第57話 娘の目的
「やっぱり、そうなのね……?」
激昂されるかと思ったが、静かな声で、だが寂しそうにつぶやくジーシェイ。
「どうして? 愛して……いなかったの?」
「いや、愛してはいたさ。それは間違いない」
「じゃあ、どうして?」
「……それ以上に、私は冒険を愛していたのだ」
「……そっか」
寂しげに、だが、ジーシェイが微笑む。
「他に女がいた、とか、一人の女に縛られたくなかったって理由なら、殺してたけど、それなら、まあしょうがないわね。男の人は冒険が大好きなんでしょ?」
「……まあ、な」
正直に言えば、他に女もいたし、一人の女に縛られるのは御免だと思っていたのも事実だ。
だが、それを今言ったところで誰も幸せになれない。
「冒険がライバルなら、お母さんも勝てないわね」
「いや……勝てないという事もない。事実、今は冒険者をやめている」
「それは、どうして? ……もしかして、女のため……?」
ジーシェイの表情が変わる。
「いや……確かに、相手は女ではあるが──っ!」
ノーモーションでケースから取り出し、振り上げもせず切りかかってきた武器を、ジークは辛うじて避ける。
「結局女なの!? 母さんを捨てておいて、他の女と!」
「違う! 誤解だ!」
「問答無用! 死ねぇぇぇぇっ!」
今度は振りかぶって強い一撃を繰り出そうとしている。
これなら避けられるが、先ほどと同じようにいつかは──。
「っ!?」
それを避けたのは、ジークではなかった。
「この人を、殺すのは許さないっ!」
「エミルン……?」
そこには、エミルンがいた。
決死の表情で、巨大な武器を、その、小さく見える剣でうまく受け流したのだ。
「何よ、あんた?」
「……その人の、む、娘よ!」
少し、照れくさげに、だが、はっきりと、エミルンが答える。
「娘? ……私より、年上……そう、そういう事ね。他に女がいて、子供まで作っておきながら、お母さんと……!」
「違う! そうではない! 彼女は私の親友の子だ!」
更に激昂しかけているジーシェイに、慌てて訂正するジーク。
「確かに私は若い頃は女遊びもした! それは認める! だが、子供などそうそうはいない! ……と思う!」
「どうしてそう自信がなさそうなのよ?」
「お前がいるという事実が、自信を失わせているのだ。私は生涯実の子供がいないと思っていたからな」
「…………そう。確かにあんたからしたら、十何年も前に別れた女の子供がいきなり来たんだからそうもなるわね」
諦めたように武器を下ろすジーシェイ。
「そういうところも、私にそっくりだわ」
「そうか……ん? お前も男遊びを繰り返しているのか?」
「違うわよ! 自信あることでも、一つの事で自信なくなるところよ!」
「そうか」
「ていうか、今日会ったばかりの娘にそれが言うこと?」
「すまんな、どうしても気になったのだ」
「え……娘?」
驚いたのはエミルン。
「え? パパの本当の娘?」
「父にも私以外の娘がいたのか」
そして、わらわらと、奥からマーキィやオーヴォルが出てくる。
「な……何人いるのよ?」
「全員で四人、全て娘だ」
「あ、そう……」
状況を何となく理解したのだろう、それ以上は何も言わなかった。
まだ幼さも残る歳であるのに、聡明な子だ。
「確かにお前はシェイヴィの娘だな。面影も仕草もそっくりだ」
「そ、そう……」
「性格は私に似たようだがな」
「そ、それは……お母さんも言ってたけど……」
満更でもない様子のジーシェイ。
それは、自分の娘と言うことを差し引いても可愛かった。
だが、だからこそ、疑問に思うことがあった。
何故彼女はここを訪れたのだ?
殺しに来た、と言ったものの、何故そうするに至ったのか?
昔ならいざ知らず、今のジークを探して回るのは容易いことではなかっただろう。
そこまでして、何故だ?
「ジーシェイ、お前、もしかして──」
ジークはある結論に達した。
育ててくれていた母が死に、父は放浪の身。
一人で生きて行くにはまだ幼い彼女が選べる道は限られている。
腕だけで生きていく冒険者になるか
「身寄りがないから、私を探していたのか?」
身内を見つけだし、養ってもらうかだ。