらく、妹との会話がこれ以上続かないと悟ったのか、姉のシェラナがジークを誘う。
ジークはそれに従いついて行くことにした。
「では、ジークさまは奥の席にどうぞ」
「ああ、ありがとう」
ここにいる四人と、後四人は座れそうな広さのテーブルの、一番奥を指定されたので、そこに座る。
「じゃ、私、この人のとーなり!」
「ちょっと! そこはシェ姉の席でしょうが!」
「いいじゃん! いいよね、シェラ姉?」
「しょうがないわねえ。じゃ、私はマーキィの席に座るわね?」
「シェ姉はマーに甘過ぎよ……」
呆れたようにつぶやくショートカットの少女。
「では、遅くなりましたが、お夕食を持って来ましょう」
そう言ってシェラナはキッチンの方へ行き、スタンドを使い、食事を持ってきた。
それは、決して豪華な食事ではないが、丁寧に作られており、作った者の性格が見えるような味だった。
「では、妹たちを紹介させていただきますね?」
ある程度食事が済み、小麦粉で作ったデザートのようなものが出され、それと共に茶が出てきた頃、シェラナが口を開いた。
「この子が次女のエミルンです」
例の、風呂場で会ったショートの彼女を指して言う。
「十六歳で、独学ですけど剣術を嗜んでおります」
「冒険者の人にそんな事、言わないでよ! 本当、趣味でやってる程度だから! その……よろしく」
「ああ、よろしく」
ショートカットの少女が照れくさそうに言う。
まだ彼女とはぎこちないが、ま、別に長いことよろしくするわけでもないから別にこれでいいだろう。
「こちらの子が、マーキィ。十四歳で、とても元気で可愛いのです」
「よろしくー!」
向かいに座っていた少女が立ち上がり、座っているジークに抱きついて来た。
「あ、よろしく」
ジークはその頭を撫でてやった。
確かに体格は十四歳くらいだと思っていたが、本当に十四歳だったというのは少し驚きだ。
ジークの知っている十四歳の少女というのは、少女ではあるがもう少し大人であったはずだ。
「それで、この子がオーヴォル。十歳で、誰に似たのか話し方が大人っぽいけれど、ちゃんと中身は十歳の子供です」
「よろしく頼む。ジークと言ったか?」
「ああ、よろしくな?」
ジークはその言動に苦笑するしかない。
何しろ声は十歳でも子供に見える舌の足りてない高い声で、口調だけが渋い熟練の大人のようなのだ。
「それに私を含めた四人がこの家の全員です」
「そうか……不躾な問いで済まないが両親は?」
「……おりません。二人とも死にました」
「そうか、悪いことを聞いたな?」
「いえ、もう昔の事ですし。父が死んで、もう十一年になりますし」
「……そうか」
十一年。
おそらく十歳のオーヴォルは父を見た事すらないのだろう。
「私達の父は、アルメル子爵と申しますが、十年前、竜を倒しに行って、そのまま帰ってきませんでした。母はそれから私たちを育ててくれましたが、三年前……」
「…………!?」
「? どうしたの?」
ちゃっかりジークの膝に座っていたマーキィが見上げて聞く。
「アルメル子爵、というと、ザーヴィルの事か?」
「え? は、はい、確かに父の名前はサーヴィルですけど……」
「では、母は、もしかすると、ジャスナ姫──ジャスナか?」
「は、はいっ! ご存知でしたか?」
「ああ、昔馴染みだ」
ジークは懐かし気に、四人を眺める。
確かにあの二人の面影はある。
あの二人の子供たち、そう思うと、懐かしく思えた。
「そうか……」
あいつ、やっぱりジャスナ姫と結婚したのか、という感慨。
そして、既に遥か昔に死んでいたのか、という寂寥感、いや無常感に満たされて、ため息が漏れた。