第56話 娘の真実
「シェイヴィ……懐かしいな。あいつは元気か?」
武器を構えた少女を前に、ジークは問うた。
「……死んだわよ。私をここまで育てて、病気で」
「そうか……」
会いたかった、わけではない。
お互いに今の姿なんて見られたくはなかっただろう。
美しい思い出は美しいままでよかったのだ。
だが、それは「どこかで元気にしているだろう」という不確定な推測があってこそだ。
死んだ、となれば、ただ、悲しく思うだけだ。
「二度と会わないつもりだったが、一度くらい会っておきたかったな」
あの日の輝かしい思い出が、また消えてしまった。
「だから! 私はあんたを殺しに来たんだってば!」
少女、ジーシェイは、一旦下ろしかけた武器を再び振り上げた。
「何故だ? それは彼女の意志なのか?」
「違うわよ! でも、母さんを捨てたあんたを殺すって、生きてる頃から思ってたのよ!」
「それこそ何故だ? 私と彼女は確かに別れたが──」
「うるさぁぁぁぁいっ!」
「っ!?」
武器が振り下ろされる。
ジークは無意識に避ける。
反応は出来る。
だが、身体が追いつかず、脚に鈍い痛みが走る。
「避けるなっ!」
「待っ!」
再度の攻撃。
これも避けるが、これには限界がある。
「落ち着け! まずは話し合おう!」
「話すことなんかないっ! 死ねぇぇぇぇっ!」
問答無用で攻撃を繰り返す、ジーシェイ。
今は避けているが、もう身体に疲労が積もっていく。
何か、方法は──。
「むっ、これだ!」
「!?」
ジークは地面に伏せる。
「な、何よそれ……」
「巨大武器にもいろいろあるが、それは刃付きだ。鎚とは違い、地面に打ち付けるわけには行かないだろう」
「くっ! 卑怯よ!」
ジークはかつて彼女の母親であるシェイヴィから聞いたことがある。
巨大武器は、地面を這う動物はかなり面倒になる。
それでも彼女は倒せたのだが、娘はまだそこまでは出来なさそうだ。
「立ちなさいよ! この、このっ!」
ぶんぶんと、ジークの上に武器を振り回すジーシェイ。
だが、一定以上の下は勇気がないのか振り下ろせない。
「苦手がある以上、そこを攻められるのは当然だ。お前の母はこんな状態の敵にも攻撃が出来たものだぞ?」
「くっ!」
ジーシェイが悔し気に武器を下ろす。
「とりあえず、だ、話をしよう。その後にまだ気に入らないなら戦おう」
「……分かったわよ」
ジーシェイは、渋々ながらも武器をしまう。
それを確認し、ジークが起き上がる。
「で? 何の話をするつもりなの?」
「まずは誤解を解いておきたい。言わずに済むのなら言わないでおこうと思ったのだが」
「……なによ?」
「彼女と別れたのは、まあ、お互いの合意と言えば合意だ。将来の不一致で別れたのだ」
「結局あんたが、自分について来れないお母さんを捨てただけでしょうが!」
「言い方はあれだが、確かにそうだ。私は生涯冒険者を続けるつもりであったし、彼女はどこかに落ち着いて結婚したがった。どちらも折れることはなかった。このまま共にいることは出来ないと悟ったのだ」
それは、間違ったことは言っていないが、正しくもない。
英雄となり、そしてまだ元気だった頃。
彼はパーティーメンバーであるシェイヴィと恋仲になった。
だが、当時彼は貴族の娘や王女までも言い寄ってくるような身分であり、正直一人の女に縛られるのは望んではおらず、シェイヴィがいるにも関わらず、他の女に言い寄られれば靡くような男であり、そして、それが許される立場だった。
もちろんシェイヴィは彼の堂々とした浮気を快く思ってはいなかっただろうが、何も言わなかった。
言えば自分など捨てられると思っていたのだろう。
だが、ある時、シェイヴィは彼に自分と一緒にどこかに定住しよう、と言い出した。
それは、冒険者として生き、冒険者として死ぬつもりだった彼の人生には受け入れがたい人生だった。
結果、別れることになった。
当時は戦力の低下と女が一人また去った、くらいの感情しかなかった。
だが、こうしてその娘が目の前にいる事で、あの時既に妊娠しており、自分と一緒にこの子を育てて欲しい、と望んでいたのだと理解した。
「いや……」
彼女と、その娘を、置き去りにしたのだ。
「私は彼女を捨てた。その腹に私の子がいるなどと知らず、彼女の定住の願いを拒否したのだ」
だからこそ、彼は素直にそう認めるしかなかった。