第53話 令嬢の提案
「……何をおっしゃられているのか……とにかく顔をお上げください」
「あ、申し訳ありません……」
ルビアは俯きながらではあるが頭を上げる。
本当に貞節で礼儀を弁えたお嬢様だ。
その彼女から、今、あり得ない言葉を聞いた、気がした。
「ルビア殿、確認したいのですが」
「はい、何なりと」
「先ほど、貴女はマーキィが欲しいと仰られたように聞こえたのですが」
「そのようにお聞こえでしたら、正しく伝わっておりますわ」
「そう、ですか……」
間違ってはいなかった。
彼女は、ルビアは、マーキィが欲しいと言った。
幸せにすると言った。
確実に、マーキィを性的に狙っている。
ジークの知るお嬢様は大きく分けて二種類になる。
我が儘で自分の要求が通らない事など考えもしないタイプ。
そして、穏やかで貞淑で、いついかなる時も微笑んでいるタイプ。
後者は大抵、その裏にとても変態的な趣味を隠している事が多かった。
ルビアも、それに漏れていないという事だろう。
「いや……もちろんいつかマーキィも嫁に出すとは思うのですが、お恥ずかしいことに、見ての通りまだ子供でして」
「構いません。むしろこのままの方が望ましいと考えておりますわ」
「マーキィのどこがよろしいのですか……?」
「全て、というのが最も最適な表現です。彼女を言葉で語るのは虚しい努力ですわ」
「………………」
これは、何を言っても無駄とすら思える。
別に彼女がどのような趣味でも構わない。
先ほどからエメルが、にこにこしてはいるが、その笑顔がひきつっている事を考えると、ルビアとエメルはおそらくその一線を越えた仲なのかも知れない。
だが、そこにマーキィを巻き込むのは勘弁して欲しい。
いや、別にマーキィがそれを望むなら、吝かでもない。
しかし、おそらくマーキィにはそんな趣味はない。
そもそも、彼女はここにいて話を同じように聞いているのだが、おそらく何が話されているのか、理解していないのではないだろうか。
そんなマーキィに、判断を委ねるのはまだ早いだろう。
「その申し出は、とてもありがたい事ではあります。ですが、見ての通りマーキィはまだ子供でもあり、嫁に出すことはまだ考えておりません」
「ですが、彼女はもう14歳ですわ。早いと言うことはないと思いますが」
「………………」
確かに貴族の常識では、14歳など当たり前、10歳で嫁ぐ事すらあるくらいだ。
「で、ですが通常14で嫁ぐということは、大抵の場合、家と家の結婚ではないでしょうか」
「そう、ですわね?」
貴族は子供のうちの結婚はよくあることだ。
だが、それは、家と家の仲を強くするためのものであり、そこに愛はない。
「でしたら、私がアルメル家に嫁ぐというのはいかがでしょうか?」
「いや、ですから……」
「これはアルメル子爵家と我がヴィア男爵家の仲を強くするための婚儀ですわ」
堂々と言われると、咄嗟に反論が浮かばない。
このルビアという少女、15歳とは思えないほどの聡明さだ。
「……いや、ですが私は、まだマーキィを嫁に出すことは考えておりません」
「そう、ですか……」
ルビアは少し残念そうに、だが、これ以上押すのははしたないとでも思ったのだろう、引き下がる。
……と、見せかけて、何かエメルに視線を送る。
「それでしたら、今はご婚約だけ済ませる、というのはいかがでしょう」
エメルは今思いついた提案であるかのように口にする。
おそらく前々からルビアと話し合っていたのだろう。
「まあ、それは素敵な提案ですわ」
そして、それを今聞いた名案であるかのように受け止めるルビア。
完全に茶番なのだが、それを指摘することに何の意味もない。
いっそ、ベックのように清々しい程の強引さと力で押してくるのならまだ対処のしようもあるのだが。
「私もエメルたっての提案ですし、無碍にも出来ませんわ。いかがでしょう、今すぐにでも婚約ということでは」
おそらく、最初からそういう筋書きだったのだろう。
結婚を迫り、拒否されるのは当然分かっている。
だがそれでも強く迫り、相手を追いつめて、それならば婚約ということにして妥協と猶予を与える。
この少女、かなりの策士だ。
どうする? このままでは大切な娘を本人も理解しないまま婚約させてしまうことになる。
いや、それ以前にその相手の性別など、色々と古いジークには受け入れがたい事もある。
ジークはただ、頭を抱えそうになる自分を抑えることしかできなかった。